歌姫、未来のスターに出会う
クローディア・リーガンが大スターであることはすぐにわかった。
なにせ歌姫でありながら舞台女優である彼女は背が高い。
痩せてはいるがガリガリではない。
その証拠に首回りの筋肉が発達している。
見る人が見れば上半身の筋肉も呼吸器官に近い部分に熟練の戦士のような肉がついていた。
それでいながら女戦士のようなゴツイ印象はなく、その体は実に女性らしいシルエットであった。
ダンサーのようにしなやかでありながら無駄な肉をそぎ落とした体だった。
普段の顔は思ったよりも地味だった。
タヌキ顔のかわいい系。
瑠衣のようなあやしい美形とは違い、どこにでもいる女性である。
だがその顔は舞台用の濃いメイクが映える顔だった。
しかもこれだけ地味な顔なのに女優の醸し出すオーラ。
自信に裏付けされたオーラが彼女をただ者ではないと周りに認識させていた。
アイリーンや瑠衣のような天然物ではない。
だが養殖、体を鍛錬した先にある美しさを作り上げたもの独特の凄みがあった。
それが出迎えたアイリーンたちの前に現れたのだ。
「よッ!」
それが……ワイン瓶片手に人なつっこい態度で手を振っていたのだ。
アイリーンとカルロスが「キャーッ!」と黄色い声を出し、瑠衣が仲の良い友人に対する「キャーッ!」という声を出した。
「おっす瑠衣。久しぶりー♪」
非常に砕けた態度だ。
「久しぶりー♪ どのくらいぶりでしたっけ?」
「えー……と、150年くらいでしたっけ?」
「そっかー。最近忙しかったからねえ」
『最近』とは悪魔の基準なので数百年単位である。
時間の流れそのものが人間とはスケールが違うのだ。
「それでそこのかわいい娘だれ?」
「ジョニーの子孫ですよ」
ジョニーとは初代皇帝の愛称である。
「えー! ジョニーの子孫! あ、アメちゃん食べる?」
そう言うとクローディアは飴を出す。
親戚の子ども扱いである。
アイリーンは思わず受け取る。
有無を言わせぬ迫力があったのだ。
「クリスにもアメちゃんあげるね」
クローディアは案内してくれたクリスにも飴を渡す。
「ありがとう♪」
クリスはにぱーっと笑った。
「それでドラゴンは?」
「そこに」
瑠衣が指さした方向にはレベッカを中心にしたドラゴンの集団がピルピルと尻尾と手を振っていた。
「あら、かわいい。飴ちゃんあげるねー」
クローディアは悪魔のためドラゴンに触れることができない。
したがってアイリーンたちに大量の飴を渡す。
それを二人は子ドラゴンたちに手渡した。
「あめー!」
「うわーい!」
ドラゴンたちは喜んでいる。
「それでドラゴンがいるってことはドラゴンライダーもいるんでしょ?」
「ええ。そこに」
アッシュは有名人だからと騎士風の正装をしていた。
サイズが合わないのでジャケットは羽織っている。
そんなアッシュとクローディアの目が合う。
「え、なにこの美形」
悪魔基準である。
「ええ。ジョニーの若い頃そっくりでしょう」
「いやいや瑠衣ってばジョニーはもっと細かったじゃない」
「そうでしたっけ?」
「それでもこの迫力のあるガタイの良さは舞台俳優向き……ちょっと待って、キミ名前は?」
クローディアは背筋を伸ばした凜とした姿でアッシュに近づく。
アッシュはその姿につられて背筋を伸ばして答える。
「アッシュです」
「へぇー。低いのによく通る声ね」
クローディアの様子がおかしい。
「ちょっとキミ、歌ってくれない?」
それを聞いてカルロスがあわてる。
「い、いやダメですって。アッシュさんの歌は超常現象ですから!」
酷いことを言われているのにアッシュはコクコクとうなずいた。
さすがに歌姫の前で歌っていいほどの実力がないのはわかっている。
「いいから。じゃあ、一緒にらーらーらー♪」
「らーらーらー♪」
アッシュもつい釣られて歌ってしまう。
するとクローディアはニコニコしながら拳を握る。
「発声はここ!」
クローディアは丹田を殴る。
とは言っても女性の攻撃だ「ぽこん」と情けない音がする。
アッシュは言われたとおり腹から声を出す。
「らーらーらー♪」
それを聞いた全員の顔が固まる。
それはいつもの悪魔の叫びではなかった。
それはバリトンボイスの美声だったのだ。
「あらセクシーな声♪」
クローディアはニヤッと笑う。
「ねえねえ。アッシュくん」
クローディアはニコニコしている。
「あ、はい」
アッシュは冷や汗をかいている。
なにか不穏なものを感じたのだ。
そしてクローディアの口から爆弾が投下される。
「おばちゃんのとこに来なさい。一年で帝都中央劇場の看板俳優にしてあげる♪」
クローディアのその目は本気だった。
これには全員が驚いた。
度肝を抜かれた。
スターが自分で『おばちゃん』と言ったことより何倍も驚いたのだ。
「ほえ……?」
アイリーンが間の抜けた顔をした。
「い、いや、いやいやいや! アッシュさんはちょっと……個性的なお顔ですよ!」
カルロスは完全にあわてていた。
失礼な言葉を排除するのを忘れるほどあわてていたのだ。
「そんなの大丈夫よー。舞台に上がっちゃえば顔なんてメイクでどうにでもなるわ。それにね。人間にとって怖い顔ってね、実は整っているのよ。それよりも見て、この体! 均整が取れまくったこの体。見てこの胸板! しかも凄く姿勢がいいのよ! 俳優じゃこのレベルの体は作れないわあ。それにあの声……感激だわー! ジョニーの子孫を私が大スターにするなんて!!! 生きててよかった……」
クローディアは目をキラキラさせている。
もうすでにアッシュのスター街道まで妄想をしていた。
「自分の限界にぶち当たった女優が超絶セクシーな美声を持つ友達の子を鍛え上げスターにする! やばッ! ラブなしでもこれは売れる! ちょっと瑠衣。うちの劇場の脚本家呼んで来てくれない?」
クローディアは完全にお仕事モードである。
それを見て瑠衣はクスクスと笑っている。
「にいたんカッコイイの?」
レベッカがアイリーンに聞く。
「かっこいいぞ。うんかっこいいぞ! なにせ私の彼だからな」
アイリーンは拳を握った。
そう言いながらも少し自信がない。
さすがのアイリーンですらもアッシュは俳優には遠いような気がしたのだ。
「そうなのー♪」
レベッカはアッシュがほめられたのでなんだか嬉しくなって尻尾をブンブンふった。
「えー、無理ですって! ほら俺でかすぎますし!」
アッシュと言えば手を前に出してフルフルと顔を横にふっていた。
その姿を見てクローディアはふふんと笑う。
「だってキミだったら私の相手役できるでしょ?」
確かにその通りだった。
アッシュは女性としては身長の高いクローディアの横にいても見劣りしない。
「ねえキミ。リフトできる?」
「頭の上に持ち上げられるか?」という意味である。
「あ、はい。できます」
それこそ百人乗っても大丈夫である。
「体重の条件を出さないのね。ちょっと瑠衣! この子逸材よ!」
すっかりクローディアは興奮している。
「ねえねえ、おばちゃんと同じポーズできる?」
クローディアはいわゆる○ョジョ立ちをする。
しかもかなり複雑なポーズだ。
普通ならできない。
「はあ」
アッシュは気の抜けた返事をしながらもすぐに真似をする。
「やだ! この子体も柔らかい! なにこれ凄い!」
クローディアは大興奮である。
「いい、アッシュくん。おばちゃんと帝都の女の子を気絶させまくるわよ! さあ、さっそくレッスンしましょう。ありがとね瑠衣! もうホント生きててよかったわ」
「だが断る!」という選択肢はないらしい。
クローディアはその場でくるくるとスピンをしてからポーズを決めた。