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ドラゴンの幸せ魔法

 レベッカたちはそわそわしていた。

 いつもならアッシュとアイリーン、それにベルの部屋に分散して一緒に寝てもらう時間だ。

 だが舞台の余韻でレベッカたちは興奮していた。

 お芝居は楽しかった。

 人間にかまってもらえる練習も楽しかったが本番は格別だった。

 ごく一部を除いて観客たちは幸せでいっぱいだったのだ。

 だから子ドラゴンたちもとんでもなく楽しかったのだ。

 そんなそわそわする子ドラゴンたちに気づくものはいなかった。

 その時、アッシュたちは村人総動員で働いていたのだ。

 なにせなれない舞台の後始末や掃除だ。

 どうしてもモタモタと手際が悪い。

 ドラゴン第一主義者のベルですらもあまりの忙しさに子ドラゴンたちの様子を見に行く暇がなかったのだ。

 でも子ドラゴンたちはいい子だった。

 せいぜい二、三時間である。お友達もたくさんいるのでそのくらいのお留守番はできるはずだった。

 触れこそしないが瑠衣の配下の蜘蛛と伽奈の配下のカラスが交替で監視している。

 滅多な事故が起こるはずがないのだ。

 そういう意味ではアッシュたちには過失はなかったと言えるだろう。


 だがその時はドラゴン全員がそわそわしていた。

 ものすんごいそわそわしていた。

 いつもだったらお互いに抱きついて団子を作って寝ていたり、追いかけっこをしたり、たわいのないおしゃべりをしているドラゴンたちが、一点を見つめたまま二足歩行モードのまましったんしったんと小さく飛び跳ねていた。

 この時点で異変を感じた蜘蛛とカラスがアッシュの下へ急行する。

 だが全ては遅かった。


「たのしいの♪」


「たのしいの♪」


「お芝居もっとしたいの♪」


「もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!」


 それはドラゴンの感情の奔流だった。

 ドラゴンたちはなによりも楽しいことを求めていた。

 人を幸せにしたかった。

 その思いをアッシュたちは満足させてしまった。

 だがドラゴンは大食らいなのだ。


「「もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!」」


 ドラゴンたちは両手を挙げてピョコタンピョコタンと跳ねる。

 すると赤青黄、様々の色のドラゴンたちが光を放つ。

 光は強く激しく明滅し、その魔力は遠く離れたエドモンドが飛び起きるほどだった。

 帝都はすぐさま非常事態を宣言し、万が一に備えた。

 クリスタルレイクでドラゴンはさらに力を放つ。

 そしてアッシュとアイリーンがドラゴンたちのキッズルームにあわてて入ってきた。


「お、おいレベッカ! みんな!」


「「たのしい! たのしい! たのしい! たのしい! たのしい! たのしい! たのしい! たのしい! たのしいの♪」」


 全ては遅かった。

 魔力がクルーガー帝国全土に放たれる。

 そしてアッシュとアイリーンが呆然とする中、地鳴りが起こった。


 それは地震だった。

 震度にしてせいぜい4。

 とは言ってもこの世界には地震は少ない。

 だからその反応は様々だった。

 まずアッシュとその仲間たちはというと危険慣れしすぎたため「おー、揺れてるな。」という反応だった。

 これも成層圏から攻撃を仕掛ける友人や、土木工事大好きな蜘蛛や、火と呪いを吐くカラスや、ただ生活してるだけで被害者が出るインチキタヌキのせいに違いない。

 だがその日は前線にすら出たことのない危機慣れしていないVIPが数多くいた。

 最初に壊れたのは彼らだった。

 この世の終わりが来た。

 そう思った瞬間、セシルの緊張の糸が切れぐるんと白目をむいた。

 アイザックはあわててセシルを抱き留める。


「だ、大丈夫ですか?」


 セシルはすでに落ちていた。

 酒も入っていたせいか失禁までしていた。

 アイザックはなんとしてもこれを隠蔽せねばと思った。大の男のプライド的に。

 プライドやメンツはありすぎてもよくないが、こんなつまらないことで潰していいものではない。特に高貴な人間の場合は。

 要するにアイザックは同じくらいの年の兄ちゃんの惨たらしい姿に思わず同情してしまったのだ。

 アイザックは周りを確認する。

 他の貴族も似たような惨たらしい姿で気絶していた。

 父親くらいの年齢の男たちの悲惨な姿を見てアイザックはまたもや複雑な心境になった。


「えーっと……蜘蛛の皆さん……」


「はい……皆の衆、アイザック殿の仰るとおりにしましょう」


 蜘蛛の人たちもわりと察していた。

 人に化けることのできる上級悪魔である彼らは人間社会に溶け込み、人間をよく知っている。

 これがクリティカルな事態だと全員がわかっていた。

 アイザックが渋い顔をしていると地震の揺れでグラスがテーブルから落ちた。


「えーっと、揺れが収まったらお客様が意識を失われている間にお召し替えして従者の方に引き渡しましょう。汚れたお召し物は隠蔽のためにこちらで洗濯することを先方に伝え、急いで乾かしてから朝になったら先方に渡すことにしましょう。そうですね。先方にはお酒に酔ってしまって汚してしまったことにしましょう。先方もそれで察して頂けるはずです」


「は!」


 なにせ地震が起きて主人が気絶したのだ。

 一刻も早く着替えさせて引き渡さねばならない。

 かわいそうだから。


「グラスなどはあとでいいです。お客様を最優先に処理しましょう」


「は!」


 蜘蛛たちは「さすがアイザックさん。頼りになるぜ!」という顔をしていた。

 揺れが収まると蜘蛛たちは機械的な動きで貴族たちを剥き、キレイにしてから服を着せる。

 その作業があまりにも機械的だったため、アイザックは恥ずかしい思いをせずにすんだ。

 どこから出したのか替えの衣装はどれも高級品である。

 すっかりダンディな装いにすると蜘蛛たちはオッサンたちを担架で運んでいく。

 アイザックはため息をついた。

 なにこの悲惨な状態と偏頭痛がしてくる。

 すると援軍がやって来た。

 クリスタルレイク一足の速い男。カルロスである。


「おーいアイザック。助けに来たぞ」


 カルロスは使える男なのだ。


「おー! カルロス助かったぜ。悪い。そこの旦那着替えさせてやれ。どうにも同じくらいの年の野郎だと思うと哀れでやりたくない」


「おー、了解」


 これでもカルロスは前線にも出たことのある騎士だ。

 怪我で動けなくなった兵士の着替えなどお手の物だ。

 逆にアイザックは作戦立案などの後方勤務だ。

 こういう生々しいものにはまだなれない。

 カルロスは特に抵抗もなくスルスルとセシルを剥いていく。

 だがその手がピタリと止まる。


「アイザックさーん」


 カルロスが猫なで声を出した。

 カルロスがこの声を出すのは本気で困った時だ。


「カルロスどうした? なにかあったか」


「俺……死んじゃうかも……」


「なにがよ?」


 カルロスは涙目で指をさしている。

 それは明らかに男にはない山が二つ。

 もちろんカルロスは騎士だ。

 良家の子女の恥にならぬよう。布で隠している。

 アイザックは思わずつぶやく。


「肩パット入れてたりしてたから体型がおかしいとは思ったんだよ……」


 アイザックとカルロスはストレスで涙が出てくる。

 第三皇子セシルはセシルちゃんだったのだ。

 たった数時間で機密情報まみれになったアイザック&カルロス。

 彼らは迷わず選択した。

 年経た僧侶のごとく煩悩を捨て素早く着替えさせ、服を「セシル」と書かれた洗濯かごに入れる。

 なにも見なかった。なにも知らない。関わらない。ぽく知らないもん。

 それが彼らの選択だった。


「さあ、カルロス。セシル皇子(・・)のお召し物を洗濯しよう」


「ソウダネ、アイザック。ポクはここを片してるよ」


 カクカクと操り人形のような動きになるカルロス。

 こうして全ては闇に葬られる……はずだったが……


 そんな二人の男たちが奮闘している間にクリスタルレイクに朝がやって来た。

 アッシュとアイリーンは屋敷の屋根に上がってクリスタルレイクを見つめていた。

 この日起こった怪現象はシャレではすまなかった。

 アイリーンが微妙な表情をしながらアッシュの手を握る。

 アッシュもどうしていいかわからずにアイリーンの手を握り返す。

 それは森だった。

 だがどこまでも遠くまで森が広がっている。

 アイリーンは望遠鏡を覗いた。


「アッシュ、やっぱり海が見える」


「そうか……そんな風のニオイだった……」


 夜の地震。

 ドラゴンの力は災厄ではないがとんでもない事態をクリスタルレイクにもたらした。

 それはシャレにならないものだった。

 まずクリスタルレイク、つまりクリスタル湖の湖畔にある小さな村の近くに樹海が出現した。

 これはクリスタルレイクに異常なほどの資源が出現したと言うことだ。

 そしてさらに内陸のあるはずのクリスタルレイクの近くに海が出現した。

 それだけではない。

 近くの村までの距離も、帝都までの距離もなにもかもが遠くなった。

 いやそれは違う。

 広がったのだ。

 前夜に起こった出来事。

 それは大陸一つ分世界(・・)が広がったのであった。

 クルーガー帝国、いやクリスタルレイクの近くに謎の海と大陸一つが出現したのである。

 後に暗黒大陸の出現と呼ばれる出来事だった。

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