ドラゴンとパンケーキ
アッシュはいま大きなプロジェクトに邁進していた。
20体のドラゴンがアッシュを見つめる。
アッシュの背中には女王であるレベッカがへばりついている。
ちなみにドラゴンたちの側にはベルが倒れている。
子ドラゴンに囲まれて今度こそ失神KOしたのだ。
ちなみに半分ほどのドラゴンはアッシュを見つめながらもベルにくっついていた。
構ってくれる人をちゃんとわかっているのだ。
残ったドラゴンのさらに半分はアイリーンに抱きつき、残りはなぜかガウェインによじ登っていた。
ガウェインは狼の姿のままで心なしか毛並みにつやがなくなっている。
アッシュたちはドラゴンの子どもたちが見守る中、パンケーキの大量生産をしていたのだ。
アイリーンが隠していた焼き菓子も全員に配る分はない。
だから大量生産には向かないのをわかりながらもパンケーキを作っていたのだ。
アッシュとアイザックの料理人チームは素早かった。
人狼のようなスピードでパンケーキを焼いていく。
カルロスはごく普通の人間のスピードで手伝う。
それはコンビネーション的にはまったく問題なかった。
三人で焼きあげているとアッシュがぼそりと言った。
「アイザック……同じ生地でドーナツとクッキーにすればよかった……」
アッシュはやっちまったぜという顔をしている。
よく考えたらそちらの方が生産性が高い。
「……最初に言ってくださいよ!」
「ごめん思いつかなかった」
実に適当である。
まだ全員がプロの料理人としての経験は未熟である。
だがそこはレベッカがフォローした。
「パンケーキ大好きなの!」
「そっかー。んじゃパンケーキ続行な」
甘々である。
そんな二人にカルロスが声をかけた。
「いいから作りますよ!」
全員が作業に専念する。
甘い香りと香ばしい生地の焼けるにおいが漂ってくる。
ドラゴンの子どもたちは目を輝かせシタンシタンと飛び跳ねる。
「ちょ、お前ら大人しくしろ!」
「おじちゃん! お菓子! お菓子! お菓子!」
「おじちゃーん!」
「毛を引っ張るなー! ねえお願いだからやめてええええ!」
ガウェインは完全に子ドラゴンたちにもてあそばれている。
しばらくするとなんとか売り物レベルのパンケーキを大量生産できた。
いきなりの大量注文だったが出来はいいだろうとアッシュは自画自賛した。
「みんなー! ケーキだよ!」
「うわーい!!!」
レベッカが手を振ると子ドラゴンたちが大喜びする。
女王様の支持率はうなぎ登りだ。
「あのねあのね! みんな」
レベッカがアッシュから飛び降りると手をふる。
「あい!!!」
レベッカを見て子ドラゴンも手をふり返す。
レベッカも子ドラゴンたちも尻尾をふりふりしている。
レベッカはフォークを手に取ると言った。
「いただきます!」
「いただきます!!!」
子ドラゴンたちも一斉にいただきますをした。
それを見てアイリーンはくすくすと笑う。
ツボに入ったらしい。
「アイリーンお姉ちゃんどうしたの?」
レベッカはきゅっと首をかしげた。
「き、気にするな。レベッカたちがあまりにもかわいかったから笑っちゃっただけだから。うくくくくく」
「あい!」
レベッカはよくわかっていないのか「しゃきーん」という顔をしてパンケーキに挑む。
いただきますをした子ドラゴンたちもパンケーキを食べる。
ちなみに瑠衣と伽奈もドラゴンたちに混じってパンケーキを食べている。
するとドラゴンたちが光をまとっていく。
「な、なにが起きた!」
一人で笑っていたアイリーンがずっこけた。
「な、なんだ!」
毛を触られすぎてもじゃもじゃになったガウェインも驚きの声を上げる。
アッシュもアイザックもカルロスも目を丸くしている。
ただ瑠衣と伽奈だけはパンケーキを食べるのに集中していた。
そしてついにレベッカが動く。
「おいしーッ!!!」
「おいしい!!!」
レベッカと子ドラゴンたちからまばゆい光りが放たれる。
光りは一瞬でクリスタルレイクを包み込み、さらに光はクルーガー帝国領全体を覆い尽くす。
「な、なにがあった!!!」
アイリーンはこれが害のないものだとは理解していた。
だがこれがなにを意味するのかまではわからなかった。
瑠衣がお茶を口に入れる。そして一息つく。
「あら、はじまりましたわ」
「瑠衣さん、なにが起こってるんですか?」
アッシュが聞いた。
「ドラゴンの幸せの加護が帝国全体に効果を及ぼしたのです」
「どうなるんです?」
「国民がなんとなく幸せになります。病気が治ったりとか呪いが解除されたりとか……」
「ずいぶん漠然としてるんですね」
「幸せというのは漠然としているものです。それは人間が一番よくわかっていらっしゃるのではないでしょうか。それにあの皇帝の致死の呪いもなくなることでしょう」
「具体的にはどうなるんです?」
「そうですね。伽奈の主張では致死性の呪いはもう消滅しました」
「なるほど」
「ただ脱毛の呪いと……」
ハゲの呪いである。
「足に生えるカビの呪いと……」
水虫である。
「臀部のたいへん厄介なできものの呪いは残るそうです」
痔である。
「うっわー……凄まじい嫌がらせ感が……」
「自業自得です」
瑠衣も皇帝にはいろいろ思うところがあるようだ。
部屋をかたづけた主婦のようにスッキリした顔でニコニコとしている。
「結果的にこれで皇帝がこの地を攻撃する理由がほとんどなくなりました」
「なるほど」
「あとはアッシュ様がこの地で国を作るなり帝国を乗っ取るなりお好きになさってください。盟約によりそれをする権利がアッシュ様にはございます」
結構過激である。
「それは今のところ保留で」
アッシュはそちらははっきりと保留した。
それよりも大事なことがある。
「それよりもこの子たちどうします?」
この数になるともう外にも隠してはおけない。
アイリーンは少し考える。
するとあるアイデアが浮かぶ。
「もういっそドラゴンを観光資源にしちゃえばいいんじゃないかな。な、なんちゃって。あははははは!」
それはただの思いつきだった。
できれば全員にダメ出しして欲しかったくらいだ。
だが全員の反応はアイリーンの予想を超えていたのだ。
「それだ!!!」
「……え?」
瑠衣はお茶を飲むとニコニコと笑う。
「いっそ『ドラゴンがここにいるよ』とアピールしてしまう。そしてドラゴンと初代皇帝の関係を知っている支配者層に真の皇帝はここにいるというメッセージを送る。素晴らしい手ですわ」
「そ、その線はなしで」
とんでもないことを言ってしまった。
アイリーンは発言を撤回する。
国なんかもらっても手に余るのだ。
「あら……だってこれからもアッシュ様には帝国内のランドマークの破壊をしてもらわないといけませんのに」
「「はい?」」
アッシュとアイリーンの声がハモった。
「だって国内のランドマークにはドラゴンが封じられてますわ。ばしばし壊して頂かないとレベッカたんのお母さんも戻って来られません。ねー、れべっかたん」
「あーい♪」
レベッカはよくわからずに返事をする。
アイリーンはそれを見て思った。
どうやら自分とアッシュはどうやっても皇帝を敵に回す星の下に生まれたらしい。
アイリーンがぷるぷると震えているとドラゴンたちがよじ登ってくる。
「あのねあのね」
「あ、ああ。なんだ?」
「おかあさん助けてくれる?」
じいっとドラゴンたちはアイリーンの顔を見ていた。
冷や汗が流れる。
「あ、アッシュ。いいな?」
「お、おう。もう、どんと来いだ!」
二人ともヤケである。
「わかった。助けよう! もう矢でも鉄砲でも持ってこい!!!」
「そうだ! ぶっ飛ばしてくれる!」
アイリーンとアッシュは半ばやけになりながら胸を張った。
それを見たアイザックはつぶやく。
「なあ、カルロス。前から思ってたけどあの二人ってさ」
「結構似てるよな……アッシュさんも普段大人しいけど腕力だよりだし」
二人の会話をよそにアッシュとアイリーンは笑っていた。
前話がちょっと言葉が足りなかった部分があったのであとで直します。