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アイザックのカフェ

 お披露目が終わると、さも当然のように悪魔たちはクリスタルレイクの観光をしていた。

 アッシュのお菓子屋は材料の仕込みができず閉店したままである。

 それでも妖精改め悪魔たちは観光を楽しんでいた。

 アイザックのカフェはエルム街の旧集会場に設置した。

 料理は間に合わなかったためお茶だけを提供している。

 実質的な休憩所である。


「きゅうッ!」


 蜘蛛は鳴くと子どもを乗せて走り回る。


「きゃははははは!」


 子どもたちは蜘蛛の背中に乗ってきゃっきゃと笑っている。

 もう悪魔と仲良しだ。

 悪魔に触れないレベッカもクリスに抱っこされて蜘蛛で走り回る。

 護衛には伽奈とガウェインがついていた。

 伽奈の眷属であるカラスたちも護衛のために木の上で待機していた。

 大人たちはそれを遠巻きに見ていた。

 酷薄なようだがこの世界では一般的な態度である。

 どうやっても子どもというのは天に間引かれるものあるし、村人は代官であるアイリーンの命には逆らえない。

 この村に来てしまった以上、すべてを神に運命を委ねるしかない。

 せめて一家全滅だけは避けようとするのはしかたなかった。


 ところが事故などは起こらなかった。

 蜘蛛は子どもたちと一緒に遊んでいただけだし、村人にも特に困った事態は起こらなかった。

 それは当たり前だった。

 もし子どもの命を差し出すように言われたら、アイリーンはすぐさま契約を取り消しただろうしアッシュは魔界まで乗り込んで悪魔と戦っただろう。

 二人の手の届く範囲で無体を許すはずがなかった。

 レベッカたちは蜘蛛と遊び終わるとアイザックの待つカフェへ向かう。

 アイザックは瑠衣までも動員して接客にあたっていた。


「おう、クリス。いい所に来たな! ちょっと手伝ってくれ!」


 アイザックは目を回しながら開口一番そう言った。


「なんだよアイザック兄ちゃん。子どもを働かせるのかよ!」


「しょうがねえだろ手が足りないんだよ」


 アイザックの言うとおり店内は蜘蛛やら目玉やらカラスやらの人外が楽しそうに談笑していた。

 ちなみにアッシュも接客をしているが、女性と思われる悪魔の集団に囲まれ黄色い声を上げられていた。

 女性と言っても蜘蛛や目玉やカラスである。

 その姿は人間が見ても少しも羨ましくない。

 アイザックもクリスも「仕事しろよー!」と言う気も起きなかった。


「まあ……アッシュ兄ちゃんは気にしないとしてだ。アイザック兄ちゃん。俺たちはなにをすればいい?」


「とりあえずお茶をいれるから配膳を頼む」


「おうわかった!」


 クリスたちお子様軍団は手伝いをはじめる。

 まずはアイザックの指示で全員が手を洗う。

 手を洗うと全員がかわいいエプロン姿になる。

 ちなみにエプロンを作ったのはアッシュである。

 子どもたちのエプロン姿に悪魔たちから歓声が上がる。

 悪魔たちの美醜は怖いか怖くないかだが、子どものかわいらしさはまた別なのだ。

 言葉こそ通じないがクリスたちも歓迎されてるのがわかったので少しテレながら配膳をする。


「はい。アップルティーお待ち!」


 クリスたちが配膳をはじめるとカフェの空気も明るくなった。

 どんどんお茶が運ばれていく。

 ちなみに伽奈も配膳を手伝う。

 性格的に雑なガウェインは役立たずなので護衛任務だけである。

 お手伝いになれているレベッカはクリスたちお子様軍団を手伝っていた。

 だがおかしなことに手伝いが増えても一人あたりの負担が減らないのだ。

 なぜなら悪魔たちがこぞってカフェに集まってきていたのだ。

 すでに現場は崩壊寸前だったのだ。


「ま、まずい……アッシュさん! とてもさばけない!」


「お、俺も手が離せない!」


「兄ちゃんたち! 注文が殺到してる!」


「悪魔さんたちがいっぱい来てますー……」


 あまりの客の多さにレベッカまで目を回しはじめた。

 もうこれはまずい。

 全員の心が一つになったその時だった。


「まったく、男ってのはダメだねえ」


 その声の主はクリスたちの母親、おばちゃん軍団だった。

 とうとう見かねて参戦したのだ。


「私たちも手伝うよ!」


 それからは全てがうまくいった。

 さすがおばちゃん軍団は家事スキルが高い。

 最初こそおっかなびっくりだったおばちゃんたちも悪魔が無害だとわかると獅子奮迅のはたらきをした。


「なんだい。悪魔ってのはあんがい怖くないもんだねえ」


「だから最初から言ってるじゃん。怖くないって」


「悪かったって。ほんと帝都の酒場の客より行儀がいいよ」


 こうしておばちゃんたちは悪魔の存在を受け入れたのである。

 ちなみにオッサンたちはこの間も現実逃避をし続けたが、そのうち受け入れることになるのである。



 一方、カルロスとエドモンド、それに伽奈の眷属の一部は森を捜索していた。

 なぜこのメンツが選ばれたのか?

 エドモンドは魔導の専門家である。

 そしてカルロスは回復職でもあったのだ。


「やはり……卵だったな……」


 エドモンドがつぶやいた。

 悪魔たちからは報告を受けていた。

 だがさすがのエドモンドも実物を見るまでは納得してなかったのだ。


「実物を見ると不気味なもんですね……」


 カルロスの感想は無理もなかった。

 卵の中では人間になる前の胎児が蠢いていた。

 だが胎児とは違いすでに成人の姿をしていたのだ。


「孵化率はそれほど高くなさそうだな」


 エドモンドは棒を拾うと卵をつついた。

 卵は弾力があり、そうそう破れそうにはない。


「つまりこいつは芋虫にならないってことですか?」


「おそらくは……な」


「でも生きてますよね?」


「ああ、でも頭部を見ろ。完全な形じゃなさそうだ」


 エドモンドに言われてカルロスは卵の中をのぞき込む。

 たしかに人間と言うには頭部が小さい。

 どうやらこの悪魔の頭部は最後に作られるようだ。

 カルロスが観察していると悪魔の目がはぎょっろと動く。


「うっは!」


 カルロスは思わず後ずさる。

 さすがに気分が良くない。


「ただの反射だ。いちいち騒ぐな」


「いやあさすがにこれは……驚きますわ」


「少なくともまだ襲ってはこない。おそらく孵化することもないだろうがな」


「マジっすか……勘弁してくださいよ……いやマジで」


 完全に敬語が崩れてくる。

 でもカルロスは気にする余裕はなかったし、エドモンドはそういうのを気にしなかった。


「本山どうなっちゃうんでしょうねえ……」


 カルロスはしゃがみ込むと息を吐いた。


「そうか、カルロス。君も本山の出身だったな?」


「ええ、まあ……すぐに実家に呼び戻されましたけどね」


 カルロスという男を一言で表現すると究極の器用貧乏である。

 剣の腕は並よりは上。

 槍や大斧も並よりは使いこなす。

 回復魔法もできる。

 武僧の訓練を受けたこともあるため他の武器も使いこなせないわけではない。

 でも並である。

 特出したものがなにもないのだ。

 だがアイリーンたちの中に入っても埋没することはない。

 なんでもそこそここなすのである。

 そこが逆に凄いのだが、カルロス自身にその自覚はない。


「君も武僧(モンク)だったのかな?」


「いいえ。私は武僧(モンク)に向いてなかったんで、回復魔法専門の僧侶(クレリック)の修行をしてましたよ。こっちもあと一年がんばってたら今ごろ聖騎士(パラディン)に任命されて中央で近衛騎士でもやってたんでしょうけどね」


 聖騎士(パラディン)とは回復魔法を使うことができる騎士のことである。

 ほとんどの場合、近衛騎士や親衛隊に抜擢される。

 通常では狙ってキャリア形成をするものであり、カルロスのように家の都合で中途半端に回復魔法が使えるのは珍しい。


「それじゃあ本山の内部事情はわからないか……」


 エドモンドは残念そうに言った。


「ええ。それほど長くはいませんでしたので。でも当時の修行仲間がまだ本山にいると思います」


 カルロスからすればそう言うしかなかった。

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