じょーおーさま
つんつん。
ベルはなにかにすそを引っ張られた。
ベルのすそを引っ張っていたのはレベッカよりさらに小さなドラゴン。
小型犬くらいの大きさだろうか。
目をキラキラさせている。
精一杯の理性を動員して静かに興奮したベルの鼻から血が流れる。
「なに……この……天国」
ベルは卒倒しそうになっていた。
「こんにちは」
ぺこりとドラゴンが頭を下げる。
礼儀正しいようだ。
「こ、こんにちは……」
ベルは目をぐるぐると回しながら真っ赤な顔でぼたぼたと流れ落ちる鼻血を手で押さえている。
ここでいきなり抱きしめないのは理性の力である。
「じょーおーさまどこ?」
子ドラゴンは首をかしげる。
ぶっしゅー。
鼻血スプラッシュ。
「はいなの!」
レベッカがシュタッと手をあげる。
「あ、じょーおーさまー」
子ドラゴンがニコニコしながら手を振る。
このやりとりだけでベルは悶絶KOされていた。
ぴくぴく動いている。
その点アイリーンはやや冷静だった。
ぷるぷると震えてはいたがまだ冷静だった。
「じょ、女王?」
「そうなの。レベッカたんはじょうおうなの!」
むふーと子ドラゴンは鼻息を荒くする。
女王と言っているがあまり偉そうに聞こえない。
「あのね、あのね!」
子ドラゴンは尻尾を振る。
「みんなスタンバイできたのー♪」
「そうなのー」
レベッカはKOされたベルの膝の上から降りるとぴょこぴょこと跳ねた。
「お、おいレベッカ。女王ってなんだ?」
「あのね。よくわからないのー」
わからないらしい。
「あのねあのね。アイリーンお姉ちゃん来て」
レベッカはアイリーンの横に来ると手を引っ張った。
「あ、ああ。それはいいけど。なにが起こってるんだ?」
「あのね。クリスタルレイクには楽しいことがいっぱいなの! だからみんな帰ってくるの!」
「帰ってくるって……ドラゴンがか?」
「うん。大人はまだ出てこれないけどちっちゃい子なら来れるの!」
レベッカは一生懸命説明していた。
尻尾は激しく揺れ尻尾に振り回されている。
「どうして今まで出てこられなかったんだ?」
「あのね。ドラゴンを閉じ込める結界があるの! にいたんがそれを3つ壊したの!」
レベッカはむふーと鼻息を荒くしている。
アイリーンはここ最近の出来事を思い出していた。
こんなドラゴンが出てくるような出来事は……たくさんあるとして、直近でなにかを壊したといえばアレしかない。
「……こないだのか!」
アイザックに言われて攻撃したアレしかない。
「そうなの! その前に1つ壊して結界が緩んでいたの。3つ壊したから捕まったみんなが出てこれたの」
「レベッカたん! レベッカたん!」
子ドラゴンがレベッカを呼ぶ。
「はーい♪ アイリーンお姉ちゃん行こう」
「あ、ああ」
アイリーンたちはレベッカに誘われるままに外へ出ていった。
一方、完全にのされたバリーは大の字になって転がっていた。
それをのぞき込むものがいた。
「おじちゃん大丈夫?」
それは小さなドラゴンだった。
「な、なに……ドラゴンだと……」
バリーはあわてて芋虫の姿から人間の姿に戻った。
複眼よりも人間の視界の方が適していたのだ。
ドラゴンは首をかしげる。
「お、おい」
「あい?」
「お、おじさんは悪魔だ。絶対に触るなよ。わかったな」
「あい!」
ドラゴンは真面目な顔をしていたが本当に理解しているかは疑問である。
本山のガキどももなにをするかわからないものだ。
ドラゴンも同じだろう。
バリーは悩んだ。
とてつもない事件が起きているのだ。
だが悪魔である自分にはなにもできない。
敵に助けをこうしかないのだ。
それはわかっているが、バリーの中のプライドがそれを止めにかかる。
バリーは息を吐いた。
違う。そうじゃない。
ドラゴンライダーにも戦闘を中断するほどの大事件のはずだ。
「お、おい! ドラゴンライダー助けてくれ! ドラゴンが出現した」
足音が聞こえてくる。
やはり近くにいた。
恥を忍んで助けを求めよう。
バリーは覚悟をした。
だがなにかがおかしい。
「きゃっきゃ」と声がする。
足音がバリーのすぐ近くで聞こえた。
そしてアッシュの姿を見たバリーは驚愕した。
「お、おい……それは……」
それは両肩に2体、首に1体、両腕にぶら下がっているのが2体。
ドラゴンにしがみつかれた巨人だった。
「わーい! ドラゴンライダーさんだ!」
バリーの近くにいたドラゴンがアッシュの腹に飛びかかる。
そのまま「きゃっきゃ」と喜びの声をあげながら背中にひっついた。
「……好かれてるな」
どう見てもアッシュは子どもに好かれそうな面相ではない。
だがドラゴンはなぜかなついていた。
「……」
「まあ……なんだ。俺の負けでいいからその子らを家に連れて行け……」
ドラゴンのことがなくてもすでにバリーは負けを認めていた。
あとは負けを認めるタイミングだけが問題だったが、ドラゴンのおかげで素直に負けを認めることができた。
「すまんな」
アッシュの方は素直に受け取った。
受け取ってしまった。
アッシュの頭からはクリスタルレイクを襲った不審者の排除をしていたことは消え去っていた。
完全にどこかに行ってしまっていたのだ。
だがそれもしかたがない。
ドラゴンの出現は例えれば窃盗犯を追っていたら大地震が起きたようなものだ。
ドラゴンに比べたらバリーの存在などどうでもよかったのだ。
アッシュはドラゴンの子どもたちを運んでいく。
途中「なにかおかしいな? なにか忘れているような?」と首をかしげたがドラゴンの子どもたちの方が重要だったのですぐにそれを頭から追い払った。
その背中を見ながらバリーは思った。
世の中には勝てぬ相手というのがいる。
アッシュはドラゴンの出現というイレギュラーはあれど殺そうとした男を排除しただけで終わらせたのである。
バリーが同じ立場なら容赦なく命を奪ったことだろう。
なんという人間の器。
バリーは畏れすら抱いた。
バリーは人間のスケールで敗北をしたのだ。
悪魔と言えども弟子もいる拳法家としてこの敗北は甘んじて受け入れねばならない。
そうバリーは思った。その目はかつて人間だった頃に本山に入門した頃のような澄んだものだった。
……実際はただ単に忘れられただけなのだがバリーは考えられる限りで最大の勘違いをしたのである。
アッシュはバリーを置いてドラゴンたちが落ちないように気をつけながら走った。
するるとガウェインが倒れているのを発見した。
もちろん攻撃されたからではない。
「がおー。おじちゃんをくすぐれー!」
そう言うと10体ほどのドラゴンの子どもたちがガウェインに群がる。
ドラゴンがガウェインをくすぐる。
「こちょこちょこちょこちょー♪」
「ちょ、お前ら! やめてやめて! 俺くすぐったいの苦手なんだー!!!」
ガウェインはジタバタしながらもドラゴンたちになすがままにされている。
「なにやってんのオッサン……」
「あ、アッシュ! 助け……ぐひゃひゃひゃひゃひゃ! やめ! やめてえええええ!」
「こちょこちょこちょ♪」
完全にガウェインはダメになっているようだ。
「えーっと、みんな」
「あー、知ってる! ドラゴンライダーの人だ!」
「あー、ずるい! アタシも抱っこー!」
「抱っこー♪」
今度は子ドラゴンたちがアッシュに群がる。
それを見たガウェインも抱っこ作戦に出る。
アッシュとガウェインは全身にドラゴンをくっつけて屋敷に戻る。
屋敷の前まで来るとアイリーンと回復したベルがいた。
「アイリーン!」
アッシュが声をかける。
その瞬間、ベルはぶしゅーっと鼻血を出した。
「も、もう死んでもいい……シアワセ……」
「うわ、またベルが壊れた!」
萌え死ぬベルは放っておいてレベッカが前に出る。
するとアッシュとガウェインにひっついていたドラゴンたちが二人から離れて手をあげる。
「あ、じょーおーさまー」
「あい!」
レベッカは元気に挨拶した。
そろそろ本格的に書籍化作業が始まります。
がんばって更新はする予定なのですがダメだったらすいません。