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胡蝶

 バリーは構えた。

 それはささやかな抵抗だった。

 バリーの豊富な戦闘経験は仮面をつけた大男、アッシュの強さに警鐘を鳴らしていた。

 殴られた箇所からまるで爆発したかのような痛みが走っていた。

 ガウェインもなかなかの膂力であったが本物は桁が違った。

 バリーはこの攻撃にはなにかの魔力的アシストがあるに違いないと睨んだ。

 そうでなければ説明がつかない事態だった。

 バリーは体内の魔力を練る。

 同時にアッシュの魔力を測る。

 視覚化された魔力がバリーの目に映る。

 だがアッシュには魔力の波動が感じられない。

 全くの無だった。


「バカな! 貴様の攻撃は全て筋力だったというのか!」


 バカげている。

 バリーは困惑した。

 悪魔であるバリーですら魔力のアシストは必要だ。

 なのになぜアッシュからは魔力が感じられないのだ!?


「うおおおおおおおおおおッ!」


 困惑したバリーはアッシュに襲いかかる。

 遠距離から飛び込みアッシュへ肘を突き刺す。

 運動エネルギーに変換された腕力と魔力がアッシュに襲いかかる。

 鍛え上げられた武がアッシュの体の中心を貫く。……はずだった。

 突如としてアッシュの姿が消えた。

 瞬間移動のたぐいではない。

 バリーはそれを経験から見破った。

 それは純粋な技だった。

 ただのカウンターだった。

 バリーが飛び込むのとほぼ同時、視界への注意が一瞬だけ散漫になったその瞬間、アッシュは斜めに一歩動いていただけ。

 間合いを盗んだのだ。

 あとは単純だった。

 アッシュの背中まで貫くように飛び込んで来たバリーの顔に腕を差し出したのだ。

 飛び込んだ勢いそのままでバリーはまんまと腕に衝突した。

 受け身も取れずに後頭部から落ちる。

 バリーはぐちゃりと湿った音を立てて落下した。

 強化したはずの体が悲鳴をあげる。

 それもそのはず。バリーの攻撃の威力そのままで地面に叩きつけられたのだ。

 バリーはよろよろと立ち上がった。

 意識がドロドロに混濁し、膝に力が入らない。

 その技は異常な力でも魔力でもない人間のものだった。

 バリーは悪魔になってなお届かない強さに打ちのめされる。


「ふふふふふ。これがドラゴンライダーだというのか……」


 そんなことを言われてもアッシュの方は困る。

 たまたま使えそうな技を出しただけである。

 これだって戦場で覚えた技である。

 バリーはそんなアッシュの困惑など知らずに構える。

 今度は小刻みに拳を繰り出していく。

 未だ意識は途切れがちになりフラフラしながら。

 それを見てアッシュは拳を握った。

 バリーの拳よりも早くそれはバリーの芋虫と化した顔面へ到達する。

 脳が揺れるとかそんな甘いものではなかった。

 今度こそ悪魔を滅ぼす聖属性の拳が顔面にねじ込まれる。

 それは敗北の味だった。

 バリーは完全に敗北したのだと理解した。



 一方、瑠衣と伽奈は森の中で宗主と対面していた。

 瑠衣は少しだけ怒ったような口調だった。


「お久しぶりです。胡蝶(こちょう)。相変わらず人間を支配しようなどと考えているのですか?」


「お二人こそ家畜にいいように使われるとは情けない」


「その家畜がいなければ消滅する存在がなにを世迷い言を……」


「今の皇帝はダメだ……いやもっと前からこの国は腐っていた。我らは気が長すぎたのだ」


「気が合いますね。だから我々は契約先を変更したのです」


「それもダメだ。新しい契約者の子孫が腐っていたら同じ事が繰り返される。我々が人間を……いやドラゴンや神族までも管理すべきだ。我々悪魔こそ管理者にふさわしい」


「ドラゴンに触れることもできない我らが? それはありえません」


「瑠衣。はっきり言おう。すでに人間側は別の勢力と契約している」


皇帝側(・・・)はです。我々は初代皇帝の直系と契約をし直しました。もはや現皇帝など関係ありません」


「ドラゴンライダーが人間である限り権力には勝てない」


「詭弁ですね。そのために私たちがいるのです」


「あくまで言い張るならその力を見せよ」


 宗主が手をあげる。

 すると森の奥から武僧(モンク)がぞろぞろとやって来る。


「瑠衣、それに伽奈。わかっているだろう? 私には敵対の意思はない。だがこのクリスタルレイクを囲む森に私と眷属の卵を産み付けた。お前の蜘蛛やカラスよりも弱いが数が多い。いつまでお前らが耐えられるか見せろ」


 瑠衣が佇んでいると蜘蛛たちが集まってくる。

 蜘蛛たちはやる気満々だ。

 伽奈のカラスたちも森を囲む。

 瑠衣はここでニコニコとし始めた。


「なにがおかしい?」


「それだけ人間にお詳しいのに人間から学んでいないのでは? と思いましてね」


 瑠衣の周りに影がいくつも現れる。

 そこから様々な悪魔たちがまさに大量に現れる。

 目玉や歯。

 それらよりはソフトな外見の外見の猫や犬までいる。

 彼らは武器を持っていた。


「ま、まさか……他の悪魔とも手を結んでいたのか……なぜだ? かつての敵もいたはずだ!」


 悪魔たちの中には瑠衣たちと敵対している勢力や胡蝶と手を結んでいたはずの勢力の悪魔までいたのだ。


「人間には根回しという技術がありまして……と言ってもわからないでしょうね。我々クリスタルレイクの提供するお菓子は娯楽の少ない地獄ではたいへんな人気なのですよ」


 アッシュの努力が実を結んだ瞬間だった。

 もはや悪魔たちはアッシュなしではいられなかったのだ。


「人間ばかり見ていたのでは大局を見失いますよ。もう時代は動いたのです。我々の側にはドラゴンライダーがいます。彼ならドラゴンの復活も夢ではないでしょう。我々が手を組まない理由などありません。どうですか? あなたもこちらに鞍替えしては?」


「あはははは!」


 胡蝶は笑い出した。

 おかしかったのだ。

 それでも人間に振り回され続けることを選ぶ瑠衣を、それに同調する悪魔たちも。

 どんな気持ちで胡蝶が人間に紛れていたかも知らずに。


「私はあの愚かなゼインなどとは違うぞ! それが悪魔全体のためになると信じているからこそ行動しているのだ。人間は我々によって家畜として管理されるべきだ」


「いいえ。人間は管理すべきではありません。彼らは自由と探究心を尊重すれば文明を発展させます。そうするだけで我らに不幸と娯楽を供給してくれるのです」


 瑠衣は思った。

 おそらく胡蝶とは最後までかみ合わないだろう。

 胡蝶は真面目に考えすぎているのだ。

 人間との付き合いは悪魔の最優先事項だ。

 だが人間のやることにいちいち腹を立ててはいけない。

 それが人間との付き合いで一番重要なことだ。

 人間は不完全なものなのだ。

 人の子を育てたことのある瑠衣はそれをよく知っていた。


「どうやら言葉は不要なようですね。我々は戦うしかないということでしょうね……」


「そうだな。決着をつけよう」


 こうして悪魔同士の戦闘が開始されようとしていたのだ。

 だがその時クリスタルレイクに異変が起ころうとしていたのだ。

 ベルの膝の上で編み物をしていたレベッカが突如として目を丸くした。


「あら、レベッカどうしたの?」


「あのね。お友達の気配がするの」


「お友達?」


「うん。お友達」


 そうレベッカが言った瞬間、部屋になにかが走り回る音がする。


「な、なに……?」


 ベルは辺りを見回すがなにもいない。

 ただ気配だけが感じられる。

 書類を読んでいたアイリーンもさすがに異変に気づいた。


「なんだ……この気配は……」


 そこらじゅうからパタパタという足音が聞こえる。

 だがそれは不思議と危険な雰囲気はしなかった。


「みんなが遊ぼうって」


 レベッカも尻尾を振る。


「あのね。あのね。みんなクリスタルレイクに来たいって!」


「どうすればいい?」


 レベッカは首をかしげる。


「わからない。でももうすぐなの♪」


 レベッカはニコニコとしていた。

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