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ぽんぽこたぬきのダンスレッスン

 デートである。

 誰がなんと言おうともデートである。

 だがアッシュは思った。

 「なにすればいいのよ」と。


「アイリーン」


「なんだ?」


「デートってなにをすればいいんだ?」


 デートになにをするのか?

 それは二人にとっては哲学的命題に等しい。


「うーん……ベルに聞いた話ではオペラを見に行ったりとか」


「劇場……ないよな」


 クリスタルレイクはド田舎なのでそんなデ・カルチャーなものは存在しない。


「うむ。あとは料理を食べに行ったりとかとか……ってアッシュの店で食べればいいな」


「作るのアイザックだけど」


「意味ないなあ……いっそ劇場を誘致するかあ……」


 アイリーンが笑いながら返す。

 本当に冗談のつもりだったのだ。

 だがアッシュはそうではなかった。


「それだ!!!」


「え、なにが?」


「劇場だ。クリスタルレイクに作ろう!」


 アッシュの目は本気だった。

 それを見てアイリーンは自分の発言を考え直す。


「うむ……確かにいい考えだ。帝都では戦争のせいで娯楽の興行が制限されていたらしい。今だったら失業した役者を雇うことができるはずだ」


「劇場があれば周囲の村……いや街からも観光客が来るはず……」


「いやいや、それどころか悪魔だって来るぞ! こういった面白そうなことは悪魔たちは大好きだ」


「瑠衣さんが喜びそうだな」


 一大ビジネスの予感である。

 アッシュもアイリーンも期待に胸を膨らませた。

 だがそれよりも大きな問題があった。


「それで……劇場は作るとして……今日はどうする?」


「なんだろうなあ。アケビでも取りに行くか?」


 子どもの発想である。


「うーんそれをやったらベルに怒られそうな気がする」


 おおむね正しい。


「釣りにでも行くか?」


「それも怒られそうな気がする」


「貴族ってこういう時ってどうするの?」


 うーんとアイリーンは考える。


「えーっと、夜会ではなんか小枝のような細い体をしてて瓜みたいな青い顔をした貴族の子弟が『貴女に会ったことを祝って云々』と意味不明な事を言ってくるんだ。初対面なのに。それで私が『それより君はもうちょっと体を鍛えた方がいいぞ』って言うと泣きそうな顔をして逃げてしまうんだ。それであとは壁を背にしてボケッとしているか護衛に来ている騎士と武器の話をしてるくらいかな」


 完全に壁の花である。

 顔の造形はいいのにこの扱いである。


「なにそれ」


「貴族のイベントってあんまり面白くはないんだよな。夜会も二、三回行くと呼ばれなくなるし。クリスタルレイクの方がよほど面白い……」


 アイリーンは「不思議だよねー」という顔をしていた。

 実際はゲストをないがしろにして放置という形になるので角が立つから呼ばれなくなる。

 そういう貴族的には結構辛い立場なのだがアイリーンは気にしていない。

 ベルが心配するわけである。

 アイリーンは「うーん」と考えると目を見開く。


「そうか! 夜会だ!」


「なにが?」


「夜会を開くのだよ! 社交をするのだ」


 アイリーンは無鉄砲な性格である。

 自分にそのスキルが備わってないのはわかっているがそれでもやるタイプなのだ。


「なるほど……」


「なあに資金は大量にある……くくくく。我らを動物お友達村のぽんぽこタヌキさんなどと言ったからにはベルには嫌とは言わせん……」


 アイリーンはよからぬ企みをしている時の悪い顔をした。


「おー。それで今日はどうする?」


 話がループする。

 こういうところだけはいつも行っているレストランが休みだったカップルのようである。


「よし屋敷に戻ろう。二階のホールに行くぞ」


「なにするんだ?」


「夜会と言えばダンスだ。ダンスの練習をするぞ」


「え、俺も?」


「なにを言っている? アッシュのお披露目もするんだぞ」


「え……」


 アッシュは自分の顔を人前に出すにはやや刺激的であるという自覚はある。

 それでいいのかと思ってしまうのだ。


「アッシュは……嫌か?」


 アイリーンがアッシュを見つめる。

 アッシュはこの目に弱い。

 どうにも守りたくなるのだ。


「いや……やってみるよ。俺も変わらないとな」


 アッシュは男である。むしろ漢である。

 この程度の試練など心のイケメン力で乗り切るのである。


「やっぱアッシュは凄いな」


 アイリーンがニカッと少年っぽく笑った。


「ん、なにが?」


「アッシュは私の話を頭ごなしに否定しないし、嫌なことでも努力してくれる。私もアッシュみたいになりたいなって思うぞ」


 そう言うとアイリーンは少年っぽく笑ってごまかした。

 照れていたのだ。

 アイリーンは貴族の令嬢としては考え方が規格外である。

 だからどうしても賛同者を得にくいのだ。

 部下であるベルやアイザックは賛同してくれるがそれとアッシュの肯定は違うものなのだ。

 だからアイリーンはうれしかった。

 この二人、動物お友達村のぽんぽこタヌキさんに見えて案外お互いを理解している。


「あはは。じゃあ行くぞ」


「お、おう」


 ホールは手入れがされていてアッシュの顔が写りそうなほど磨かれていた。

 幽霊メイドのメグが床を磨いたのだろう。

 踊る用意ができていた。


「まあ靴は……今すぐには手に入らないからいいな。ブーツでやるぞ」


 アイリーンはこういう細かいところに性格の雑さが出ている。


「まず、だ。踊る方向は決まっている。逆に動くやつがいたらぶつかるからな」


「なるほど」


「動作は基本的にはゆっくり。我々は踊り子ではないからな。とにかく優美に上品に」


「お、おう」


 ここから少し難しい。


「なあに。アッシュの場合は上背があって胸に筋肉がついている。背中を真っ直ぐ伸ばせばそれなりに見える」


「そういうものなのか?」


「ああそういうものだ。貴族の太っちょどもに激しい動きなどできないさ。さあ手を取れ」


「あ、ああ」


 アッシュはアイリーンの手を握る。


「私もここから先はうろ覚えだ。スリーフォーで踊るぞ」


 結構いい加減である。


「お、おう」


「ほい、まずは予備歩を入れてっと。なあに、あとは適当にまわるだけだ」


 完全に雑である。

 やってるうちにおぼえるさあという体育会の思考である。


「おいっち、にー、さん。おいっち、にー、さん、と。ホイスクとかリバースとかあるけど貴族連中も理解は雑だ。適当でいい」


 リズムが微妙にオッサンの体操である。

 しかも続けて舞踏家が聞いたら殴られる暴言が炸裂する。


「ターンは135度。本当は45度刻みらしいが貴族は難しいことなどおぼえん。135度しか出ない。これだけわかればぶつかる可能性は減る」


「足は? 踏みそうなんだけど」


「なあに押さば引け、引かば押せ。ジャケットレスリングと同じさ」


 アイリーンのかつてないほどのいい加減な解説でアッシュは踊る。

 このやりとりでそれなりに見られるように踊っているのが二人の運動神経を示していると言えるだろう。


「足の置き場がわからなくなったら、とりあえず()り足にしてしまえ。自分から踏むことは少なくなる」


「なにを教えてるんですか!」


 アイリーンがビクッとする。

 そこにはレベッカを抱いたベルがいた。


「や、やあ……ベル」


「アイリーン様。踊るのはデート的には素晴らしいと思います」


「う、うん。そうだよな」


「でも教え方があんまりにも雑で……」


「あ、あのな! ちょっとやって見ようと思っただけなんだ」


 アイリーンの目が泳ぐ。

 レベッカは目を大きく丸くしていた。


「レベッカ。踊るか?」


 アッシュがのぞき込むと「ぱああっ」とレベッカの目が輝く。


「うん踊るー!」


 レベッカはベルの腕から飛び降りるとその場でくるくると回り出す。


「うわーい♪」


 レベッカはくるくると回る。

 アッシュもそれにつき合う。

 こんなのどかな日が続けばいいなとアイリーンは切に願った。

 だが、この観光計画はさらなる混乱をクリスタルレイクにもたらすのだが、まだそれをアッシュたちは知らなかった。

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