イノシシさんのその後……
イノシシはアッシュに連行されていく。
その途中でアッシュはイノシシにお説教をしていた。
「まったく、肉食でもないのに犬人追いかけ回しちゃダメじゃない」
「ぶも……」
訳:「逃げるもんでつい……」
「エルフの村も壊したんだって。ダメじゃない!」
アッシュがオカン口調でそう言うとイノシシは反論する。
「ぶも、ぶもおおおおお……」
訳:「だって、攻撃してくるんだもん……」
「ダメなものはダメ」
「ぶもおおおおおッ!」
訳:「だってー!」
怒られた小学生とそのお母さんのような会話をしながらアッシュたちはクリスタルレイクを目指す。
ただ山のように大きいためイノシシは木をなぎ倒していく。
しばらく歩くと瑠衣が走ってきた。
「さ、探しましたよ!」
珍しく息が切れている。
「どうしたんですか?」
アッシュが聞くと瑠衣は息を整える。
「新大陸の座標情報がないのでアッシュ様たちの反応が辿れずこのようなことに……ふうッ」
瑠衣はまだ息が切れている。
よほど走り回ったらしい。
「ああ、それはすみません」
「はい。でもちょうどよかったようですね。それが例のイノシシですか?」
瑠衣はイノシシを見上げた。
「ええ。そうだと思います」
アッシュが答えるのとほぼ同時にイノシシは思った。
「また変なのが来た!」と思ったのだ。
そこの筋肉もヤバいがこのメスもかなりヤバい!
半端なくヤバい!
アッシュとは別種の危険をイノシシは感じ取った。
だからイノシシはとりあえずごろーんと寝転んで股をぱかーっと開きお腹を見せた。
「あら、なついてますね」
「きゅぷー」
イノシシとしては必死だった。
勝てない生き物に囲まれているのだ。
すでにイノシシはプライドをかなぐり捨てていた。
「でもこの大きさじゃ困りますね」
「村には入らないよなあ」
イノシシはドキドキしながらお腹を見せ続ける。
すると別の声が聞こえる。
「そうねえ。これじゃあ大きいわねえ」
「あら花子」
瑠衣はわざと本名で呼んだ。
「花子言うな」
花子ことクローディアがあわてて文句を言う。
ぽんぽこタヌキの花子が狸フォームでやって来たのだ。
もちろん片手にはワイン瓶を持っている。
「また変なのか来たー!」とイノシシは泣きそうになった。
「クローディア。なにかアイデアはございますか?」
「そうねえ。小さくしちゃえばいいんじゃない?」
クローディアはケラケラと笑った。
「小さく……私は回復魔法は得意ですが、そういうのは……」
「相変わらず専門以外は大ざっぱねえ」
「ぶーっ」と子どもっぽい仕草でクローディアが言った。
「編み出した魔法を使った先から忘れるあなたよりはマシです!」
珍しく瑠衣が喧嘩をしている。
どうやら本当に仲がいいようだ。
「しょうがないなあ。ほい、行くよー! 手伝ってねえ」
クローディアがワイン瓶を置いた。
「はい。わかりました。行きますよ」
「ぽんぽこ、すっぽん、ぽんぽこりーんっと!」
クローディアはタヌキの姿のまま、踊りながらとてつもなくいい加減な呪文を詠唱する。
もちろんそれでは呪文は安定しないが瑠衣がそれをなんとか維持する。
仲良くなければできない所業だ。
イノシシは光に包まれる。
「ぷうっ?」
イノシシは徐々に小さくなっていく。
いやただ単に小さくなっていくというのとは違っていた。
どんどん小さくなり、体毛は瓜模様に。目はつぶらに。
牙も小さくなっていた。
全体の大きさもレベッカよりだいぶ小さくなっていた。
そう、そこにはうり坊がいたのだ。
「ぴい?」
「はて? ずいぶん目線が変わったようだが」とイノシシは飛び起きた。
なぜか見下ろしていたはずの筋肉がイノシシを見下ろしていた。
さらに後から来たヤバい生き物2体もイノシシを見下ろしている。
なにがあったのだろうか?
「ぴゅう?」
「あら……ずいぶんかわいくなりましたね」
瑠衣はうり坊を見ながら微笑んだ。
「おおー、うまくいったね! やはり私天才だわ!」
クローディアはえっへんと胸を張る。
「クローディア、できればこの魔法の仕組みを教えてください……っていつもの勘ですね……」
「うん、テキトー。おばちゃん、歌とお芝居以外はほとんどなにも考えてないの」
身も蓋もない。
クローディアは最高レベルの魔道士である。
だが常にいい加減に魔法を行使しているため、その魔法を後世に伝えることには失敗している。
「なんとなくできちゃったー」なのである。
天才だが後の魔法にはまったく影響を与えていないという残念なポジションなのだ。
理論から入る瑠衣とは真反対である。
「まあいいでしょう。これで連れて行けますね」
「じゃあ持っていきます」
アッシュがうり坊を抱っこする。
「いえ……あのう……」
瑠衣がアッシュをじっと見つめる。
「……抱っこしたいんですか?」
「はいー♪」
アッシュは無言で瑠衣にうり坊を渡す。
「おばちゃんも抱っこしたい……」
クローディアは目をキラキラさせる。
「酔っ払いはダメ」
アッシュはバッサリと一刀両断した。
「しょんなー!」
タヌキは涙目だった。
クローディアもまたかわいいものが大好きだったのだ。
瑠衣がうり坊に頬ずりをしながらクリスタルレイクにつく。
クリスタルレイクではアイリーンたちが待っていた。
「にいたん!」
「アッシュ!」
レベッカとアイリーンがアッシュに抱きつく。
「アッシュ! すごい音がしてたが無事か!」
アイリーンは体をペチペチと触りまくる。
「あのちょっと、やめて!」
アッシュがそう言うとアイリーンも正気に戻る。
「ああ、すまん!」
「いや、俺も……すまん」
なんだか思春期特有の甘酸っぱいニオイがする。
だがいい雰囲気は長くは続かなかった。
ベルが悲鳴をあげる。
「きゃー!!! かわいいー!!!」
「ぷきゅ! ぷきゅ!!!」
うり坊は思った。
「なんか今までのとはまったく別種のとてつもなくヤバいヤツがいる」と。
「ぷぷー!!!」
訳「ら、らめえ!」
「しょうなのー。お姉ちゃんがかわいいお洋服作ってあげましゅからねー」
ベルにはイノシシの言葉はまったく通じていない。
「らめー!」とイノシシは叫んだ。
「あら、お洋服ですってよかったですね」
瑠衣もベルの案に相乗りする。
「ぷ、ぷきゅ?」
なにされるの?
ねえ、なにされるの?
ホントやめて!
ぼくはいい子よ。
「まずはキレイキレイちましょうねー♪ そしたらヒラヒラのかわいいお服を着ましょうねえ♪」
「ぷきゅううううううッ!」
瑠衣とベルは小躍りしながらうり坊を連れて行く。
うり坊の鳴き声、それは悲鳴に近いものだった。
「ぷきゃあああああああッ!」
さてその後、犬人たちに引き渡されるのだが、着せ替え人形と化したそのあまりの可哀想な姿に犬人たちは誰も報復を主張しなかったとさ。
咳が止まったと思ったら、咳しすぎで声が潰れました。ぎゃぼー。