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ぽんぽこタヌキのクローディア・リーガン

 クリスは父親と仕入れに出ていた。

 クリスタルレイクの代官は細かいことは気にしない人物である。

 ツッコミ気質ではあるが基本的には豪快な人物である。

 今回の仕入れにもお金をポンと出してくれた。

 盗まれると考えなかったのだろうか?

 いやそんなことはない。

 太古の英雄のように豪快な人物なのだ。

 それが美しい少女なのだから世界とは不公平なものだ。

 クリスの父は思った。

 それに比べて娘のなんと凡庸なことか。

 いや凡庸なことに感謝しなければならない。

 なんでも普通が一番なのだ。

 クリスの父は一人で納得していた。

 家族がいる小さな幸せ。

 それがクリスの父が一番守りたいものだった。

 だからこの仕入れもちゃんとこなして代官様の信頼を得るのだ。

 そんな誓いを胸に秘めたクリスの父は帰り道を急いでいた。

 小麦や砂糖、作物の種や脱穀したあとの籾殻を仕入れた。

 籾殻はいぶして畑の肥料として撒くものだ。

 これらを盗られるわけにはいかない。

 クリスの父は緊張していたのだ。


 さて一方クリスはのんきに構えていた。

 父には見えないようだが、視界の端に護衛の蜘蛛が見える。

 蜘蛛がいれば盗賊など怖くない。

 黙っていても誰にも荷物を盗られることはないだろう。

 完全に安心しきっていたのだ。

 実際クリスは正しかった。

 クリスタルレイク近くを根城にしていた盗賊はすでに瑠衣たちによって地獄へご招待された後であり、盗賊などどこにもいなかった。

 悪魔に関しても、伽奈の眷属のカラスたちが上空から見張っており警戒レベルは高かった。

 今のところ完全にクリスタルレイク周辺は安全だったのだ。


 そしてそんな二人に新たな出会いがあったのである。

 それはタヌキだった。

 人間ほどの大きさのタヌキがワイングラス片手に道に立っていた。

 タヌキはクリスたちを見るとピコピコと手をふった。

 止まれと言うことだろう。


「父さん止めて」


 クリスが言うと父は全力で嫌な顔をしていた。

 「あの変な生物は無視しようぜ」と顔に書いてある。


「いやいや。あの人たぶん悪魔だから」


 クリスの父は「えー……」という顔をした。

 本当に心の底から嫌そうな顔である。


「いいからいいから」


 クリスは馬車が止まると悪魔の近くに近づいていく。

 タヌキは嬉しそうにくるくるとまわった。


「クリスタルレイクに行くのかい?」


 タヌキはうなずく。


「乗りなよ。連れてってやるよ」


 タヌキは喋らなかったが「ありがとう」と言っているのがクリスにはわかった。

 蜘蛛たちと遊んでいるせいかクリスは悪魔と意思疎通ができるようになっていたのだ。

 そんなクリスを見て父はとてつもない不安に襲われていた。

 うちの子ってやっぱ普通じゃ……ない?

 クリスの父の危惧はだいたい合っていた。

 タヌキは馬車に乗り込む。


「ほいほい父さん行くよ」


「お、おう……」


 クリスの父は悩みが増えたのだった。

 馬車に揺られながらタヌキはグビグビとワインを飲んでいた。ラッパ飲みで。

 そんな不審な姿を見ているのにクリスは普通に会話をしていた。


「酒は体に悪いよ」


 問題はそこじゃねえよ!

 クリスの父は思った。


「え、なになに、歌を作ったらみんなに怒られた? どうしてさ?」


 タヌキはピルピルと耳を動かす。


「へー。歌を歌うのは好きだけど歌を作るのは苦手? 才能ってのは不公平だよなあ」


 なぜかクリスは普通に会話をしている。

 なぜか会話が成立しちゃっているのだ。


「それで友達を頼ってバカンスに来た? へー……」


 タヌキはうなだれながら尻尾をゆっくりふっている。


「逃げじゃないかって? そんなことはないだろ。疲れた時は休みってのが必要だぜ」


 タヌキはクリスに抱きつく。尻尾が激しく揺れている。

 そんなタヌキの頭をクリスは優しくなでた。


(どうしてこうなった!!!)


 一見ほのぼのとしているがクリスの父はツッコミが止まらない。


「よしよし。じゃあアッシュの旦那のところにつれて行ってやるからな。父さん、村に着いたらこの子連れて行くから」


「あ、ああ。わかった……けどお前らどうやって会話してるんだ……」


 不思議でしかたがない。


「どうやってって……そりゃなんとなく言ってることわかるだろ」


(わからねえよ!)


「ねー、わかるよね」


 クリスは自然にタヌキと会話している。

 タヌキはクリスにきゅっと抱きつく。

 クリスの父はなにか危機感を感じる。

 だから茶々を入れる作戦に切り替えた。


「ところでよう、クリス。お前タヌキに抱きつかれて大丈夫なのか?」


「なにが?」


 クリスはキョトンとしている。


「嫁入り前の娘がタヌキと抱き合うってのはよ……」


「なんで?」


 クリスは首をかしげる。

 その姿は少し子犬っぽい。


「だってお前アイザックの旦那狙ってるんだろ? それを浮気されちゃあアイザックの旦那も面白くねえだろ?」


「なんで?」


「いやだからタヌキとはいえ男と抱き合うのはよくねえだろ」


 クリスの父親は諭すように言う。

 「しょうがねえなあ。まだうちの子はガキだからな」とダメな結論を出した。

 それに対してクリスは言った。


「なに言ってんの? 女の子だよ?」


「へ?」


「だからクローディアは女の子だよ!」


「え?」


「だから、このクローディアは女の子だって!」


 タヌキの名前はクローディアらしい。

 なにその凄い名前。

 父は思った。


「クローディアは凄いんだよ! 女優なんだよ!」


「はっはっは。タヌキが女優か。そりゃ凄いなあ」


(まだまだ子どもだなあ)


 クリスの父親はなぜかほっこりしたのである。


 馬車はクリスタルレイクに辿り着く。

 タヌキも馬車を降りる。

 すると蜘蛛が近づいてくる。


「きゅう!」


 蜘蛛が鳴く。


「きゅーん」


 タヌキも応じる。

 すると蜘蛛はどこかに消える。


「んじゃ父さんクローディア送って来るから」


「お、おう……」


 クリスの父が返事した。

 その時だった。


「ぽんぽこぽーん!」


 タヌキが鳴いた。

 するとタヌキは一瞬で女性の姿になる。

 背は高く、すらりとした足のとてつもない美女に変身したのだ。

 顔が美女なのではない。

 美女のオーラを出していたのだ。


「あー! 久しぶりに変身した! タヌキを堪能したわー」


「へ……」


「おじさん馬車乗っけてくれてありがとねー!」


 元タヌキは愛想よくそう言うとクリスについていく。


「んじゃクローディア行くよー」


「はーい」


 二人は歩いて立ち去っていった。

 クリスの父親はあまりの事態に完全に固まっていたという。

 帝都の大スター、ぽんぽこタヌキのクローディア・リーガンがクリスタルレイクにやってきたのである。

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