会議
デートが終わり、クリスタルレイクの振興策も考えついてアイリーンはほくほくしていた。
その日の夜は会議と称して食事会を開いた。
もちろんいつものメンバーである。
ただ一つ違うのはアイザックのところに「軍師」という席札が置かれていた。
「これなんすか?」
アイザックは頬をついて憮然としている。
「うむアイザックは今日から軍師どのだ」
アイリーンは涼しい顔で言ってのけた。
「なぜですか?」
「戦略技官の資格を持っているのはお前だけだ。給料は別に出すからクリスにプレゼントでもやれ」
「10週間訓練を受けただけです。つか、あんたらなんでそうやって外堀埋めてくの? ねえなんで?」
「それでもいいから考えろ。皇帝と全面戦争にならないようにランドマークを壊す方法をな」
「……あー。わかりましたよ。こういうときはゲームとして考えるんですよ」
「続けろ」
「私たちには国を乗っ取っとる気力がない。向こうさんはアッシュさんと悪魔を敵に回す根性はない。わかりますね」
アイザックは面倒くさそうに頭をポリポリ掻いた。
「そうだな! アッシュは無敵だからな!」
なぜかアイリーンは自慢げである。
「どうよこの最強の彼と優秀な軍師」と言いたげである。
「ゆえに先に手を出した方が負けになります。やられた方は殴り放題です」
アイリーンは立ち上がりバンッとテーブルを叩く。
「それじゃいつまでたっても勝負がつかんではないか!」
「そうですよー。だから難しいんですって。でも考えてみてください。向こうさんはアッシュさんを亡き者にしなきゃいけないんです。向こうも厳しい心境っすよ」
「この間の武僧どもの件を理由に倒してしまってはダメなのか?」
「帝国を倒した後の後始末がしたければどうぞ」
「それは嫌だな」
「だとするとしばらくは心理戦か……苦手なんだよな……」
アイリーンは頭をかきむしる。
「というわけでしばらくは相手の動きを牽制しつつ、こちらは力を蓄えることになります」
つまり今のところなにもできないというのが結論である。
「つまりしばらくはドラゴンの子どもたちの保母さんですわね!!!」
ベルが元気よく言った。
子ドラゴンたちに囲まれて。
鼻からは血がドバドバ出ている。
そのくせ目はキラキラとしていた。
「お、おう……」
アイリーンはそれしか言えなかった。
ちなみにアッシュは難しい話には参加せずお菓子を作るのに専念していたのである。
そして一方のキッチンではやたら機嫌がいい悪魔がいた。
ニコニコと紅茶を飲んでいる瑠衣である。
とてつもなく機嫌がいい。
鼻歌まで歌っている。
「瑠衣さんご機嫌ですね」
アッシュが皿をふきながら聞いた。
カルロスも手伝っている。
「はい~♪ 久しぶりに友人に連絡が取れたんです」
「へー。よかったですねえ」
完全に他人事である。
いや他人事だった。
「はいー。アッシュ様が劇場を作るなんて素敵なご提案を頂けなければ思い浮かびませんでしたわ!」
「きゃー!」と瑠衣が珍しく喜んでいた。
それを見て「はて?」とアッシュは首をかしげた。
「あれ……アイリーンに聞いたんですか?」
ずいぶん早いなあとアッシュは思った。
「いえいえ。全部のぞき見させてもらいましたので♪」
瑠衣は悪意のない顔でニコニコしていた。
やはりこの辺の感覚が人間とは違う。
アッシュは少しだけ固まったものの悪魔とはそういうものだろうと納得した。
「そう……ですか。それで友達というのは」
「はい。クローディア・リーガンです」
「ブフッ!」とカルロスが噴き出した。
「え、カルロス知ってるの?」
「なに言ってるんですかアッシュさん! 帝都中央劇場の歌姫ですよ! スターですよ! なんてこった瑠衣さん知り合いだったのかヒャッホー!」
カルロスがまくし立てる。
クローディア・リーガンは美声で名をはせる歌姫なのだ。
それも歌だけではなく演劇までこなすスターなのだ。
カルロスは興奮冷めやらない。
鼻息が荒い。目を輝かせながらカルロスは一生懸命説明する。
「自分で作曲した曲が酷評されて引きこもっていたとは聞きましたが復活公演がまさかクリスタルレイクで行われるとは……」
「酷評?」
「い、いや、まあ、クローディアは素晴らしい歌姫なんですが……いや、その、作詞作曲の才能だけはちょっと……」
「おや?」っとアッシュは首をかしげた。
「新曲の『なかよしぽんぽこ村』ですが……ちょっと……なんというか……クローディアが、歌姫が歌うには……」
酷いタイトルである。
「幼稚……ですわね」
「ふうっ」と瑠衣がため息をついた。
それを見てアッシュは納得した。
「ああ、クローディアさんも悪魔なんですね」
一つの趣味に没頭しまくるせいで身につけた超絶技巧。
そのくせ創作は苦手。
その答えは一つである。
アッシュの邪気のないセリフに「ブッ!」とカルロスがふき出した。
「そうなんです。どうしても我らは人間に比べると創作の才能が欠けていると断じざるを得ません」
「あがががががが……そんな……」
カルロスが固まる。
よほど好きだったらしい。
「クリスタルレイクの話をしたら『環境を変えて創作に打ちこみたい』とのことです」
「あががががが……クルーガー男子全員の憧れが……」
カルロスが痙攣する。
遠目にも危ない人のようである。
「それで今向かっているとのことです」
「え……?」
今までなかったタイプの大混乱がクリスタルレイクに襲来する予感。
「ちょっとアイリーン!」
アッシュはあわててアイリーンの方に行く。
カルロスも血走った目でついてくる。
「うん、なんだアッシュ?」
「有名人のお客様到来です」
「なにそれ」
「なにってアイリーン様! クローディア・リーガンですよ! 帝都中央劇場の! 聞いたことあるでしょ?」
カルロスは「キャーッ!」と言わんばかりに興奮していた。
よほど好きらしい。
「……うそ」
アイリーンがわなわなと震える。
「好きなの?」
アッシュが聞くとアイリーンは激しく首を縦にふった。
「うん……すごく。オペラでの男装の騎士役はすごく……すごくよかった!!!」
目がキラキラしている。
どうやらクローディア・リーガンはいろいろとアイリーンの生き方に影響を与えているようだ。
「おもてなしだ……」
アイリーンがつぶやく。
「完璧なおもてなしをするぞ……なあカルロス!」
「はい!!!」
目がキラキラとした二人はぎゅっと握った拳をつきだした。
そんな二人を見て瑠衣がそっとつぶやく。
「いつも通りでいいんですけどねえ」
瑠衣の「キャーッ!」は久しぶりに友達に会える喜びで、二人の「キャーッ!」は憧れのスターに会える喜びである。
だが二人は聞いていない。
憧れの人がやってくるのだ。
「あらあら、アイリーン様ったら」
ベルもニコニコしている。
アッシュもアイリーンの以外な一面を見られて新鮮な気持ちだった。
ここで三章のとっちらかった話が一つになります。