表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/254

おばちゃんの正体

 まるで葬式のような悲痛な顔をしている一部の貴族たち。

 そのさらにごく一部は早々と白目をむいて気絶していた。

 それとは対称的にご婦人方はかわいいドラゴンの舞いに黄色い声を出していた。

 ドラゴンたちは尻尾をふりふりしながらクルクルと回る。

 テンションが上がっているのかキラキラとした魔力が漏れている。

 アイリーンはドラゴンと歌い踊る。

 その素人臭さが逆に印象に残る。

 まるで保母さんのような実に微笑ましいものだった。

 そんなかわいいドラゴンの舞いを見て震えているものがいた。

 自称北方騎士団団長アーロン、放蕩者の騎士として有名な伊達男である。

 だが伊達男でならしたアーロンは劇場で顔面蒼白になりながらひたすら震えていた。

 なぜなら放蕩者の騎士アーロンは仮の姿。

 彼の真の姿は第三皇子セシル。

 皇位継承権第五位という重要な立場にいる男だった。

 彼は本当にただの放蕩息子だった。

 長男で兄はあかるく朗らかな人気者かつ優秀な頭脳を持つ男。

 しかも風邪一つひいたこともない健康体。

 セシルに皇位が転がってくることなど考えられない。

 だからセシルは兄の家臣として仕事を適当にこなしながら、ダラダラと趣味に生きようと決めていた。

 その趣味の一つが観劇である。

 今回は10年に一人の天才、クローディア・リーガンの復活公演である。

 見逃すことなどありえない。

 だからなにも考えずに、宮廷魔術師のエドモンドにもやめろと忠告を受けながらも興味本位でやって来たのだ。

 クリスタルレイクは敵対地域だというのだ。

 だがセシルはのんきなものだった。

 なあに自分に人質の価値はない。

 だからこそ軽い気持ちでやって来たのだ。

 だがそこで見たものは地獄だった。

 この場でドラゴンの舞いの意味がわかる人間は少なくないだろう。

 なにせクローディアは演劇通と呼ばれるもの全員に招待状を出したのだ。

 少し前まで戦争が続いていたこの国で演劇にうつつを抜かすような輩は財力を持った有力貴族だけと言えるだろう。

 そんな演劇通は当然のようにドラゴンの存在を知っている。

 ドラゴンが人間の庇護者であり、神と呼ばれるものに一番近い生き物であること。

 そしてクルーガー帝国はドラゴンに守られているということを。

 だが目の前にはたくさんの子ドラゴンが人間と芝居をしている。

 飛竜に似ているが根本的に違う生き物がこんなにも楽しそうにしているのだ。

 それの意味することは帝国の終焉。

 そしてこのイベントの本当の目的は選別だ。

 敵と味方を分けるのだ。

 自分が第三皇子だとヤツらは知っているに違いない。

 セシルは心臓をつかまれたかのような気分だった。


 ちなみにタヌキはそれを知らないし、子ドラゴンを出したのもお芝居をやりたそうに見ていたからというどうでもいい理由だった。

 だがそれでも花子無双の空間はできあがっていたのだ。


 セシルはここから先は生死を分けるのだと思い観察に徹した。

 元気に歌う女優は顔がいいだけでそれほど上手ではない。

 だがセシルはあの顔には見覚えがあった。


(壁の花……壁の花ガーディアンだ!!!)


 壁の花ガーディアンとはアイリーンのあだ名である。

 舞踏会に出席しながら言い寄ってきた数々の男をバッサリ一刀両断し、誰も話しかけなくなり壁の花になったと思ったら護衛の騎士と仲良くなった変な娘。

 しかもなぜか女の身でありながら武功を立てて代官にまで出世した、もはやどう評価していいかわからない令嬢だ。

 つまりこの舞台は代官自らが出演しているのだ。

 セシルの肝が急激に冷えていく。

 冷たい汗が次から次へと流れてくる。

 観客は役者を見ている気分になっていた。

 だが真に見られていたのは観客の方だったのだ。

 なんという策士。それも極限まで性格の悪い策士だ。


 だがセシルは知らない。

 アイリーンはなにも考えてない。

 まったくなにも考えてなかった。

 舞台に出たのも「女の子だから一度くらいヒラヒラ衣装を着て歌って踊ってもいいじゃない」という単純な理由である。

 タヌキに踊らされたツッコミ役はポンコツになってしまっていたのだ。


 このアイリーンの活躍は「新人女優の歌で失神者多数」というニュースになるのだった。


 そして拍手とともに歌が終わり、またクローディアのパートになる。

 クローディアはアイザック扮する悪代官に言い寄られる。

 それを嘆き悲しむパートである。

 クローディアはその圧倒的演技力と歌唱力で哀しみを表現する。

 その演技はご婦人たちが涙を流すほどだ。

 この章は他のと比べて無事に終わる。

 気絶した貴族はいなかった。


 そして次が問題だった。

 アッシュのソロパートである。

 騎士が悪代官のたくらみを知って怒り狂う場面である。

 アッシュはノーメイクで舞台に現れる。

 観客席がざわつく。

 アッシュの迫力は客席にまで届いていたのだ。

 アッシュは静かにセリフを言う。


「このような腐った国なら俺が王になった方がまだマシではないか」


 そのセリフを聞いたセシルは思い出した。

 役者の顔。

 あの人間離れした恐ろしい顔。

 聞いたことがある。

 皆殺しにされたはずのライミ侯爵家の男子の特徴だ。

 生きていたのだ。

 このセリフは宣戦布告だ。


 アッシュは演技を続ける。


「理不尽を俺は許しては置かぬ。正義が通らぬのなら俺が正義になろう!」


 それは観客が神の裁きを受けたかのような衝撃を受けるほどの迫力だった。

 セリフの裏にこめられた意味がわかる貴族の数人が耐えられなくなって失神する。

 アッシュはセリフを言い終わると歌い始める。

 長身から発せられる低く美しい声が劇場に響き渡る。

 それは正義を求める歌だった。

 なぜ弱きものは虐げられねばならない。

 なぜ強きものが弱きものから全てを奪っていく。

 俺は許さない。

 俺は理不尽を許さない。

 それは正義の歌だった。

 だが聞くものが聞けばその内容が違って聞こえた。

 ライミ家を殺したのは誰だ?

 偽の皇帝はなぜ全てを奪っていく。

 俺は許さない。

 俺は悪を許さない。


 殺される。

 セシルは心臓を握りつぶされたかのような気持ちだった。


 セシルは震える。

 もはや観劇どころではない。

 これは巧妙で恐ろしい宣戦布告なのだ。

 ちなみにタヌキは北方騎士団団長アーロンが第三皇子セシルだとはまったく気づいていない。


 後にタヌキ一味は有力貴族のパトロンが異常なほど増加したことに首をかしげることになるのだ。


 最後にアイザック扮する代官とアッシュの一騎打ち。

 双方並の使い手ではないため、まるで剣闘士の戦いのような迫力のある殺陣を見せる。

 アイザックが大げさに倒れアッシュが歌姫を救出し、物語は最後の幕を迎える。

 ここが原作とは違う。

 原作では騎士は歌姫と結ばれる。

 だがこの舞台では騎士はエスメラルダと結ばれる。

 エスメラルダ役のアイリーンは顔を真っ赤にしながらアッシュの手を取るところで物語は終わる。

 つまりそういうことだ。


 舞台が終わると観客たちが激しく拍手をした。

 一部の貴族達は白目をむいて失神していた。

 舞台は複数の意味で成功をおさめたのだ。


 舞台が終わるとアッシュはクローディアの楽屋に向かった。

 楽屋ではタヌキがアイリーン秘蔵のチーズをむしゃむしゃと食べていた。


「あらアッシュちゃん。おばちゃんになにか用?」


 むしゃむしゃとチーズを食べている。

 アイリーンにバレたらヒゲを引っ張られるだろう。


「今回の舞台では歌姫ではなくエスメラルダと結ばれた。そして悪魔は物語は作れない。全て事実だ」


「そうよー」


 クローディアは今度はワインをグビグビと飲み出す。


「つまり……初代皇帝のお嫁さんなんですね……つまり俺の……」


「おばあちゃんじゃないよ。つかババア呼ばわりしたら焼く」


 クローディアはぷーっとふくれる。


「おばちゃんはジョニーの側室だったんだ。つまりアッシュちゃんとは遠い遠い家族なんだ」


「やっぱりそうか」


 アッシュは納得した。

 やはり『おばちゃん』は直接的な意味だったのだ。


「長いこと生きてるとね……旦那さんの顔が思い出せなくなるんだ。これって結構キツいのよ。ジョニーの直系って家にもジョニーそっくりな子はいなかったしね……でもアッシュちゃんはジョニーそっくりだし、アイリーンちゃんは正室にそっくり。おばちゃんの家族と同じ顔なんだ」


 クローディアは遠くを見ていた。

 幸せだった遠い過去に思いをはせていたのかもしれない。


「だから、おばちゃんが持っているものは全部アッシュちゃんとアイリーンちゃんにあげる……だから明日の公演もがんばるんだよ! 気合を入れるよ!!!」


 クローディアが目を見開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ