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アッシュさんとお菓子、そして妖精さん

「ふふーふーん♪」


 常人なら狂気に至る邪神の咆吼の如き鼻歌が聞こえてくる。

 上機嫌で歌う巨人。アッシュである。

 鍛え上げられて厚い胸板。

 その胸板をオバサンが好きそうな花柄エプロンに隠し上機嫌で料理をしていた。

 それは現代日本であれば即通報事案化するほどの異様な姿だった。

 台所で事案発生。花柄のエプロンをした殺人鬼風の風貌の大男が料理をしている!

 ……自分の姿を知ってか知らずかアッシュは上機嫌だった。

 少しずつ直す予定だった廃屋はなにもせずにリニューアル。

 庭兼農地には搾油用に植えるはずだった大量のひまわりが咲き誇る。

 修理する予定だった井戸もきれいに修復されていた。

 おまけに黒パンと干し肉しかなかった棚には大量の食材が溢れていた。砂糖までもあるのだ!

 アッシュはハイテンションで喜んだ。

 この巨人、恐ろしいなりをしているが案外女子力が高い。

 食材が無かったためレベッカにも雑な料理を食べさせたが、本来は料理をする男なのである。

 しかも一番得意なのはお菓子作りなのだ。

 高級品の砂糖も使い放題なのだ。アーモンドや小麦粉まで発見したのだ。

 調理器具まで揃っているのだ。

 アッシュがテンションを上げないはずがない。

 鼻歌を歌いながら巨人はアーモンドを木の棒で叩いて砕くと砂糖と混ぜる。

 混ぜた物体に卵白を加えさらに混ぜる。混ぜる。混ぜる。

 マジパンのできあがりである。

 練ったマジパンをアッシュは器用にブタさんの形に成形していく。殺人鬼がブタさんマジパンを作る事案発生。

 アッシュは異様に手先が器用なのだ。

 もちろんお菓子作りだけではない。

 男は一つのことをはじめたらそれに集中しがちだが、その点アッシュは抜け目なかった。

 ちゃんと朝食の用意もしていた。

 棚に出現したベーコンを薄く切って焼く。

 このベーコンがどこから来たとかという細かいことは考えない。

 焼いたベーコンをライ麦の黒パンを切ったものの上に置く。

 レベッカの朝食である。

 焼けたベーコンの香りが鼻腔をくすぐりレベッカの鼻がひくひくと動く。

 するとレベッカの目がカッと開く。


「ごはん!」


 レベッカが飛び起き、ベッドから急いで降りるとキッチンへ大急ぎで走る。


「ごはんですかー!?」


 それを見たアッシュはクスクス笑う。


「おー起きたか。メシできたぞ」


「はーい♪」


 レベッカはピコピコと歩いてテーブルへ向かう。


「家を直してくれたお礼な」


 と、いうのは建前である。

 この巨人、実は他人とのコミュニケーションに飢えていたのだ。

 アッシュを怖がらないで会話のキャッチボールができる生物は皆無に等しいのである。

 それにアッシュの料理を食べてくれる人間も少ない……いや全くいない。

 一緒に食事を取ってくれるだけでアッシュはたまらなく嬉しいのだ。

 アッシュは皿に乗ったパンとマジパンをレベッカに見せる。

 それを見たレベッカが目を輝かせる。


「わー、かわいいー! すごーい!」


 レベッカは尻尾をブンブンと振る。

 レベッカは体が小さいので逆に尻尾に振り回されているようである。

 お尻も左右にブンブンと振れる。

 その様子を見てアッシュはほっこりとした。

 なにせ今までその恐ろしい容貌のせいで女性はおろか子ども、犬や小動物に至るまで全てに避けられてきたのだ。

 その絶望感はこのまま一生孤独に終わるという確信に至るほどである。

 それがドラゴンと言えどもコミュニケーションの取れる相手がここまでなついてくれたのだ。

 嬉しくないはずがないのだ。


「気に入ったか。ほれ、椅子に上げてやる」


「はーい」


 アッシュはレベッカを抱き上げると椅子に座らせる。


「いただきまーす」


「はい召し上がれ」


 レベッカは器用にパンを口に運ぶ。

 途端に顔がニコニコしてくる。


「おいしー! アッシュにいたんはお料理上手なんですねー」


「いやー♪」


 アッシュは照れながら頭をポリポリ掻いた。その姿はまんざらでもないといった様子である。

 なにせ今までの人生においてたとえ味方でも「アッシュの兄貴、そりゃ敵兵の人肉料理っすか? いや俺は医者に人肉は食べないように言われてるんで……さすがアッシュの兄貴パネエっす」という言葉を容赦なくアッシュに浴びせてきたのだ。絶対に料理なんか作ってやりたくない。

 ところが今はかわいい生き物になつかれて料理を褒められる。アッシュはテンションを最高まで上げていた。


「ご飯食べたらひまわり見に行こうな」


「あーい」


 レベッカはもぐもぐと朝食を食べる。

 アッシュと目が合うと「えへへー」と嬉しそうにした。

 楽しい一日は始まったばかりだ。


 ご飯が終わると庭に出る。

 レベッカとひまわりを見ようというのだ。


「わーひまわりさん!」


 レベッカが走り出す。


「迷子になるなよー。あと羽をぶつけないように気をつけろよー」


「はーい」


 アッシュはひまわりを観察する。

 どうやら本物のようだ。


「まあ細かいことを気にしてもしかたがないな」


 アッシュは一人で納得した。

 レベッカはひまわり畑に消えてしまって姿が見えない。

 そこにはアッシュしかいないはずだった。

 なのにどこからともなく声がする。


「ドラゴンライダー様」


 それはアッシュを呼ぶ声だった。

 だがアッシュは自分自身がドラゴンライダーであることを知らなかった。


「誰だ」


 どうにも人間の気配ではない。

 アッシュはハリセンを持ってなかったので拳に聖属性の気をこめる。


「こちらに敵意はありません。その物騒な拳をしまってください」


 ひまわり畑からなぜか執事の格好をした短髪の女性が現れる。

 アッシュは警戒しながらも確かに敵意がないことを感じ取っていた。


「私はアークデーモン(ようせい)瑠衣(るい)と申します」


 ルビを見ると物騒なのだがそれはアッシュには伝わらない。

 瑠衣からは上品さとインチキ臭さが合体したなんとも言えない雰囲気が漂っていた。


「このたびは我が主を保護してくださりありがとうございます」


「は、はあ。えっと貴方はレベッカの……」


「下僕です」


 瑠衣は笑顔で物騒なことを言った。


「はあ……」


 アッシュはレベッカのお母さんが雇った人だろうと脳内で適当に解釈した。


「それでレベッカのお母さんは?」


「申し訳ありませんが女王様は現在どうしても迎えに来られない状況にございます」


「じゃあ貴女が迎えに来られたということですか?」


「いいえ。残念ながら私は盟約に縛られているためレベッカ様のお世話はできません。そこでアッシュ様にレベッカ様のお世話をお願いにあがりました」


「はあ……レベッカといると楽しいんでいいですよ。あ、そうそうレベッカが怪我をしたんです。妖精の薬とかありませんか?」


アークデーモン(ようせい)の薬はございませんが大丈夫です。ドラゴンは幸せを魔力に変換する生き物です。なるべく構って頂ければすぐに治ることでしょう」


「はあ……」


「それと……ドラゴンは寂しいと死んでしまいます。お気をつけください」


「はい?」


「昔話でドラゴンが人間を攫う話が多くございますよね?」


「確かによくありますね」


「あれらは人恋しくなったドラゴンが友達や恋人を作ろうとした話なのです。ドラゴンは人間なしには存在を維持できない弱い生き物なのです」


「ドラゴンが……弱い?」


「ええ弱いです。ドラゴンはたった1日放置しただけで幸せを失って消滅するほどです。遙か昔には神様の真似をして生け贄を要求したりしてたそうですが、ほとんどのドラゴンが住民に逃げられて幸せが枯渇して消滅したそうです」


「消滅……ですか」


「ええ。幸せのなくなったドラゴンは飢えてこの世から消え失せてしまうのです」


 ごくりとアッシュはつばを飲み込んだ。

 責任重大である。


「ですが心配なさらないでください。飛龍以外のドラゴンはその他の要因では死にません。レベッカ様の羽が折れたのも一人で暗いところにいたためでしょう」


「なるほど……じゃあ薬とかはいらないのですか?」


「いいえ。治療してもらって大事にしてもらってることが重要なのです。それなしではドラゴンは存在を維持できません」


「なるほど。わかりました」


 瑠衣がにこりと微笑む。


「それでは主様をよろしくお願いいたします。それとお菓子おいしゅうございました」


 瑠衣は礼儀正しく上品に頭を下げた。

 アッシュは「あ、ども」と返すしかなかった。


「それでは失礼いたします」


 どこまでも上品に瑠衣はひまわり畑に消えていった。

 するとひまわり畑に元気な声が響く。


「にいたん!」


 レベッカがアッシュに抱きつく。

 アッシュはいろいろと疑問に思っていたがレベッカの抱きつき攻撃になんだかどうでもよくなった。

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