三枚目という坂を転げ落ちる男の物語
ドラゴンたちを屋敷に預け、今度こそガウェインは伽奈たちの加勢に出た。
(待ってろよ!)
ガウェインは人造ドラゴンライダーである。
伽奈から人狼化の呪いを受け、幾重にも重ねられた魔術で強化を受けている。
姿こそ異様だがこれでもれっきとした人間である。
だがその体は人間のスペックを大幅に上回る。
圧倒的腕力。目にとまらぬスピード。そして神がかり的な再生能力。
剣だろうが銃弾だろうが大砲だろうがその再生力の前では無意味だ。
皇帝すらもガウェインの自由は奪えない。
伽奈を奪ってもあの小心な皇帝は取り返すこともできないのだ。
最強の剣士。
それがガウェイン……のはずだった。
本物のドラゴンライダーとの力の差を思い知らされた。
「うおおおおおおおおッ!」
そんな弱い考えを振り払ってガウェインは走る。
嫁だけは守るのだ。
たとえこの身が滅びようとも。
それがガウェインの本音だった。
そしてガウェインの目に悪魔の姿が見えてくる。
伽奈と眷属のカラスたちが見えた。
「伽奈あああああああああああああァッ!」
ガウェインは叫ぶ。
そこでは芋虫とカラス、それに蜘蛛が戦っていた。
空を飛ぶカラスが圧倒的に強いが数が少ない。
蜘蛛たちも強い。
だが数では芋虫が圧倒していた。
芋虫たちが糸を吐く。
それに対してカラスたちは炎をはいて応戦する。
糸が焼き切れ芋虫たちは焼かれていく。
力尽きた芋虫を蜘蛛たちは糸でグルグル巻きにして運んでいく。
一見すると瑠衣と伽奈の軍勢が優勢に思えるが数が段違いだった。
その数の多さに徐々にカラスたちが息切れしてくる。
人間であるガウェインの目には悪魔どうしの戦いは実にデタラメに映った。
だがガウェインも剣を抜いて戦いに参戦する。
ガウェインは烏のはく炎の中に飛び込む。
焼けた先からガウェインは体を再生していく。
ガウェインはそのまま炎の中を突っ走り、芋虫たちに迫る。
芋虫に肉薄すると炎の中からガウェインは飛び出し剣を振る。
芋虫たちが大剣で打ち飛ばされていく。
ガウェインは芋虫たちの陣形を引っかき回していった。
「おらああああああああッ!!!」
大剣を振りながらガウェインは考えた。
大軍を倒すにはどうすればいい?
頭を倒せばいい。
ガウェインは剣を振りながら将を探した。
すると狼になった鼻をなにかがくすぐった。
それは鱗粉。
そのかすかな刺激が鋭敏になった鼻を刺激したのだ。
(蝶か!)
ガウェインは芋虫をかき分けた。
ガウェインの剣は芋虫たちにダメージを与えることはできずとも、吹き飛ばすことはできるのだ。
芋虫の中央まで来るとガウェインの目に芋虫たちとは違うものが映った。
蝶だ。
巨大な蝶が芋虫たちに守られていたのだ。
ガウェインは剣を組み替える。
剣を二つに分離し、その両方の柄頭を外す。
柄頭を外すとそこから現れたのは小さな白刃。
ミスリル銀の刃だった。
ガウェインは人狼の脚力で跳躍し蝶に飛びかかる。
「うおおおおおおおおッ!」
蝶の顔に表情はない。
だが明らかに驚いている表情だった。
「キイイイイイイイイ!」
蝶が金属のこすれるような声を出した。
蝶がストロー状の口、口吻をガウェインへ突き刺そうとしてくる。
それはガウェインの体を完全にとらえ真っ直ぐ伸びてきていた。
「ふんがッ!」
ガウェインはオッサンじみた声を出した。
そして無理矢理空中で体をひねって口吻をよける。
人狼の体が口吻を伝い蝶に迫る。
ガウェインは蝶の頭にミスリルの刃を突き立てた。
「キイイイイイイイイ!」
蝶が悲鳴をあげる。
だがガウェインは構えを解くことはなかった。
ガウェインは知っていた。
悪魔はこの程度じゃ滅びないことを。
「キイイイイイイイイ!」
蝶が大きく羽ばたいた。
鱗粉をガウェインに飛ばしてくる。
(あ、クソ、蝶じゃなくて毒蛾か!)
ガウェインの体が痺れてくる。
ガウェインはそれにも関わらず笑っていた。
それでよかったのだ。
白い烏が飛んできた。
烏は蝶の真上に来ると人間の姿になる。
伽奈だ。
伽奈は蝶の上に着地すると口を動かした。
小声だ。
声を聞いたら、正確には言った言葉の意味がわかった瞬間、誰もが死ぬ。
例え人工ドラゴンライダーであろうともその運命からは逃れられない。
だからガウェインには聞こえない声量で伽奈はぼそりと言った。
「胡蝶。悪魔に呪いが効かないって……あれは嘘。効果が小さいだけ」
その途端、蝶はその巨体を崩した。
足はしばらくはピクピクとしていたが、それも次第に動かなくなった。
それを見届けたガウェインは目をつぶりその場に崩れ落ちた。
毒の回復に一分ほどの休養が必要だったのだ。
「……ガウェイン殿。起きてますか?」
ガウェインが目を開けると瑠衣と伽奈がのぞき込んでいた。
「お、おう。すまねえ。毒の回復でおちたらしい。それでどうなった? 悪魔は死んだのか?」
「いいえ。そこで糸でグルグル巻きにさせてもらってます」
「それでなんの呪いだ」
「さあ? でも私の予想ではしみそばかすと老化の呪いのようですね」
結構えげつない呪いである。
「まあ我々には寿命はありませんから一時的な効果でしょうが」
「なるほど……あ、そうそう」
ガウェインには二人に大事な話があった。
ドラゴンが復活したのだ。
「どらご……」
「うわーい!」
声がした。
嫌な予感がしたガウェインは伽奈の方を向いた。
なぜか珍しく困った顔をしている。
珍しい表情だ。
すると瑠衣の声がする。
「あらあら。いっぱい♪」
瑠衣はにこりと笑った。
ガウェインはなんだか嫌な予感がした。
嫌な予感がしたのだ。
「ガウェイン殿。この子たちをお願いします」
瑠衣の声がした。
嫌な予感は的中した。
なにものかの群れがガウェインに襲いかかる。
「やっぱりかああああああああああッ!」
ガウェインは叫んだ。
「おじちゃーん♪」
飛びかかったのは予想通りドラゴンの子どもたち。
そしてガウェインは崩れ落ちた。
「うわーい。おじちゃんあそんでー♪」
「もっとーあそんでー!」
「だっこー」
それぞれが勝手なことを言っている。
ぷにぷにのドラゴンたちが寝っ転がるガウェインをもみくちゃにしていた。
このままではドラゴンどもにも負けてしまう。
なにが負けなのかはよくわからないがガウェインはそう思った。
「がおー! 食っちまうぞー!」
ガウェインは突然大きな声を出した。
ささやかな抵抗を試みたのだ。
「いやーん♪」
「おおかみごっこー! がおー!」
「ぼくもあそぶー」
結果、もっと喜ばせただけだった。
「もっとあしょんでー」
「おじちゃんもっとー」
「あしょぼーよー」
さらにドラゴンの子どもたちはガウェインによじ登る。
ガウェインは精神を振り絞る。
(おかしい。俺は嫁を助けに来て立派に役目を果たしたはずだ。渋くてカッコイイ役だったはずだ。なのになんでこうなった)
人間にはどんなにがんばろうとも三枚目に甘んじる運命を持つものがいる。
笑いの星の下に生まれてしまった生き物がいるのだ。
本物のドラゴンライダーであるアッシュもその傾向がある。
では人工ドラゴンライダーであるガウェインがお笑いの星の下に生まれていないはずがない。
ガウェインは三枚目からは逃れられない運命なのだ。
「あしょぼー!!!」
ドラゴンたちによじ登られガウェインは全身にドラゴンをひっつける。
ガウェインのその状態を見て伽奈は涙を流しながら笑いをこらえ、瑠衣はうっとりと微笑んでいる。
ガウェインは思った。
もうこうなったらあの手しかない。
「みんなー! お菓子をくれるお兄さんのところに行こうっか?」
ドラゴンの子どもたちの目がぱあっと明るくなる。
「おかしー!!!」
結局アッシュだよりである。
こうしてガウェインは三枚目という坂を転げ落ちていくのだった。
芋虫の元ネタ
巣鴨の路上でゼブラカラーの植木を見つけ「あら珍しい」と顔を近づける。
↓
ゼブラカラーは無数に群がる芋虫の大群。
↓
ほんぎゃああああああああ!