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アッシュさん。ツッコミと出会う。

 数台の馬車がクリスタルレイクの村長宅の前に止まった。

 その中でも一番豪華な馬車から鎧を着た容姿端麗な女性が降りてくる。

 アイリーン・ベイトマンである。

 アイリーンはクリスタルレイクを一瞥すると感慨深そうにつぶやいた。


「ずいぶん変わったな……」


 アイリーンがまだ小さい頃、ベイトマン家もクリスタルレイクに別荘を持っていた。

 だが父の無能さから家の財政は悪化、結局人手に渡ってしまったのだ。

 アイリーンの子どもの頃、クリスタルレイクは旅行にやって来る貴族やそれを目当てにやって来る商人で賑わっていた。

 様々な商店が建ち並び、通りでは大道芸人が芸を披露し、子どもたちが嬉しそうにはしゃいでいた。

 それが今や廃墟と雑草しかない惨めな有様である。


「これも戦乱のせいだろうな……」


 思い出を汚されたような気がしてアイリーンは深くため息をついた。

 そんなアイリーンに鎧を着た女性が声をかける。

 アイリーンの部下のベルである。


「アイリーン様。これから村長に会うのですからそんな顔をなさらないでください」


「そうねベル。お父様の代わりに私がしっかりしないと」


 幸薄い台詞を吐露しながらもアイリーンはシャキッと背筋を伸ばした。

 そんな主人の様子を見てベルはふふっと優しく笑う。


「これもお家のためです。がんばりましょうアイリーン様」


 二人が屋敷の前に行くと村長が頭を下げていた。


「今日は遠いところをはるばる……」


「挨拶はよい。今日はある男の事を聞きに参った」


 村長の額に汗が浮かぶ。

 アイリーンもベルもなにか知ってるなと察した。


「立ち話もなんですから……はい……」


 村長はぺこぺこと頭を下げる。


「うむ」


 二人は村長に招かれ話をすることになった。

 村長の屋敷、その応接間に二人は案内され、二人は木の椅子に腰掛けた。

 本当だったら嫁入り前の淑女の態度ではないが、今日は領主代行と騎士として来ていたのでなるべく横柄に振舞った。

 確かに謙虚さは美徳だしアイリーンは横柄な態度は心の底から嫌いだが村役人には最初から自分たちが支配者側であることを示さなければ舐められてしまうのだ。


「それで……今日はアッシュの話ですかな?」


 アイリーンたちが切り出すまでもなく村長はアッシュの話題を切り出した。


「村長。アッシュ殿を知っているのか?」


「アッシュ……殿……? え、ええ、アッシュは昔この辺にあった孤児院にいた子です。ですがクレリックが死んで行き場がなくなったので口減らししたのですがひょっこり戻ってきまして……」


「口減らし……?」


 アイリーンにとっては不愉快な言葉が出た。

 貧しい農村などでは口減らしという名目で赤ん坊や子どもを売り飛ばしたり、ときには殺してしまうのだ。

 貴族の目には実に野蛮な連中に映ることだろう。

 そのような農村を貴族は嫌悪している。

 かと言ってその悪習を禁止しても村には子どもを養うだけの蓄えなどない。余計に死人を出すだけなのだ。

 アイリーンの厳しい目つきを感じ取った村長は卑屈な表情で弁解する。


「ええ、まあ、褒められたことではありませんが、我が村も戦災でこのような有様でして……それに我々もなにも殺してしまおうと思っているわけではありません。ちゃんと傭兵ギルドに売りました。炭鉱に売るよりはいくらかマシでしょう」


 アイリーンは「そうだな」と心にもない返事をした。

 村長の考えは決して褒められたものではないが、この世界では異常というほどではないのだ。


「それで……そのアッシュ殿が帰って来たのか」


「ええ、他人みたいな顔をしてひょっこり帰って来ました。まあ何年もいたわけじゃないから本当にここが故郷であることを忘れているのかもしれませんが……」


「それでどこに住んでいる」


「ええ。エルムストリートの一番奥の屋敷におります。あそこはエルムストリートも一等地でしたが今や廃墟が並んでいる有様ですよ」


 村長が残念そうにしみじみと言った。

 アイリーンは村長の様子を見てもう聞き出すことはないと立ち上がる。


「あいわかった。これからアッシュ殿に会いに行くとする」


「では私がご案内を……」


「いらぬ」


「ではお気をつけなされ。あの屋敷は異常です」


「どんな意味だ?」


「昨日まで廃墟だったというのにたった一晩で屋敷が建っていたというのです」


 村長の顔は蒼白になっていた。

 アイリーンは村長を見て「今まで売った子どもの呪いだろう」と密かに思った。

 だがそこは貴族。そんな小馬鹿にした態度はおくびにも出さず一言。


「あいわかった」


 そう言うとアイリーンは村長の屋敷を飛び出す。

 ベルも無言で主人の後に従う。

 実は二人は知っていたのだ。屋敷の場所を。

 村長の屋敷から出るとアイリーンは「ふふふ」と笑った。


「ふふふ……ベル。エルムストリートの一番奥だそうだ」


「懐かしゅうございます」


「なにか縁を感じるな。まさかかつて我が家の持ち物だった場所とはな」


 アイリーンは村長宅からエルムストリートへ続く道を見る。

 かつては整地された立派な道があったのだろうが、今は診る影もなく荒れ果てている。

 馬車では通ることができないだろう。


「こうも荒れていると馬車では行けまい。ベル歩くぞ」


「かしこまりました」


 護衛を連れた二人はゆっくりと歩いて行く。

 歩きながらアイリーンはかつてのクリスタルレイクを思い浮かべていた。

 アイリーンにだけはきれいな町並みが見えていた。

 思い出すのはあの夏の日。

 アイリーンが出会った。少年との思い出。

 体が大きいけど傷ついた動物の世話を一生懸命するような優しい少年だった。

 そんな彼と過ごした日々はアイリーンの中で美しい思い出として昇華されていた。

 できることならもう一度会いたい。

 きっとかっこいい大人になっているはずだ。

 いや思い出は美しいままであった方がいいのだろうか……でも会ってみたい!


「アイリーン様。にやけてます。もう到着しますよ」


「おっと」


 アイリーンはまたもやシャキッとする。

 妄想をしていたらどうやら屋敷の近くまで来てしまっていたらしい。

 アイリーンは屋敷を見て声を失った。

 それは異様な姿だった。

 廃墟の中でそこだけが完全な姿を留めている。

 壁も門扉も花畑も白い屋敷もそのままの姿だった。

 アイリーンは目を輝かせた。

 そんなアイリーンにベルは冷静な声を浴びせた。


「アイリーン様。いかがいたしますか? このまま突入いたしますか」


「ベルはどう思う? 私は敵意など感じないが」


「そうですね。敵意などは感じません。ですが他の屋敷と比べると明らかに異様です」


「そうか。では一人を残して入ろう。おい貴様、我らが戻らなければ村長に援軍を寄こすように言え」


「はッ!」


 「化け物屋敷に入らなくて良かった」という顔をした兵士を置いてアイリーンは開けっ放しの門から屋敷に入った。

 敷地にはひまわり畑が広がっている。

 それはアイリーンの知っている屋敷そのものだった。


「これ程までの建築を一夜でこなすとは……アッシュ殿は魔道士でしょうか?」


「どうだろうか? 私は戦士だと聞いていたが」


 どちらでもいい。

 少なくとも子どもを攫う魔女ではないのだから。

 そんな彼らに話し声が聞こえてくる。


「にいたん。にいたん。ひまわりさんはなにに使うんですか?」


「種を絞って油にしたり食べたりかな。まだ採れないから今日は裏の荘園後を耕そう」


「あい!」


 それはなんとも牧歌的なやりとりだった。

 アイリーンはくすりと笑った。

 子どもとこんなやりとりをできる男が危険なはずがない。

 ベルも同じ感想だったようでくすりと笑うと声の主へ声をかける。


「すまないがアッシュ殿であらせられるか」


「あ、はーい。レベッカお客さんが来たみたい。バッグに入ってくれる?」


「はーい。にいたん」


 ゴソゴソと音がし二人がひまわり畑からやって来る。


(なんだ聞いていたのとはずいぶん違うじゃないか。噂とはあてにならぬものだ)


 と得意満面になったアイリーンはふふんと胸を張った。

 そして声の主がぬうっと畑から顔を出した。

 その姿を見たベルの顔色が変わる。


「姫様! あれはアークデーモンです! くっ、なんという邪悪な気だ。ここは私が引き受けます。はやくお逃げください!」


「あああああああああああああッ! もうダメだー! 俺たちは殺されるー!」


「おかあちゃーん!!!」


 アイリーンの部下たちが一瞬にしてパニックを起こす。

 そしてアイリーンは……


 ……ぱたり。


 声も上げることもできずに倒れた。


「に、にいたん。女の人が倒れてます」


「大丈夫ですか?」


「ち、近寄るな魔族め!」


「いや俺人間……」


「よ、寄るな斬るぞ」


「子どももいるのに危ないなー。てい」


 ぱきん。


「我が家の家宝が手刀で一刀両断に! これがアークデーモンの実力なのか!」


「だから俺は人間ですって」


「手刀で剣をたたき折る人間がいてたまるか!」


「えー。人間ですってー」


「ベル、姫様を逃がせ! く、くそ死ね」


「もー危ないなあ」


 どごん!


「歴戦の騎士をデコピンで瞬殺だと……これが魔族の実力だというのか……」


 意識朦朧としたアイリーンの耳に声が聞こえてくる。

 ああ……我らはここで終わるのだな……

 アイリーンは思った。


「だからー! 俺は人間ですって!」


「嘘をつくなー!!!」


「にいたんは人間さんですよ」


「え? ……キミ誰」


「レベッカなのです♪」


「えええええええええー!」


 そこでアイリーンの意識はぷっつりと途絶えたのだ。

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