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料理人二人

 クリスタルレイクで2番目の男の朝は早い。

 決して親方が恐ろしいわけでも本人が異常なほど真面目なわけでもない。

 なぜなら肋骨を五本折ったせいでそれなりの日数が経過した今も痛くて眠れないのだ。

 動けないわけではない。

 体を動かした角度によって鋭い痛みが走るだけだ。

 だからといって動かないわけにもいかない。

 それに今の状態では安静にしているより痛くても動いてしまった方が体の治りは早い。

 だから仕事をしてしまおうと思っている。

 特に今は材料不足でケーキ屋が開店休業状態なのでおのずと作業は軽作業になるので都合がいい。


「さあってと仕込み仕込みっと」


 アイザックは鼻歌交じりに用意を始める。

 まずはお湯を沸かす。

 こうしていると本当に料理人になったのだと自覚する。

 親方(アッシュ)にはお菓子作りの才能がある。

 聞けば傭兵としておもむいた先々であらゆるお菓子の作り方を憶えてきたらしい。

 10代の少年が遊びもせず、にだ。

 恐ろしい執念である。

 だが残念なことに料理の味は普通だ。

 美味しいが家庭料理の域は出ていない。

 正確に言うと『傭兵風』の料理ばかりなのだ。

 その点アイザックはある程度の自信があった。

 アイザックはお菓子作りには興味なかったが、料理屋で働いたことがある。

 あまり名誉な話ではない。

 見習いの時に騎士団の先輩に誘われてやったギャンブルにはまり、見習いとしてはシャレにならない額の借金を作ったのだ。

 今考えればいかさま賭博だったに違いない。

 幸いなことに借金をした相手はたちの悪い高利貸しではなかったのでアルバイトを増やすだけで返すことに同意した。

 まずは酒場で働いた。

 そこで庶民の料理を憶えた。

 最終的には騎士団に借金のことが発覚してしまったが、騎士団の調査で悪い先輩たちが新米を借金漬けにして支配しようとしたことも表に出てしまったのだ。

 はめられたほとんどの団員は夜逃げするか先輩の言いなりになっていた。

 ところがアイザックは自分で稼いで借金を返済したため処分を免れた。

 ほめられもしなければ怒られもしなかった。

 あえて言えば料理当番時にほめられることが多くなっただけだ。

 そのような黒歴史も今の生活のためだったと思えば恥ずかしくない。

 アイザックはナイフを手に取るとじゃがいもをむいた。

 次に生け簀から持ってきた泥抜きしたザリガニの処理をする。

 そろそろ本格的に手持ちの食料が少なくなってきた。

 瑠衣が言うにはあと数日で食料が到着するらしい。

 料理を作っているとガサガサと音がした。


「あ、アイザックすまん」


 それはアイザックの親方であるアッシュだった。

 どうやら手伝いに起きてきたらしい。

 起きてこられると言うことはレベッカは女性陣と添い寝をしているに違いない。


「アッシュさん寝ててください。こういうのは下っ端の仕事って決まってるでしょうよ」


「二人しかいないんだから下っ端もなにもないだろ?」


 他の連中はあくまでアイリーンの部下である。

 みんなは協力的だがアッシュが好きに使えるわけではない。

 今のところアッシュの部下はアイザックだけなのだ。

 ちなみに女性陣には手伝わせない。

 アッシュとアイザックは料理ができる。

 カルロスはできないことはない。

 ベルは手伝いならできる。

 アイリーンは絶対に手伝わせてはならないレベルだ。

 交代制での料理だけは阻止せねばならない。


「んじゃ残りのザリガニお願いします」


「了解」


 アッシュは器用にザリガニの処理をしていく。


「それでなんの料理を作るんだ? ゆでるのか?」


「とりあえずじゃがいもと炒めましょうや」


「わかった」


 村人レベルなら麦粥やじゃがいもをゆでたもので充分なのだが、アイリーンたちは別である。

 一品つけなければならない。


「それで……どうします?」


 ソースを作りながらアイザックは聞いた。


「ああ……村人からスタッフを募集するって話か」


「ええ。悪魔……妖精さんが言うにはここは悪魔のデートスポットらしいですよ」


「デートかあ……やはり食堂が必要だよな?」


 デートならさすがに甘いものだけ食べていればいいというものではない。


「でしょうね。それに人間の観光客もじきに来る予定です。貴族が来たら高級な食堂やサロンも必要ですよ」


「頭が痛いな……」


 さすがのアッシュも貴族の観光事情まではわからない。

 思ったよりも難題である。


「そっちはアイリーン様たちにまかせてください。こっちは食堂の増設を考えるのが先です」


「いやさあ、アイザックは、と、友達だからいいんだけど……」


 まだアッシュは『友達』というのが照れくさい。


「新しい村人は……正直言って従業員の使い方がわからないんだよな……」


 アッシュにとっては切実な問題である。

 なにせ傭兵時代ですら一人ですべてをやっていたのだ。


「そっちかよ。アッシュさんは充分上に立つ人間ですって」


 アッシュは迫力のある顔を抜きにしても充分働き者である。

 それだけでも説得力があるのだ。

 あとは客商売のやり方と人の使い方をおぼえていけばいい。


「とりあえずアッシュさんの顔を見ても平気な大人を中心に……」


 そこまで言ってアイザックは首をかしげた。


「うん?」


「どうした?」


「いや思ったんですけど、大人じゃなくてもいいのか……」


「?」


「まあ気にしないでください。面白い考えがありますんで」


「うん。アイザックがそう言うならやってみよう」


 アッシュは子犬、ただし大型犬の子犬のような顔をしていた。

 アイザックを信用しているのだ。

 一方、アイザックは騎士時代の試合時のような悪い顔をしていた。

 この男、悪魔を策略にはめただけあってトリックスターの気があるのだ。


「悪い顔してるなあ」


「そうですかね? あ、そうそう。瑠衣さんはなんて?」


「武僧に擬態してたんだから聖域から来たんじゃないかってさ」


 聖域とは僧侶の修行の場である。

 回復魔法を学ぶ神官や体を鍛える修行をしている武僧がいる。


「そうだとしたら厄介ですよ。帝国でもうかつには聖域には触れません」


「長年協力関係にあったんだろうな」


「うっわ、考えたくねえ……で、どうするんですか?」


「悪魔には人の(ことわり)なんて関係ない」


 なるほどとアイザックは納得した。

 だから一応釘を刺しておく。


「一応言っておきますけど俺の敵討ちとか仕返しとかはいらないんで。俺は仕事をしただけですんで」


 アイザックはにこりと笑う。

 目は笑っていない。


「……そうか」


 珍しくアッシュが押されている。


「でもレベッカやクリスを危ない目に会わせた件については許せませんね」


 いつになく迫力のある顔をしてアイザックは言った。


「そうだな」


 アッシュも殺気だけで人が殺せるモードになっていた。

 ちなみにアッシュと友人であるアイザックには効果はない。


「いや、俺に考えがあるんですけどね」


 アイザックは目だけが笑っていない。

 逆にアッシュは微笑んだ。


「どうすればいい?」


 アッシュの言葉を聞いたアイザックはようやく微笑んだ。

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