表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/254

大探検時代の産声

 レベッカは一生懸命質問に答えていた。

 周りにはアッシュやアイリーン、さらには蜘蛛やカラス、クローディアまでいた。

 みんな何事かと興味津々だった。


「あのね。えっとね。世界は折りたたまれているの。それを『えいっ!』て元に戻したの。お客さんいっぱいなの!」


 学のないアッシュにはこの説明はとてつもなく難しかった。

 まったくわからない。

 概念すら理解できなかった。

 困ったアッシュは周りを見た。

 全員ぽかーんとしている。

 タヌキのクローディアは一人だけわかったような顔をしていたが、たぶんそれは演技だろう。

 なぜならクローディアの性格なら本当に理解していたら、演技のレッスンと同じように他のみんなにわかりやすく解説してくれただろう。

 だがわかったような顔をしていながらなにも言わない。

 つまりまったくわからなかったのだ。

 アッシュはそれを見てなんだか安心した。

 瑠衣が困った顔をして手をあげる。


「あの……レベッカ様」


「あい!」


 レベッカはキリッとする。


「世界が折りたたまれたっていったいどういう意味でしょうか?」


 今度はアッシュよりは勘の悪い全員が安心した。

 一番頭の良さそうな悪魔がわからなかったのだ。

 自分がわからなくてもしかたがない。


「あい。えっと、えるふさん、どわーふさん。亜人さんは数が少なくなりました」


「はあ」


 確かに幻の種族ではある。特に純血種は。

 ほとんどの種族が人間との混血が進み純血種はほとんどいない。

 保守的なクルーガー帝国の貴族すら亜人の血が入ってないとは自信を持って言えない。

 純血をある程度維持しているのは体のサイズ的に人間と混血が難しいオーガや見た目で損をしているゴブリンやオークくらいだろう。

 混血の方も人間と見分けがつくのは獣人くらいだ。それも尻尾があるとか耳があるとかという程度だ。

 ほとんど絶滅したと言ってもいいだろう。


「少なくなったのでママが世界を折りたたんで守ることにしました」


 しゃきーん。


「そしてあまりにも上手に隠したので忘れました!」


 しゃきーん。

 元に戻すのを忘れたらしい。

 キッチンの奥で眠っている調味料のような扱いである。

 レベッカはそれでもしゃきーんとしている。


「えーっと。つまり? 元はあそこにあったものだということでしょうか?」


 瑠衣も完全に困っていた。


「あい!」


 レベッカは元気よく答えた。

 すると子ドラゴンたちが「じょーおーさまがんばれー!」と声援を送る。

 一方、瑠衣はほほえみながらアッシュたちの方を向いた。

 その顔は微妙に引きつっている。


「えーっと……皆さん。私の生まれる前の出来事なので憶測を交えてご説明いたします」


 帝国の歴史より長く生きている瑠衣が生まれるよりも前の出来事らしい。


「どうやら種の保護をするためにレベッカ様のご母堂が人間に見えないように世界を畳んだそうです」


「えーっと……つまり切り離したってことか?」


 アイリーンが聞く。


「いえ切り離さずに……」


 瑠衣はハンカチを出す。

 そして親指と人差し指でハンカチ中央を下からつまむ。

 瑠衣につままれたハンカチの中央部分は表面から見えなくなり、その近くには複雑にしわが寄っていた。


「こうやって世界から隠したのではないかと思われます。これはあくまで推測ですがハンカチとは違い広い空間ですからもっと複雑な折りたたまれ方をしていたのだろうと思われます。それを元に戻したのでクリスタルレイクから帝都までの距離が変わってしまったのではないかと思われます」


 その説明に全員から拍手が送られる。

 細部は難しすぎてわからないが大まかには理解できたのだ。

 だがその目は呆然としていた。

 アイリーンは気を取り直す。


「ふう、スケールが大きすぎてなにがなんだか……とりあえず我々は傍観しよう。人も物資も足らんからな。せいぜい樹海と海へ繋ぐ入り口の街として交易で大もうけさせてもらうよ」


 アイリーンは手を引くという宣言をした。

 貴族令嬢とは思えない投げやりなセリフではあるが、実に現実路線でもある。


「いえ……それが……」


 瑠衣が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

 本当に珍しい表情だ。


「どうした瑠衣殿」


「いえ……出現した土地なのですが……霊的、魔術的にアッシュ様のものとして登録されております」


 アイリーンは固まりアッシュは首をかしげた。


「なぜに?」


「この大陸はドラゴンライダーに受け継がれるものらしいです」


「なるほど……俺の土地か……」


 アッシュが農家の目になった。

 しゃきーんとしていた。

 その態度にアイリーンがあわてる。


「違う、アッシュ! 『もー、いっぱい土地もらっちゃった。どうやって開墾しようっかなあ。でへへ』じゃないぞ!」


 久々にアイリーンのツッコミが炸裂した。

 アイザックたちは『お前ら、もう結婚しちゃえよ』という顔になる。


「まずは果樹園を大きく!」


 人を雇うほど大きい果樹園は憧れである。

 それだけのものがあれば村人も一生食うに困らないだろう。


「いやだから違うって! ここからじゃ大きさが把握できないほどの広大な土地だぞ、大貴族の領地……いや下手すると王と名乗っても許される広さだぞ。まずは探検せねばならない」


「え?」


 アッシュはここでようやく話のスケールの大きさを理解した。

 とりあえず会議は「探検隊を送って多少なりとも大きさを把握してから考える」という実に後ろ向きなものだった。

 だがそれは帝都でも同じだった。



 謁見の間で平伏する兵士を前に皇帝はうなだれていた。

 たった数ヶ月前よりもその体は小さく見える。

 皇帝は呪いにかかっていた時よりも明らかに老けていた。

 頭髪がなくなったこともそうだが、なによりも過大なストレスがその顔を老人のようにしていた。

 かつて葬った敵への負い目と恐怖が確実に皇帝を蝕んでいた。


「それで……なにがあった……許す。そなたが直接話せ」


 伝令の兵士が語りはじめた。


「恐れながら……未明に帝国とノーマン全土に地震が発生。各地で謎の被害が出ておりますが被害者の報告はありません」


「謎の被害とは?」


 奥歯にものが挟まったような言い方だ。

 皇帝はそこに大きな疑念を抱いた。


「そ、それが、南の干ばつで水の少ない地域の井戸から水があふれ出した、同地域で雨が降った、また北部で季節外れの果実がなるなどの報告が相次いでます」


 被害ではない。だがそれは異常な出来事だった。


「あいわかった。それで他に重要な報告は?」


「お、恐れながら……た、大陸が出現いたしました」


 皇帝はくぼんだ目をぎょろりと動かした。


「大陸……どういう意味だ?」


「ま、まだわかりません。ですがクリスタルレイク近くに広大な土地が現れました。その土地には海まで存在すると報告を受けました」


 皇帝は血走った目を兵に向け、次に側に控えていた大臣に向ける。


「大至急調査をせよ。クリスタルレイクには女だてらに優秀な代官がいる。彼奴(きゃつ)に頼るのだ。商人ギルドには地図の作成を指示せよ。金は惜しむな。だがくれぐれも心せよ。クリスタルレイクの代官を怒らせるな」


 大臣はあわてた。

 彼もクリスタルレイクで演劇を見ていれば態度が違ったかもしれない。

 だが彼には運がなかった。


「そ、そのような不遜が許されようはずがありません」


「いいや、彼奴には許される。それがクリスタルレイクの魔女だ」


 クリスタルレイクの魔女。

 その言葉に全員が恐ろしくも美しい絶世の美女の姿を想像した。

 王の目から見ればアイリーンは処女の小娘を気取りながらドラゴンと契約を結ぶ魔人アッシュを体で籠絡し、悪魔も仲間に引き入れた魔女としか言いようがない。

 この場合、アイリーンが超高スペックなのに女子バレー部とかバスケット部にいそうな色気のない残念な子という事実は関係ない。

 あくまでイメージなのである。

 そして国務大臣は生真面目な男だった。

 それを真っ直ぐに受け止める。


「噂では先ほどの戦を終結させた英雄と聞き及んでいます。人類はごくまれに恐ろしいほどの能力を持った人間をこの世に生み出すものですな……そのような優秀な人材がいる限り帝国は千年後も安泰でしょう」


「そうだな」


 皇帝は「近いうちにそやつらに我らは滅ぼされるかもしれないがな」とは言わなかった。

次回!

セシルちゃん VS 外道軍師アイザック & 韋駄天ウサギ男カルロス


追記

http://shohyo.shinketsu.jp/originaltext/tm/1098687.html

の商標審決読んだんですが面倒なので種族削りました。

大丈夫そうな気がしますが一応安全策で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ