ダメな娘っ子とダメな男
アッシュの屋敷のホールにセシル、クリス、それとおまけでアイリーンが集められた。
人の姿をしたタヌキはしたり顔で三人に言った。
「はい。ここに集められたのはやたら高スペックなのに女子力の欠けた三人という若手女優が見たら助走つけて殴りに来るレベルの娘です」
クリスとアイリーンはセシルを見た。
体のシルエットが出まくったドレスを身につけている。
よほど体に自信がないと着ることのできない衣装だ。
クリスは己の服を見る。
かわいい格好だが、やはり子どもっぽい。
アイリーンも自分の服を見る。
いつもの軍服だ。凜々しいがガーリーさがまったく足らない。
それをふまえて二人はセシルを見た。
異常な色気を出しているセシルに女子力が欠けているようには見えない。
「クローディア! 私やクリスはともかく、この麗しいご婦人に女子力が欠けているはずがないだろう!」
もちろんアイリーンはそこに噛みつく。
その発言に「代官。君の方が美しいよ」と無駄な色気を出した。
「そこのセシルちゃんは愛情表現が屈折しまくってるのでぽんぽこ村枠です」
「な、なんだと……」
アイリーンからしてみれば剣と槍で戦っていたら横からガトリングガンが戦場に現れた気分である。
だがクリスが戦場に衛星軌道上からミサイルを撃ち込む。
「わ、私は人妻だぞ! 女子力なんか欠けてないぞ!」
「「な、なんだって!!!」」
一番後ろを走っていたはずのクリスが人妻である。
なんか人妻というだけで女子力の固まりのような気がしてくるのだ。
「ぐぬぬぬぬ」と悔しそうな顔をしたアイリーンが負け惜しみを言う。
「わ、私だってアッシュがいるぞ!」
名誉男子中学生のクリティカルヒット。
これにはウサちゃんとまともに話もしてないセシルがぐらついた。
「わ、私だって、ウサちゃんを追いかけたり押し倒したり剥いたり滅茶苦茶にしたいと思うぞ!」
明らかに発言が変態のものである。
しかも逃げられている。
だがその発言にクリスとアイリーンは「大人ってパネェッ……完全に負けたぜ」という顔をした。
「ま、負けた……」
「くそ……負けたぜ! これが大人か……」
よくわからないが勝ったのでセシルはしゃきーんとガッツポーズを決める。
「いや違うわよ! あんたら全員ダメッ娘だからね!」
クローディアのツッコミに全員がビクッとする。
「はい、三人にはこれからお芝居を叩き込みます。お芝居だけに関わらず表現というのは自分を見つめ直す作業です。三人には徹底的に女子力を養ってもらいます」
「は、はい!」
三人はその有無を言わせない迫力に返事をしてしまった。
クローディアは努力型の女優である。
そもそも悪魔である彼女は才能というものに見放されている。
だから教えるのはとても上手である。
まずはダンスから始まる。
お題はアイリーンが踊ったヒロイン役のダンスである。
アイリーンは自信満々に踊る。
だが相変わらず摺り足でステップをごまかそうとする。
「アイリーン! だからなんでアンタはいつも摺り足でごまかそうとするの! これは剣術じゃないの! そういうことやってると変な筋肉ついてお尻が大きくなるわよ!」
「にゃッ!」
アイリーンは尻を押さえる。
次にクリスの番だ。
クリスはダンスの流れをおぼえると意味もなく流し目とかを入れてしなを作る。
本人はセクシーのつもりだろう。
クリスにはクリスの理想というものがあるのだ。
だがクローディアはそれを一刀両断する。
「クリス。あんたはまだガキなんだからセクシーさを無理に出そうとしない! アイザックがドン引きするわよ!」
「ふみゃッ!」
クリス失格。
注意されてへこむ二人を見て、今度はセシルは「子猫ちゃん」と二人に流し目をしてから踊り出す。
セシルはダンスをおぼえてないので動きは適当だが、妙に動きがなまめかしい。
全方位にハートを飛ばしまくる。
「はい、そこの天然わいせつ物。アンタは無駄にセクシーだけどそれをカルロス相手にやるから逃げられるのよ。そもそもこのダンスは純真無垢な女性を表現するものなの!」
「うにゃーん!」
結果、三人とも失格。
「く、女子力とはかくも険しい道なのか……」
アイリーンは悔しそうにする。
アイリーンは負けず嫌いなのだ。
「さあ続けるわよ! 目標はクリスちゃんの祝言までに仕上げること」
クローディアは三人に向かってビシッと指を突きつけた。
◇
一方、カルロスとアイザックは走ってアッシュの元へ急いでいた。
捕まる前に逃げてやる。
そして二人はケーキ店に転がりながら滑り込む。
アッシュはいつもの花柄エプロンで焼き菓子を作っていた。
「どうした二人とも」
カルロスは青白い顔で叫ぶ。
「あ、アッシュさん!」
アイザックも続く。
「樹海の探検隊に志願します! 家に帰りたくない!」
家に帰りたくないでゴザルな二人は樹海の探検に志願したのだった。
「二人とも俺がいない間、ケーキ屋と劇場をまかせる予定だったんだけど……」
「なに言ってるんだよアッシュさん。いやアッシュ! 俺たち友達だろ!」
クリスタルレイクで一番心の汚れた男であるアイザックが力強く言った。
男友達が友達をやたら強調する時は厄介ごとの前触れ。
というのがわかるほどアッシュには友達は多くなかった。
そもそも人間扱いされたのだってレベッカと出会ってからである。
だからアッシュは素直に感動していた。
「ともだち……」
アッシュの目が思わず潤んだ。
こういうのにぼっちは弱いのだ。
正面突破でアッシュはチョロインのごとく一瞬で落ちたのである。
「だから俺らも助けてくれ! 頼むアッシュ」
今度はカルロスが正面突破をはかる。
カルロスがアッシュを友達だと思っているのは打算ではない。
本当に友達だと思っている。
ダメな男たちの友情がそこにはあったのだ。
「あ、ああ、わかった。出発は明日だ」
そう言うとアッシュはとても雑に書かれた図を取り出す。
二人はアッシュの手書きかと一瞬思ったが、あれほど美しくケーキを作るアッシュがこんな雑な絵のはずがない。
おそらくアイリーンの作った図だろう。
二人はアイリーンの恋人をやっていられるアッシュに再び尊敬の念を抱いた。
「目視で樹海とその先にある海が確認されている。初日は日帰りで危険がないか確かめるだけだけどそこから参加してくれ。」
「「了解!」」
三人の残念美少女……一人は美女、それにタヌキの思惑。
そこに家に帰りたくない情けない男二人とクリスタルレイク最強の生物が加わり、事態はさらに混沌とする。
そしてそれを眺めるものがいた。
ダメ美少女でもダメ美女でもないベルである。
あえて言えばダメの永世名人である。
ベルはレベッカを抱っこしていた。
ベルは子ドラゴンたちの保母さんとして立派に活躍していたのだ。
子ドラゴンたちはベルを期待に満ちた目で見つめる。
アッシュからの友情というほのかな幸せを頂いていたのだ。
だがドラゴンは大食らいである。
まだ足りないのだ。
それを見たベルが優しい声で言った。
「もっと人間さんに幸せになってもらいたいのですね」
「「あい!」」
レベッカと子ドラゴンたちは元気よく答えた。
「やりましょう。この世を幸せに満たしてやりましょう!」
「「おー!!!」」
やがてこのカオスは一本の線として交わることになる。