お披露目会
逢魔時。
悪魔の時間がやってきた。
クリスタルレイクに悪魔が集う。
新しい村人たちはアイリーンの命でエルムストリートへ集められていた。
アイリーンと騎士たち、それにアッシュと村長のガウェインは広場に設けられた台の近くに、騎士を辞めたアイザックだけは村人と一緒にいた。
アッシュは全身鎧を着て頭もフルフェイスの兜を被っていた。
鎧を着た方が威圧感が減るのが逆に恐ろしい。
「おい! なんで俺たちが呼ばれたんだよ?!」
用件を言わずに招集されたためクリスも機嫌が悪い。
理由を知っているアイザックに詰め寄っていた。
「すぐにわかるから。大人しくしてろ。な?」
アイザックからしたら説明は難しい。
体験してもらうしかないのだ。
「まったく、今日のアイザック兄ちゃん変だぜ……」
クリスはすねて石を蹴った。
何も説明しようとはしないアイリーンたちの態度に動揺が広がる中、村長であるガウェインが台の上に立つ。
「今日は村の衆に重要な発表があって来てもらった」
「なんだっていうんですかガウェインの旦那? 食い物が足りないとかですか?」
「いやそんなことよりずうっと重要な話だ」
「なんですかい?」
「みんな! まずはこの村の男を紹介する。初対面では少しだけ刺激的な姿をしているが驚くなよ」
全身鎧をまとった大男、アッシュが兜を脱いだ。
その瞬間、村人たちが恐怖の声を上げる。
ところが子どもたちはそんな大人の反応にキョトンとしている。
子どもたちからすれば「レベッカのにいたん」である。
すでに面識があったので怖いなどと思わなかったのだ。
「彼はアッシュ殿。この村の最重要人物の一人だ」
「な、なんでこのお方が重要なんで?」
「それが次だ。ではアイリーン様」
「ああ、わかった。レベッカー! 出ておいでー!」
アイリーンがレベッカを呼ぶ。
するとアイリーンのマントから小さな生き物がひょこひょこと出てくる。
レベッカである。
レベッカはそのままアッシュの方へ飛びつく。
アッシュはレベッカを受け止めると胸の高さで抱っこする。
「レベッカです!」
レベッカは手を振る。
人間さんがたくさんいてテンションが上がっているのか尻尾がぴるぴると揺れていた。
村人たちは安心した。
「無害そうだな」と。
全員の反応が悪くなかったことを感じるとガウェインは続けた。
「見たとおりレベッカはドラゴンだ。その契約者がそこのアッシュ殿だ」
村人たちは思った。
「ああ……世界征服の開始だわ。これ」と。
もう後戻りできないレールに乗ってしまったのだと確信した。
まだ奴隷として売られた方がマシだったのではないかとすら思ったのだ。
大人たち全員が死んだ魚の目に変わった。
だが子どもたちの反応は薄かった。
子どもたちからすれば多少見た目は怖いが友達のお兄さんでお菓子をくれる優しい人という認識だったのだ。
「えーっと、皆の懸念はわかるが、そこは大丈夫だ。アッシュ殿は世界征服とか人類絶滅とかは考えてない。ただのケーキ屋だ」
ガウェインの言葉は説得力が皆無だった。
むしろアッシュの顔の方が世界征服への説得力を有していたのだ。
「ケーキで世界征服だってよ……」
「どうやってやるんだよ?」
「いやできそうな気がするし……」
いつの間にかケーキで世界征服になっている。
しかもかなり惜しい線なのが悩ましい。
「あー、ごほん、諸君が言いたいことはわかるがアッシュ殿にその手の野心ハナイヨ?」
ガウェイン自体が半分しか信じていないためどうにも声が白々しい。
「ガウェインの旦那ぁッ! なんで棒読みなんですか!」
「語尾! 語尾! 語尾!」
「なんで疑問系!?」
お披露目は当然のように紛糾した。
子どもたちは「大人ってバカだなあ」と冷静だった。
「あー……あのな、これはまだ初級コースだ」
ガウェインがそう言うと大人たちは固まった。
まだあるのかよ!
その目はそう言っていたのだ。
「これから元からいる住民を紹介する」
「住民なら全員知ってますが?」
やはりと言うか予想通り空気が不穏になる。
「えーっと、瑠衣殿と……あと伽奈も頼む」
ガウェインは緊張しながら言った。
すると何もない空間から瑠衣が出てくる。
伽奈は普通に歩いてあらわれた。
「えー、っと。俺の嫁と瑠衣殿だ。えーっとな、二人とも悪魔だ」
「えええええええええ!」
大人たちが一斉に叫んだ。
「すまないが瑠衣殿、伽奈、眷属を呼び出してくれ」
「では失礼して。出てきなさい!」
どこからともなく蜘蛛の大群が大人たちを囲む。
アイリーンたちには見慣れた光景だし、人間よりはよっぽど安全なのだが村人からすれば恐怖でしかない。
「ひいいいいいいッ!」
悲鳴を上げる大人たちを子どもたちは冷ややかに見ていた。
子どもたちの目には蜘蛛たちは恐ろしいものに思えなかったのだ。
大人たちが悲鳴をあげるのを見ながら次は伽奈が手を上げた。
すると空から巨大なカラスたちが飛来する。
大人たちは蜘蛛とカラスに囲まれ身動きが取れなかった。
ガウェインが頭を押さえ、騎士たちもどうしていいかわからずにオロオロしているとアイリーンが怒鳴った。
「お前ら静かにしないか! 危険なものかそうでないか見ればわかるだろう!」
アイリーンが堂々とそう言うと大人たちも騒ぐのをやめた。
ちなみにアイリーンの言い分はかなりの無茶ぶりである。
「い、いやでも、蜘蛛にカラスが……」
「蜘蛛たちは前からの住民で私の友人である瑠衣の眷属だ。諸君らには敬意を払ってもらう理由がたくさんあることを理解してもらおう」
大人たちは黙った。
代官の言うことなのだ従うしかなかった。
「だが私も鬼ではない。彼らは少し特徴的な顔をしているしな。さすがに私でも怖がるなとは言わんよ。だが諸君らにはくれぐれも注意してもらおう。悪魔を攻撃するな。先日、アイザックが怪我したことを知っているな? アイザックは別の悪魔に殺されかけたのだ。諸君らに現実を突きつけておこう。人間は悪魔に勝てない。怪我するだけだ。手を出すな」
冷たい口調だったが効果はてきめんだった。
大人たちが緊張するのが手に取るようにわかった。
「へ、へい」
もはや大人たちはアイリーンの言いなりになるしかなかった。
「それとこの村の掟だ」
ごくりと大人たちは生唾を飲み込んだ。
「絶対に人を殺すな。悪魔たちの食料は悪人の不幸だ。クリスタルレイクは悪魔に悪人を狩ることを許している。捕まったら死ぬよりもひどいことになるだろう。いいかもう一度言う。絶対に人を殺すな。わかったな」
大人たちはその場に立ち尽くした。
だが子どもたちはそれを冷静に眺めていた。
アイリーンは当たり前のことしか言ってなかった。
他人を攻撃したら反撃されるのは当たり前だ。
人を殺したら処罰されるのも当たり前だ。
どこの村でも人殺しは死罪だろう。
当たり前の掟を破らなければ人間よりも強い悪魔によって安全は保証されるのだ。
これほどの好待遇は聞いたことがない。
そういう意味では子どもたちの方が悪魔の存在を当たり前のものとして受け入れていた。
そしてもう一つの疑問を村人が口にした。
「じゃ、じゃあそこの旦那も悪魔なので?」
「なにを言っている。人の彼氏に向かって。アッシュは人間だ!」
その日一番大きい悲鳴を大人たちはあげたという。
「なんだよお前ら。失礼だな!」
アイリーンは一人プンスカとしていた。
だが明らかな非礼にもかかわらず、処分や処刑という言葉は出てこない。
子どもたちはアイリーンの凄さに気がついていた。
「まったく大人はだめだなー」
クリスがつぶやいた。
アイザックはクリスに微笑んだ。
「そうだよな。ダメだなー」
「アッシュ兄ちゃんもアイリーン様もすごいな!」
「だな。それがわかるクリスも凄いんだ」
ここに悪魔と人間の共存する村がスタートした。
これは歴史の転換点なのであるが、それに気づいたものはまだ誰もいなかった。