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ドラゴンライダーの誕生

 17年前。

 それはとある赤ん坊がライミ家の長男として生まれた日の出来事だった。

 赤ん坊は初代皇帝の伝説と同じように明日と今日の境界線にこの世に生を受けた。

 赤ん坊は高位貴族にのみ伝わる『正しい方の初代皇帝の伝承』にあるように『この世の全ての苦悩を背負いながら怒りと慈悲を胸にありとあらゆる悪徳と戦う荒神の顔』をしていた。

 民向けの伝承では『眉目秀麗な金髪の戦士』とされているがそれは民を統治するための方便である。

 それを見た両親は悲しむどころか大いに喜んだ。

 初代皇帝の生まれ変わりではないかと考えたのだ。

 それもそのはず。

 ライミ公爵は5代皇帝の粛正を生き残った数少ない初代皇帝の直系子孫であった。

 だがライミ侯爵は野心家ではない。

 皇帝に成り代わろうなどという気はさらさらなかった。

 ただ我が子がライミ家の末裔として誇りを持って民のために生きることを望んでいただけだ。

 侯爵は我が子にアッシュと名付けた。

 不思議なことにその夜、アッシュが生まれた時間にクルーガー帝国民が一斉に夢を見たのだ。

 それは初代皇帝の伝説。

 人間の仲間たち、それと妖精(・・)たちに相棒のドラゴンと力を合わせ魔王を倒したおとぎ話を夢見たのだ。

 これはなにかの啓示に違いない。

 いやあの夢は英雄の誕生を予言したものだ。

 新しい王の到来か?

 人々は口々に無責任な噂を口にした。

 それだけで人々はなんだか幸せな気分になったのだ。

 お祭りでもないのに街に音楽が流れ、人々は広場で踊り出した。

 害のないお祭り騒ぎ。

 だがこれは一部の人間には恐怖以外のなにものでもなかった。

 なぜならたわいもない夢でこれだけ幸せになることができるほどこの国には閉塞感が蔓延していた証拠である。


 そんな閉塞感が生んだ恐怖は暴走した。


 一人の女がライミ家に派遣された。

 人形のような不自然に美しい顔をした目にどこか仄暗い影、絶望と呼ばれるものをたたえる女性。

 その女こそ伽奈である。

 一目見てライミ侯爵はこれから何が起こるか覚悟した。

 彼女こそ伝説の悪魔。数百年も生きる処刑人。

 皇帝と契約した究極の呪いの力を持つ孤独な悪魔。

 それが伽奈である。

 ライミ侯爵は広間に伽奈を通し人払いをした。


「欲しいのは私の命だろう?」


 伽奈は首を横に振った。否定である。


「子どもの命か?」


 今度は縦に首を振る。肯定だ。


「赤ん坊を殺すのが悪魔のやり方か?」


 否定。


「皇帝の差し金か?」


 肯定。


「そうか……」


 侯爵は立ち上がると暖炉の近くに飾ってあった剣を手に取った。

 しゃらんという音とともに白刃がを引き抜くと伽奈に向ける。

 伽奈は絶望をたたえた目でただ刃を眺めていた。


 否定。


 無駄だという意味である。

 悪魔にただの剣は効果がない。

 銀や魔法剣は効果こそあるがただの人間にはその刃を届かせることはかなわない。

 有力な貴族は悪魔に挑み、すべてが負けて戻ってきた。

 先祖の伝説こそ威勢いいが、実際は身ぐるみを剥がされて見逃されただけだ。

 生き残ったというだけで英雄と言える。

 それが現実である。

 それを侯爵はよく知っていた。

 手が恐怖で震える。

 だが産まれたばかりの我が子のために戦わねばならない。

 侯爵はありったけの勇気を振り絞る。


(悪魔に勝つためには武力以外のなにかがなければならない)


 そう考えた瞬間腹がすわる。

 勝てる相手ではないが戦う必要のない相手かもしれないのだ。

 そして侯爵は伽奈に対する武器を持っていた。

 それは知識だった。

 だから剣での脅しではない別の言葉、侯爵の口が交渉を紡ぎ出した。


「私は初代皇帝の直系だ。私と契約をしろ」


 否定。


「今の皇帝は……いや何代も前から皇帝たちはお前との約束を守っていないはずだ」


 肯定。


「だから私と契約をしよう」


 伽奈は一瞬考えた。

 伽奈との契約は難しい。

 いや絶対に不可能なものだ。

 呪いの効かない初代皇帝だからこそなしえたものだ。

 だから侯爵の次の言葉に伽奈は驚いた。


「私は知っている。君との契約条件を」


 否定。

 それは知るべき情報ではない。


「君との契約の条件は呪いを解くことだ。人間が契約するには呪いを引き受ければいい」


 否定。

 無理だ。


「解き方も知っている。王の直系が呪いを引き受ければいい」


 否定。

 それは無理だ。

 試した人間はいたが皆死んだ。


「ああ。死ぬから無理だと思っているのだろう。それは違う。私は死ぬだろう。だが息子を守る契約をしてもらう。それなら問題はないはずだ」


 変な人間だ。

 伽奈は思った。

 人間は自分のことしか考えない。

 特に貴族という生き物はそうだ。

 子どもを守ろうなんて言うはずがない。

 伽奈の知っている貴族だったらまず先に子どもを差し出し、次に妻を差し出すだろう。

 情などと言うものは存在しない。

 それが伽奈の知っている皇帝や有力貴族の姿だった。

 だがこの男は我が子のために死のうというのだ。

 あまりの衝撃に伽奈は打ちのめされた。

 だが現実は地獄のようなものだ。

 正しいものが勝つことはない。

 伽奈は悲しい気持ちで2本立てた指を侯爵へ見せる。


「2……? 呪いを2つ引き受けねばならないのか?」


 肯定。

 死の呪いを2つ引き受けねば契約は成立しない。

 侯爵の手がまたもや震えはじめる。


「わ、私が呪いを引き受けようではないか! なあに1つは耐えてみせよう。そしたらもう一つの呪いをかければいい」


 否定。

 無理だ。

 伽奈の呪いは人間に耐えられるはずがない。

 その時だった。


「私も呪いを引き受けましょう」


 それは産後の肥立ちが悪く伏せっていたアッシュの母親だった。

 突然の乱入者に侯爵はあわてた。


「君が犠牲になる必要はない」


 だが母は慈愛の笑みを浮かべる。


「私も初代様の直系。条件には十分な資格があるはずです」


「だ、だが」


「我が子を守るために死ぬ。これ以上の誉れがありましょうか!」


「わかった……一緒に死のう」


 呪いを引き受ける人間は揃った。

 あとは伽奈が契約に同意するだけだ。

 だが伽奈は迷っていた。

 彼らは今まで殺した人間とは違う。

 こんな人間を殺していいのか?

 自分はとんでもない罪を犯しているのではないかと。


「さあ、契約を。息子を守る加護を!」


 それは確固たる意志を持った目だった。

 彼は死を恐れていない。

 恐れているのは我が子の死だけだ。

 伽奈は自分の頬に伝わるものに気づいた。

 それは涙だった。

 伽奈は顔をくしゃくしゃにしながら言った。


「契約を……結びます」


 次の瞬間、侯爵は灰になりその妻は土くれになった。

 2つの呪いが伽奈の中から永遠に消え去ったのがわかった。

 伽奈はショックでヨロヨロとしながら子ども部屋へ行く。

 赤ん坊が寝ていた。

 後のアッシュである。

 悪魔の美的感覚から言えば将来が恐ろしく感じるほどの絶世の美男子である。

 赤ん坊は伽奈を見ると「きゃっきゃっ」と笑った。

 伽奈は涙をふくと契約の履行に移った。

 千の呪いをその身に宿す30の軍団を支配する悪魔。

 それが伽奈の正体である。

 伽奈が手をあげるとカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 カラスがアッシュを覆う。

 それは人間の忘れた太古の呪いだった。

 それは呪いを反転させることで最強の人間を作る秘術。

 それには解除された2つの呪いの力が必要だった。

 灰の呪いと土くれの呪い。

 どれも即死の呪いである。

 呪いとしての力は充分である。


 両親の犠牲によりこの子は地上最強の男になるだろう。


 カラスたちはアッシュに呪いの、悪魔の祝福を授ける。

 アッシュの体にドラゴンライダーの紋章が浮かぶ。

 ドラゴンの相棒として力を振るう古代文明が生み出した兵器に体が作り替えられたのだ。

 もはや誰もこの子を害することはできない。悪魔ですらも。

 絶対に。

 絶対に誰にも害することはできない。

 この子はやがてドラゴンに会うだろう。

 ドラゴンとドラゴンライダーは惹かれ合う。

 ドラゴンに出会ったら彼は誰にも止められない。

 皇帝は滅びるだろう。

 彼らは虎の尻尾を踏んだのだ。


 カラスたちがアッシュから離れ「カァッ!」と鳴いた。

 ここにドラゴンライダーが完成したのだ。

 伽奈は思念でカラスたちにアッシュを逃がすように命じた。


 これがアッシュと悪魔との最初の出会いだった。

 伽奈はアッシュと再び出会ったときに思った。


 これは運命なのだと。

0時ごろに帰って来たので投稿が遅れました……

次に投稿がヤバイのは10月12日になります。

なるべくがんばります。

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