勘違いは止まらない
本山。
もともとは僧侶たちが神聖魔法を極めるために研鑽する修行の場であった。
僧侶の修行の場で場違いな武僧が生まれたその由来に冠しては歴史をさかのぼることになる。
遙か昔、僧侶の回復魔法は秘匿されていた。
回復という命を操る魔法の技術を本山は外に漏れないようにしていたのである。
外との関わりを極力減らした環境で僧侶たちは日々研鑽を積んでいたのだ。
本山側も世のため人のために僧侶を排出し、その名声を高めていた。
だが徐々に大所帯になっていくと問題が発生した。
たとえ宗教団体であっても大所帯になると自然と大量のお金が動くことになる。
それを狙って賊の襲撃が相次いだのだ。
僧侶では守ることはできないし、少数のパラディン候補生に怪我をさせるわけにもいかない。
ゆえに本山は傭兵を雇うことにしたのだ。
それから数年、数十年と時間が経つうちに傭兵から武術を習うものやそれを体系づけるものが出て徐々に現在の姿にまとまった。
現在では歩兵の一般的な職種として広く認知されている
本山も現在では秘密や奥義を隠すことなく門戸を開放している。
そんな本山の一角に武僧の修練場がある。
そこに設けられた会議室で武僧の首脳陣による会議が行われていた。
といっても人数は三人。
坊主頭の大男と痩せ形で長髪の男。
それと女の三人だけだった。
三人は一見すると普通の人間である。
だが三人ともアイリーンだったら一目で悪魔と見破っただろう。
それほど奇妙な一団だった。
「クルーガー帝国が本山への支援を打ち切るだと!」
大男がドンッとテーブルを叩いた。
「落ち着けバリー」
「これが落ち着いていられるか!」
バリーと呼ばれた男はもう一度テーブルを叩いた。
「シリルよ。そもそも宗主が悪いのだ。なめられるような真似をしおってからに!」
シリルと呼ばれた痩身の男はかぶりを振った。
「やれやれだ。それならせっかく協力体制にあるというのに城に攻め込むか?」
現皇帝は本山を体のいい暗殺者として使っている。
そのかわり本山はあらゆる便宜を受けているのだ。
今こそ皇帝は商売から手を引くといっているが、あの小心者に暗殺を我慢できるはずがない。
喉元を過ぎればすぐに暗殺依頼が来ることになるだろう。
敵に回す必要はない。
「ではどうする? ドラゴンライダーを人為的に作り出すという計画を頓挫させてはならぬぞ」
「ではバリー。皇帝のかわりにクリスタルレイクを焼いてしまえばいい」
「ほう……楽しそうな話だな」
「村を焼くのはお前にまかせる。俺は伽奈をつかまえよう。なあに我ら悪魔に呪いは効かぬ」
「では私も手伝いましょう」
一人だけ黙っていた女が口を開いた。
「宗主! いったいどうなされたのですか?」
「ええ、興味がわきました。あのアッシュという男に」
宗主は尼僧でありながら艶っぽい……いや、嫌らしい笑みを浮かべた。
「そもそもクリスタルレイクにいる連中はなにものなのだ? 田舎の騎士が眷属を追い詰めるなど聞いたこともないぞ」
「バリー。それに関しては報告が上がってきているぞ……」
シリルは報告書をバリーに渡す。
バリーは目を通すと驚愕の表情を浮かべた。
アッシュ
年齢:17歳
職業:農夫、ケーキ屋、傭兵
備考:考えられる限り最強の傭兵。
戦場において万の兵と同じ価値がある。
つい先日悪魔ゼインを滅ぼす。
悪魔瑠衣と同盟関係を結んでいる。
ライミ家の生き残りではないかと推測される。
先日の本山襲撃、砦破壊事件の有力容疑者。(実行犯)
「シリル……これは人間なのか……?」
「私にもわからんよ。それに他も異常だ」
そう言うとシリルは羊皮紙をめくる。
アイリーンやベルなどは戦力とみなされていないのか記載はない。
次はアイザックだった。
アイザック・クラーク
年齢:21歳
職業:元騎士、料理人
備考:騎士学校で軍学、海戦戦術理論などで優秀賞を取り、極めて優秀な成績で騎士学校を卒業。
剣術、体術も学内トーナメントで優秀な成績を修める。
馬術と弓は並。
得意なことと苦手なもののムラが激しいが差し引いても優秀。
悪魔と戦い生き残る。
ベイトマン家の騎士団に入団。なぜこれほどまでの逸材が地方の騎士団にいたのかは謎。
先日の本山襲撃、砦破壊事件の有力容疑者。(教唆犯)
「ふむ、いい人材が揃っているな」
「バリー、問題は次なのだ……」
カルロス・クエンカ
年齢:20歳
職業:騎士
備考:本山にて修行。才能は並程度。僧侶資格を取る前に家の都合で騎士学校へ編入。
ごく普通の成績で卒業。ごく普通に地方騎士団へ所属。
ベイトマン家の騎士団にごく普通の成績で入団。
ごく普通にアッシュたちの補佐として忙しくすごしている。
「なんだこれ?」
バリーは報告書をめくり裏を確認する。
なにも書いてない。
「バリー、おかしいとは思わぬか?」
「なにがだ?」
たしかに何もないのが逆にあやしい。
「このカルロスという男だ。これほどまでの逸材と肩を並べて埋没してないのだぞ」
バリーの目が見開く。
「た、確かに……つまりシリル、お前はこのカルロスこそ用心すべきと考えているのだな?」
「ああ確証こそないがこやつは本山を探りに来た間者と考えていいだろう」
「我々に気取られないで諜報活動をしたというのか? どれほどの使い手なのだ!?」
「想像すらできん。東方には忍者というものがいると聞く。おそらくそれではないだろうか?」
ひどい勘違いである。
カルロスは器用貧乏だが決して忍者ではない。
だがその場にいたものは勘違いを加速させる。
「く、なぜ気がつかなかった!」
「殺気がないのだろう。聞いたことがある。高度な訓練を受けた忍者は一切の気配を隠し通せるらしい」
「く、恐ろしいものだ。つまりベイトマンはこれを見越して忍者を雇っていたと言うことか……恐ろしいまでの策士!」
なにも考えずに紹介状を持ってきた騎士を適当に入団させてきた結果である。
ただの運なのだ。
「ふふふふふ。相手に不足はありませんね。バリー、すまないがアッシュは私に譲ってもらおう」
宗主はそう言って笑うと服を脱ぎはじめた。
下着姿になると床に手をついた。
すると背中の皮膚が裂け、傷口から血のかわりに羽が生えてきた。
「悪魔になって数百年。ようやく我らと戦うにふさわしい男が出てきたということです。血祭りに上げて見せましょう!」
宗主は心底うれしそうに言った。
「宗主……シリルと私はいかが致しましょう?」
「シリルとバリーは伽奈とガウェインを捕まえなさい。手段は選びません。なにせガウェインは我々の作ったドラゴンライダー術式の唯一の成功例ですから。それとくれぐれもカルロスには気をつけなさい。忍者は神出鬼没と聞いてます」
「宗主も気をつけてくだされ」
宗主はふふふと笑った。
◇
そのころクリスタルレイク。
カルロスはアッシュとパンケーキを焼いていた。
器用貧乏と自分で言うだけあってカルロスはなんでも普通にこなす。
普通すぎるのが玉に傷である。
「ほらよっと。はいレベッカちゃん。おやつ」
「ありがとう!!!」
レベッカは千切れんばかりに尻尾を振った。
蜂蜜をかけパンケーキを味わう。
「うーん美味しい」
レベッカは目をキラキラさせる。
「もっと欲しいだろ焼いてあげるね。クリスちゃんたちも食べるだろ?」
「い、いやさ、ほら……」
クリスたちはモジモジしていた。
遠慮していたのだ。
「遠慮すんなって。今焼くから」
カルロスは問答無用で食べさせることにした。
なんだかんだで子どもたちへの貢献度は高かったのだ。
材料不足で本格的なケーキをあげられなかったのが悔やまれた。
アッシュも追加を焼きはじめる。
「それで本山の友人はなんだって?」
アッシュがパンケーキを焼きながら聞いた。
「それが手紙が帰ってこないんですよね……なんでしょうねえ?」
まだカルロスは自分が過剰評価をされているということを知らなかった。
まったく知らなかったのだ。