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ツッコミ役はクリスタルレイクを目指す

 時間は少し遡る。

 国境付近の砦に轟音と怒声が響いていた。


「くたばれノーマン野郎!」


 槍を持った騎兵がマスケット兵に突っ込んでいく。

 ノーマン軍のマスケット兵がフリントロック式のマスケット銃の引き金を引いた。

 轟音とともにその銃から放たれた弾丸が騎兵の頭に穴を空ける。

 頭蓋骨の破片と血液が後頭部の穴から飛び散ると騎兵が馬からごろんと落ちる。

 同時に馬にも何個も穴が空き悲鳴とともにドスンとその巨体が倒れる。


「ケイン様ああああッ! 許さぬぞノーマンども! うおおおおおおおお!」


 槍を持った護衛の兵たちがマスケット兵に突っ込んでいく。

 おそらく騎兵はさぞ名のある騎士だったのだろう。

 だがそんな騎士の名など火器の前では無意味だった。

 ノーマン軍のマスケット銃が火を噴く。あとには槍兵たちの無残な骸が転がる。

 他の部隊も酷い有様だった。

 飛龍部隊の爆撃により手も足も出ずに壊滅する部隊。

 せっかくの大砲をマスケット兵に奪われ逆に攻撃される部隊。

 一番酷いのは戦いもせずに裏切って投降するものたちだ。

 戦略も装備もなにもかもが時代遅れのクルーガー帝国軍はあっと言う間に総崩れになっていた。

 なにせクルーガー帝国軍はその数1000。

 対して後のないノーマン共和国軍は砦の防衛に1万もの兵士を投入していた。

 どう考えても勝てるはずがない。

 だがクルーガー帝国軍は10倍もの兵力差で勝利できると本気で信じていたのだ。

 なぜなら今まで勝利を収めていたからである。

 主にアッシュの理不尽な力で。

 だが上層部はアッシュの存在を知らなかったのだ。

 だから「俺たち最強! 気合で勝てる!」などと勘違いしてしまったのだ。

 その結果がこの有様である。


 さて、ここでその状況に焦っていたものがいる。

 国境付近を領土としていた辺境伯パトリック・ベイトマンである。

 パトリックはノーマン共和国に領地を奪われるも命からがら逃走。

 中央に逃げた彼は領土奪還の命を受け兵を率いた。

 帝王としては時間稼ぎの捨て駒でしかなかったが、不思議なことにパトリックは快進撃を続けた。

 調子に乗ったパトリックはわずか1000人で1万人の兵を要する砦を攻略しようとした。

 自分が神話に登場する大軍師だと勘違いしたのである。

 その結果がこの大惨敗なのである。

 まさに絵に描いたような無能、それがパトリック・ベイトマンなのだ。

 豚のように舞い、豚のように刺す……主にせこい手段で。

 それがベイトマン魂なのだ。

 頑張れベイトマン!

 生きてる限りクルーガー帝国に損害を与え続けるのだ!


 さてそんなベイトマン側にも可哀想なことにごく少数のまともな人間が存在する。

 当主の暴挙の後始末をし続け、当主の尻を拭くためにリソースを消費する。

 そんな貧乏くじを引くために生まれたような聖人君子が存在する。

 美しい長い髪をまとめ、勇ましく鎧を着用して馬に騎乗した少女。

 そんなアイリーン・ベイトマンもその聖人君子の一人だった。

 アイリーンはパトリックの末娘である。

 父親の遺伝子を無視したような美しい顔に強い意志を感じさせる才女。

 実際他家からも『優秀』と称されるほどである。

 その実体は普段からあまりものを考えない家風の一族の中で一人家族の尻ぬぐいをする不幸な少女だった。

 そんなアイリーンは気づいてしまった。この連戦連勝のおかしさに。気づきさえしなければ幸せだったのに。

 そんな不幸属性を持つアイリーンは関係者に事情聴取することにした。

 しかもアイリーンは優秀だった。

 配下に命じて貴族は勿論として普通なら無視するような傭兵や雑兵に至るまで丁寧に聞き取り調査をしたのだ。

 その事情聴取の中でアイリーンの元に重大な情報が舞い込んできた。

 そこで今度はアイリーン自らが傭兵団をまとめる団長に事情聴取をすることになったのだ。

 アイリーンは呼び出した団長と対峙していた。

 随伴する文官から資料を受け取るとアイリーンが口を開いた。


「それで……このアッシュというのはどのような人物なのだ?」


 アイリーンはいかにも貴族という口調で尋ねた。

 傭兵団の団長は「へへへ」と笑うと鼻の下を指でこすりながら答えた。

 アイリーンはその姿を見て「卑屈なやつだな」と思った。


「アッシュの旦那はそりゃ一騎当千の(つわもの)でさあ。銃も効かない。大砲の直撃を受けても無傷で元気に戦ってましたよ」


 アイリーンは一瞬だけ「ほえ?」という間の抜けた表情をしたがすぐに咳をして誤魔化した。


「ごほんっ。それは本当にヒト種なのか? オークやオーガではなくて?」


 この世界ではオークやオーガは下等な生き物とされ、ヒト種の標準語を話すことはできない。

 ゆえにオークやオーガと会話が成り立つはずがない。

 だから一応兵として戦えているアッシュは人間であると推測される。


「ええ……自信はありませんが、たぶん……ヒト種だよなあとみんな思ってました。話も通じますし。飛龍を石で撃墜したりとかやることは人間業ではありませんでしたが」


「なに? 飛龍を撃墜? どうやっって?」


 一応この世界にも対空兵器として大型石弩バリスタなどがあるが、それは設置型の兵器であって個人で撃墜するのは不可能に近い。

 飛龍を石で撃墜というのは個人のできる範囲を超えている。


「ええっと口で説明するのは難しいですが上に石を投げてそれを棍棒でこうッ!」


 団長が棒を持って横に振るジェスチャーをした。

 石を棒で叩いて空を飛ぶ飛龍に当てたらしい。

 アイリーンは一瞬何を言われているかわからなかった。


「それは本当に人間なのか……?」


「人間……だと思うんですけどねえ。だんだん自信がなくなってきやした。他にも肩に載せた大砲を撃ったりとか」


「だー! ちょーっと待てーい! 明らかにおかしいだろ。ヒト種が大砲を肩に載せて撃っただと?」


「そう言われても本当にやりましたし」


 完全に人外である。


「おかげでノーマンの野郎どもはアッシュの旦那を見ただけで逃げ出すほどですよ。そのおかげで死人を出すこともなく(いくさ)は連戦連勝ってわけですぜ。いやこちらは楽させてもらいましたぜ」


 がははと笑う団長を前にアイリーンのツッコミが炸裂する。

 この少女。生まれながらのツッコミ気質である。


「ちょっと待てーい! 完全に人間ではないじゃないか! い、いや、それよりアッシュとやらは救国の英雄ではないか! なぜ今前戦にいないのだ!?」


「そりゃ辞めましたから」


 満面の笑みを携えて団長はきっぱりと言った。


「なぜだ!? それほどの男がなぜ辞める」


「そりゃ、給料ためて土地買いましたんで。アッシュの旦那はあんなナリして酒も飲まなきゃ賭博もしねえんですよ。それに……言わしてもらいますがねえ、救国の英雄にお貴族様は何してくれたって言うんですかね? お褒めの言葉一つもらったって話は聞いてませんがね。そりゃこんな商売辞めますわ」


 団長は人の悪そうな皮肉めいた笑いを顔に貼り付けた。


「おい貴様。無礼だぞ!」


 文官が怒鳴った。

 だがそれをアイリーンは手で制する。


「そうだな……我々の落ち度だ」


 素直に認めるアイリーンを見て団長は初めて真面目な顔をした。

 今までの態度はアイリーンをお貴族様のバカ娘と侮ったものだった。

 だがここでアイリーンが素直に非を認めたことで初めて団長はアイリーンを対等の存在として認めたのだ。


「お貴族様が非を認めるんですかい?」


「ああ、貴族とて人間だからな。間違いはある。私はアッシュ殿(・・・・・)に謝罪せねばならないようだ。相応の報酬を持って手を貸してもらえるようにお願いしようと思う」


 団長はふっと満足したように笑った。


「それはありがてえ。アッシュの旦那に戻ってもらえば千人力ですわ」


「ところでアッシュ殿はどこに土地を買われたのだ?」


 質問をされた団長は絞り出すような顔をするとアッシュの情報を話す。


「それなら、ええっと……昔貴族の保養地だった……そうクリスタルレイクだ! クリスタルレイクにいるはずです」


 クリスタルレイクという単語を聞いたアイリーンが一瞬固まる。

 その脳裏に幸せだった時代を


「どうしやした?」


「いや……なんでもない。ありがとう団長。さっそく行ってみようと思う。皆のもの! クリスタルレイクに参るぞ!」


「は! さっそく馬車と護衛を準備いたします」


 文官が頭を垂れた。

 こうしてようやくツッコミ役がクリスタルレイクにもたらされることになったのだ。

 おまけ。アッシュさんの日常。


「すぴー」


「うんごおおおおおおッ!」


 アッシュに寄り添うように体をくっつけてレベッカは寝ていた。

 寄り添っていたアッシュもいつの間にかいびきをかいて寝ている。

 起こしに行ったら二度寝してしまったミイラ取りがミイラになった状態である。

 レベッカの手足がピコピコと一生懸命動く。

 アッシュは無意識にレベッカをなでなでする。


「うにゃーん」


 一生懸命動かしていた手足を止めてレベッカはリラックスする。


「うんごおおおおおおッ」


 アッシュの方は不愉快ではない程度の音量でいびきをかいた。

 それを呆れながら眺めるものがあった。

 アッシュにしばかれたメイド型幽霊である。

 現れるとハリセンで除霊されてしまうので遠慮がちにベッドルームを覗いていた。

 そして一言。


「なにこの似たもの兄妹……」


 「こんなの追い出してもしかたないや」といった様子で幽霊はため息をつくとすうっと姿を消した。

 クリスタルレイクはどこまでも平和だった。

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