動物お友達村のぽんぽこタヌキさん
アイリーンとアッシュはつき合っている。
これは本人たちの言葉から明らかである。
ハイキングでも手を繋いでいた。
仲が良いのは確実なようだ。
だがベルは不安でたまらなかった。
本当に二人は人間の基準でつき合っているのだろうか?
ベルの目から見てもすべてがいつの間にか起こった出来事だった。
本人たちもつき合っていると言っているが交際している男女の空気がないのだ。
いちゃいちゃする感じも初々しい感じもない。
手を繋いでいたがそこから感じるのは子どもの交際レベルの空気である。
そもそもアイリーンは万事雑である。
舞踏会にもデビューはすませているが男に言い寄られているのを見たことがない。
それどころか仲が良い騎士はいるがそのどれもが男の友情なのである。
どうにもアイリーンは男の子っぽいのだ。
いや男か女かと言われればどう見ても女だ。
だがどうにも男の子っぽさがある。
瑠衣のようにわざと男装をする女性はいるがアイリーンはそれとは違う。
天然なのだ。
天然で所作が雑なのだ。
女子力が枯渇しているのだ。
その原因は普通の貴族の子女がすごすような環境で生きてないからかもしれない。
それは男親と疎遠なのも原因だがベルにも責任の一端はあるだろう。
今さら貴族のお嬢様レベルとは言わない。
せめて瑠衣の気品を身につけて欲しい。
ベルは切に願うのだった。
ベルはそれを明らかにしなければならないと思った。
決して興味本位ではない。
姉がわりとして人格形成の責任の一端がベルにもあるからだ。
だからベルはその日意を決して話を振ってみた。
「アイリーン様。アッシュ殿とおつきあいをなされているとのことですが……」
「うん、なんだ?」
「いえいつの間にかおつき合いされていたなあと。どちらが告白なされたのですか?」
「ふふふ」とベルは余裕のある風を装った。
内心は心臓がバクバクと高鳴っている。
とてつもない不安が押し寄せている。
そして予想通りのセリフがアイリーンから飛び出した。
「してないよ」
アイリーンは至極真面目な顔をしていた。
キリッとしていた。シャキーンとしていた。
やっぱりかー!!!
ベルの頭部に痛みが走る。
ストレス性の偏頭痛である。
ベルにストレス40ダメージ。
だがベルはへこたれない。
それでも話を続ける。
「で、ではどうしてつき合っていると思ったのですか」
「だってお互いなんとなく居心地がいいし。そんな感じだよなーって。アッシュも同じだと思うぞ」
アイリーンは胸を張った。
「どうよこの女子力!」と言いたそうな顔をしている。
ベルは目の前が真っ暗になった。
やはりダメだこいつら。早くなんとかしないと。
次の瞬間、ベルは立ち上がった。
ベルからはなんとも言えない迫力が伝わってくる。
アイリーンはそれを見て目を丸くしていた。
「お、おいなんだ?」
ベルの迫力にアイリーンは引いている。
「だめです……」
「いやなにが……」
ベルの目がくわっと開く。
「お前らは森の獣かー! アッシュ殿も呼んでこーい!!!」
普段怒らないベルの雷がおちた。
アイリーンは大慌てでアッシュを呼びに行く。
するとレベッカを抱いたアッシュが来る。
後ろには子ドラゴンたちが「なになに?」と興味津々でついてくる。
ベルは無言でアッシュに近づくとレベッカを抱っこする。
アッシュの額からひとしずくの汗がしたたり落ちる。
「あなたがたを人間レベルに引き上げます! 嫌とは言わせません!」
「あのな……ベル。充分人間レベルだぞ……」
アイリーンは反論する。
ちょっと二人は人より勘と空気で生きているだけなのだ。
「どこが? あんたら森のリスみたいじゃないですか」
「ひどッ!」
動物扱いである。
アイリーンも他の人間に言われたら必死に反論するが相手はベルである。
姉のようなものなのだ。
ここまで怒られると「もしかして自分が悪いのかも」と思わなくもないのだ。
「もしかして……私たちが悪いのか?」
アイリーンの言葉にベルがコケる。
「当たり前でしょ!」
アッシュも「えー?」という顔をする。
「ちゃんと交際してますよ。こないだだって森に行きましたし」
「なー」
「みんないましたよね?」
「「うん」」
「なにか問題あるの?」という自信満々な顔だった。
二人ともシャキーンとしている。
ベルはなんとなく理解した。
二人とも天然なのだ。
理解すると言語化できない怒りがこみ上げる。
「おどりゃー!!!」
ベルは両手を天に挙げる。
もし目の前にちゃぶ台があったらひっくり返しただろう。
ベルもわかってはいる。
アイリーンは父親とは疎遠で貴族の令嬢らしい育ち方をしていない。
ベルがもうちょっとなんとかしてあげればよかったが、御付きになった時には手遅れだった。
アッシュの方も奴隷として傭兵ギルドに売られてしまったために心の発達の一部が著しく欠けているのだ。あと顔へのコンプレックス。
しかたない。
だからと言って見過ごせないのだ。
ベルははっきりと断言する。
「二人ともわかってますか? お二人はクリスのはるか後方を歩いています」
クリスの方がまだ恋愛とかを正しく理解しているだろう。
アイザックに男を感じているのでこの二人よりもまだマシだ。
少なくとも一周分は抜かしているだろう。
「な、なんだって!!!」
二人とも口を開け驚愕する。
はるか後方に置いてきたはずのクリスにまさかの周回遅れで離されていたのだ。
「クリスちゃんは恋愛を意識してアイザックにアタックを仕掛けています。これが女子力です」
「なん……だって……」
アイリーンがごくりとつばを飲み込む。
「それに比べてお二人は動物お友達村のぽんぽこタヌキさんレベルです」
「な、なんだってー!!!」
言葉の意味はわからないが、ベルの言いたいことは充分伝わっていた。
「ど、どうするアッシュ……」
「い、いや俺にもどうしていいか……」
「二人に絶望的なお話をしましょう。貴族社会の令嬢は10歳でももっとうまくやってます」
「な、なんだってー!!!」
アイリーンが頭を抱える。
「だってアレだぞ……私だって貴族の若いのと話をしてたぞ。剣とか鎧とか戦術とかの話を……」
「若いの」とか言っている時点でまったく色気がない。
色気の欠片もない。
「完全に男友達としてですね。アイリーン様アウト」
「なん……だと……」
アイリーンが固まる。
「あ、アッシュ……わ、私には女子力がない……らしい」
アイリーンがアッシュに泣きつく。
「アイリーンは魅力的だよ」
アッシュは断言する。テキトーに。
「ではどの辺が魅力的ですか?」
ベルの言葉にアッシュは冷や汗を流す。
アッシュには少し難しかったのだ。
「い、一緒にいると楽なところ?」
いやあるのだが言語化が難しいのだ。
それでも元気なところや優しいところという不合格レベルなのだが。
「はいアッシュ殿アウト。はい、お二人には恋愛力強化をしてもらいます」
「え……」
二人は「なにその無理ゲー」と不安げな顔をしている。
するとベルに抱かれていたレベッカは首をかしげた。
「ベルお姉ちゃん。お出かけですか?」
「レベッカたんはお姉ちゃんと遊びましょうね。またドレスを作ったのでお着替えしましょうね。みんなの分もお服作りましたからねー♪」
「あーい♪」
レベッカはぴこぴこと尻尾を振った。
ベルはニコニコしながら二人に判決を下す。
「お二人にはデートをしてもらいます」
「な、なんだと……」
「そんな上級者コースだと!」
二人は同時に抗議の声をあげる。
「なにか?」
ベルのその顔は有無を言わせぬものだった。
「い、いえ……」
「行こうっか……」
「うん……」
こうして二人のデートは始まったのだ。