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村の子どもとレベッカたん

「私は戦闘に向いておりません」


 そう瑠衣は周囲に言っている。

 ツッコミどころ満載のセリフだが瑠衣本人はいたって真面目である。

 本人自身の強さや魔力の話ではない。

 純粋な戦闘力なら悪魔でも屈指の実力を持っている。

 魔力の高さゆえ呪いが一切効かないので、ほぼ別格扱いの伽奈にも勝利することはできるだろう。

 ゼインを圧倒したアッシュとも戦いが成立するだろう。

 だが本人の強さと本人が戦闘への意欲は必ずしも比例しない。

 特に瑠衣はそうだった。

 戦闘が大嫌いなのである。

 いや戦闘だけではない。

 瑠衣には競争心というものがまるでないのだ。

 生来の性格というのはいかんともし難い。

 数百年前に努力で乗り越えようとしたこともあったが、努力では埋められないものが確かに存在することを学んだだけであった。

 だから今のこの状況にも特に悔しいとか悲しいとかの感情を持つことはなかった。

 ただ少しだけアッシュのケーキまでの道が遠くなって困ったなと思っただけである。


 瑠衣は動けずにいた。

 そこはクリスタルレイクの外だった。

 クリスタルレイクに到着した瑠衣は、なにか妙な気配があるのを感じた。

 それはクリスタルレイクの外だった。

 そこで瑠衣はついでだからと様子を見に行ったところあっと言う間に捕まってこのザマである。

 そこは3メートル四方の空間だった。

 おそらく魔法で作り出されたものだろう。

 瑠衣は蜘蛛の糸とは違う素材で手足をグルグル巻きにされていた。

 この手際の良さから考えると相手は悪魔だろう。


「あらあら、まあまあ」


 悠久の時を生きる悪魔のなんとものんきなことよ。

 縛られたまま瑠衣はゴロゴロと転がった。

 糸が緩むかもしれないと一応抵抗をしてみたのだ。

 だがそのやる気は長くは続かない。

 面倒になった瑠衣は糸を焼き切ろうと炎の呪文を唱える。

 だがぷすりと音がしただけで炎は出ない。

 しかたなく転移魔法で逃げようとする。

 アッシュなら引きちぎれるだろうと考えたのだ。

 だが転移のための闇が呼び出せない。

 しかたなく部下を呼ぼうと召喚魔法を使う。

 誰も来ない。

 ここでなにかがおかしいと気がついた。


「あらあら困りましたわ。魔法が禁じられているようですね」


 もこもこと尺取り虫のように瑠衣は動く。

 そこまでやっても糸は緩まらない。

 しかたなく瑠衣は最後の手段をとることにした。

 普段の人型ではなく悪魔の姿をとることにしたのだ。

 大きくなって腕力で引きちぎってしまえばいいと考えたのだ。

 瑠衣はまず四方を確認する。

 こういう大きさを変える変身は空間の大きさを間違えると身動きが取れなくなってしまうのだ。

 蜘蛛の足を1本出す。

 瑠衣は足を動かし周囲の壁に当らないことを確認すると糸に足をかけて引っ張ってみる。

 足に糸がくっつき取れなくなる。

 あわてて足を放そうとするが糸はどこまでも伸びる。

 足を振るがびよんびよんと糸がたわむだけで切れそうにない。


「……困りましたわ」


 瑠衣はため息をついた。



 瑠衣不在のクリスタルレイクはどこまでものどかだった。

 まず家畜すらいない。

 戦争で村が崩壊したからだ。

 その次に暇を持て余している大人がほとんどいない。

 人口は増えたが家や井戸の修理に全力を傾けているので仕事はいくらでもあるのだ。

 男はもちろん、女性や子どもまでも畑の準備をしている。

 手が余ったものは狩人の先導で森で採集である。

 彼らは野生の木の実やキノコ、接着剤として使う松ヤニなどを採取する。

 狩人は全力で鹿やウサギを狩る。

 狩人全員に魔法の武具まで支給されているので熊や狼が来ようとも恐ろしくはない。

 端から見るとピクニック気分だった。

 実際、その日の成果は素晴らしいものだった。

 子どもたちがクランベリーの木の群生地を発見。

 その実を大量に手に入れることに成功したのだ。

 クランベリーは生ではすっぱくて食べられないが、料理に入れたり干して保存食にしたりと活用の幅が広い優秀な食材である。

 子どもたちはクランベリーやキノコなどをたくさん持って意気揚々と帰って来た。

 彼らは上機嫌で歌を歌いながら森から村に続く道にまでやってきた。

 すると村の入り口に荷馬車が止まっているのを発見した。


「ねえねえ。馬車が止まってるよ」


「商人さんかなあ?」


「この村のもんがなにを買うって言うんだ? 豚を飼う金だってないのに」


 子どもたちが口々に素直な言葉を言うと、狩人が注意する。


「お代官様にご用事かもしれん。失礼のないようにな」


「うん。じゃあ僕たち行くね」


 そう言うと子どもたちは荷物を家に持ち帰る。

 その帰り道で悪ガキといった顔の子が他の子に言った。


「いつものところに行くぞ」


「お、おう。でもいいのかクリス。大人に言わなくて……」


 頭を丸坊主にした男の子が聞いた。


「絶対に言うなよ! 言ったら殴るからな!」


「わかったよ……」


 クリスと呼ばれた子が怒鳴ると坊主の子は大人しくなるが、その目は不満げだった。

 子どもたちは荷物を家に置くとエルムストリートに集まる。

 子どもというのは秘密基地が大好きなのだ。

 しかもちょうどいいことにエルムストリートは空き家だらけなのである。

 クリスがエルムストリートに来ると子分たちがいるのが見えた。


「おっせーぞクリス」


「わりぃ、わりぃ。あいつ来てる?」


「まだだ」


「なんだまだかよ」


 クリスたちは誰かを待っているらしい。

 するとピコピコという足音と。

 ガシャリガシャリという力強い音が聞こえてくる。


「やっほー。待ったー?」


 やたら軽い男の声。

 それは田舎の騎士団のナンバー2を狙う男、アイザックだった。

 アイザックの傍らにはレベッカもいた。


「クリスちゃんこんにちわー」


 レベッカはクリスを見ると尻尾を激しくふりながら飛びつく。

 クリスはそれがうれしいのか高い声を出した。


「おっーすレベッカ。ほれほれほれ」


 そのままレベッカをなで回す。


「いやーん♪」


 レベッカは激しく尻尾をふりふりした。


「おまえら、ベル姐さんにバレたら俺がお仕置きなんだからな! バラすなよ!」


「わかってるって」


 実はアイザックは弟や妹の世話をしたことがあり、その中で子どもには友達が必要なことを知っていた。

 アッシュもアイリーンも保護者としては過保護である。

 だからこそ雑に扱ってくれる存在が必要だと考えたのだ。

 かと言って「レベッカには友達が必要です」なんてバカ正直に言っても却下されるだろう。

 アイザックは自分がそういうポジションにいることを充分理解しているし、むしろあえてそういうポジションにいる。

 アイザックはそれでいいのだ。

 だからこそ少し無茶してもいいと思っている。

 ドラゴンの存在は目立つ。

 これだけ人なつっこければ隠しても無駄だ。

 近いうちにレベッカの存在は必ず発覚するだろう。

 今からレベッカのお披露目を考えなければならない。

 なるべく起こりえる事態をコントロール下に置く必要があるのだ。

 だからこそ少しでも味方を増やしておくつもりだ。


「クリスちゃん!」


「レベッカ」


 がっしりと抱き合う。


(ちょっと違くね?)


 アイザックはスキンシップが過剰じゃねと思った。

 アイザック自身は近所の悪いお兄さんポジションでいるつもりである。

 なるべくくだらない遊びを教えてやるつもりである。

 だがこれはなんか違うんじゃないかと思ったのだ。


「おいクリス。お前なにやってるの?」


「なにって俺はレベッカの姉ちゃんだもんな?」


「あいクリスお姉ちゃん!」


「お姉ちゃん? この汚いガキが?」


 髪の毛も短髪だし、ガリガリだ。

 とてもじゃないが女には見えない。


「てめえやんのかコラァ!」


 怒ったクリスがアイザックのすねにゲシっと蹴りを入れた。


「うご! ちょ、おま! それ痛いんだからな!」


「タマ蹴られねえだけありがたいと思いやがれ!」


 男の子たちがきゅっと大事な部分を押さえた。

 アイザックもファウルカップを押さえる。

 まだアイザックはこんなゆるい日常に悪意が迫っていることを知らなかった。

略称のアイデアありがとうございます!

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