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瑠衣さんはケーキがないと困る

 その頃、地獄ではまさかの非常事態が起きていた。

 プラカードを持った悪魔が広場を埋め尽くす。

 プラカードには


『皆にお菓子を! 伯爵は労働者の声を聞け!』


 と書かれていた。

 甘味が途切れた悪魔たちがとうとう大々的にストライキを起こしたのである。

 プラカードに書かれていた『伯爵』とは瑠衣のことである。

 瑠衣は人間の世界では『王』と呼ばれる地獄の支配者の一人である。

 悪魔の法律家にして80の軍団を支配する蜘蛛の化身。

 その姿は美しく、その言葉は人を惑わす……と、言われているが姿はまだしも、言葉に関しては契約破りのペナルティに対して不満を持つ人間があることないこと言いふらした結果である。

 しかも身分を表す『伯爵』は初代皇帝に仕えてたころの爵位をそのまま流用しただけである。

 瑠衣は人間の爵位にはあまり興味はない。

 さらに支配している80の軍団もしもべや家来、奴隷などというよりは従業員に近い存在である。

 普段はつかまえた人間の不幸を給料として分け与えているのだ。

 だはアッシュの出現ですべては変わった。

 今までその姿から人間から甘味を手に入れることが極めて困難だった。

 手に入れるとしたら瑠衣のように人間の姿を取ることができる悪魔に頼むしかなかった。

 しかも頼んでも今度は人間の通貨が必要なのだ。

 手に入れるのは至難の業である。

 ゆえに地獄では甘味は贈答にも使える超高級品なのである。

 ところがクリスタルレイクは違った。

 アッシュたちは悪魔を見ても怖がらないし、お菓子をゴミと交換してくれるのだ。

 しかも代金はゴミ捨て場に置いてあった古い武具でいいのだ。

 悪魔たちはゴミ捨て場に殺到、武具を持ってアッシュたちのケーキ屋に殺到した。

 悪魔たちに一大甘味ブームがやって来てしまったのである。

 ちなみにブームと言っても寿命の長い悪魔の場合は数百年は続く。

 しかも運の悪いことにまんべんなく行き渡って全員がアッシュのお菓子の味を知ってしまった途端、難民流入による材料減少で供給がストップしてしまったのだ。


 悪魔たちは嘆き悲しんだ。

 唯一の楽しみを奪われてしまったのだから。


 これには普段は温厚な悪魔たちも黙っていなかった。

 お菓子を寄こせと団結し、一斉にストライキを起こした。

 食べ物の恨みはかくも恐ろしいのである。

 とは言っても瑠衣の方も難民がまだクリスタルレイクの常識になれていない状態で悪魔が顔を出すのはトラブルの元である。

 さらに言えば善良さの塊のようなアッシュたち以外にホイホイと原料を与えてしまうのも嫌だった。

 瑠衣は人間とか関わり続けたその長い経験上、アッシュたちのように特別に善良な人間を除いては優遇しすぎると人間は堕落することを知っているのだ。

 だから瑠衣はそれを説明する。


「材料がないんです!」


 これには大ブーイングが起きる。

 労働者の代表の蜘蛛が瑠衣の前に出る。


「へもへもへもへもも! へももももも!」


(訳:なぜだ! 我々はもはや甘味がないと暮らしていけないというのに!)


 蜘蛛は鉢巻きをしておりそこには「ケーキを得るまで絶対戦うぞ!」と書かれている。


「だから、難民さんが我々の存在になれるまではダメです!」


「……きゅう」


 蜘蛛は上目づかいで目をうるうるさせる。


「かわいい顔をしてもダメ!」


 瑠衣は引きつった顔できっぱり断る。

 だがその次の瞬間、蜘蛛が鳴いた。


「きゃんきゃんきゃん!」


 その声と同時に後ろにいた無数の蜘蛛たちも上目づかいで目をうるうるさせた。


「あなたたち……いつのまにそんな手を……」


 さすがの瑠衣もたじろいだ。

 強く出られたらバッサリ斬ることができるが、これは卑怯だ。

 いくらなんでも卑怯すぎる。


「きゅーん……」


 無数の蜘蛛が「かわいい顔」をして並ぶ。

 うるうるとした視線が瑠衣に集まる。

 さすがの瑠衣も珍しく冷や汗をかいていた。


「あー! わかりました! アッシュ殿に頼みます! 新しい村人へのあなた方のお披露目も早めます!」


 瑠衣がそう言った瞬間、蜘蛛たちが「ひゃっほー♪」と踊り出す。

 それを見た蜘蛛たちがどこに隠していたのかバイオリンやピアノを取り出し演奏をはじめる。

 完全にお祭り騒ぎである。


「もー! お調子者ばかりなんですから!」


 瑠衣は立場上怒ったフリをした。

 でも瑠衣自身もそろそろ甘いものに飢えていたのだ。


「まずは小麦粉と砂糖ですね」


 瑠衣はどうやって手に入れようか考える。

 力を使うのは堕落を招くのでダメだろう。

 なるべく人の手による方法がいい。

 こういうときは人間に頼んでしまえばいいのだ。

 ちょうどいい。

 自分の子どもの居場所がわかったではないか。

 瑠衣は向かう先を決めた。

 そして蜘蛛たちの演奏が鳴り響く中、瑠衣はすうっと姿を消した。



「それで……私ですか? まあいいですが」


 瑠衣の話が終わるとエドモンドは不自然に平淡な声を出した。

 瑠衣は「おかしいな?」と思いながらもニコニコとする。


「代金は支払いますよ」


 瑠衣には人間に仕えていた時代の貯蓄がまだある。

 代金には十分だろう。


「いえ、お金はいいです」


「あらあらあらあら。あらー! 親孝行ですか?」


「違います!」


 瑠衣はキョトンとした。

 なにか他に用件はあっただろうか?


「アッシュ殿のことです」


「アッシュ様がなにか?」


「出生がわかりました」


「あらあら。それはたいへん」


 瑠衣はよくわからないのかニコニコとしていた。


「お師匠様!」


「おかあさまでしょ?」


 瑠衣が訂正するとエドモンドはなんとも言えない微妙な顔をする。

 それもそのはず。エドモンドはことあるごとに「お師匠様」と言おうとするのだ。

 瑠衣に言わせればエドモンドは昔から恥ずかしがり屋なのである。

 だから瑠衣はことあるごとに「お母様」と呼ばせるようにしている。

 エドモンドは毎回とても嫌そうにしているが恥ずかしがっているに違いないのだ。


「……お母様。アッシュ殿はライミ侯爵の血縁者です」


「ライミ侯爵?」


「ええ。ライミ家は15年ほど前に情報を他国に漏らした売国奴として一族は処刑、家は断絶されました」


 瑠衣は不思議に思っている。

 なぜ人はそうやってすぐに人を殺してしまうのだろうかと。

 群れを作る生き物なのにどうにも不合理だ。


「アッシュ様は貴族でなくともドラゴンが認め、私たちも認める存在ですよ」


「我々には意味があるんです」


 人間側の都合であるから瑠衣としては口出しが難しい。


「それでどうするのですか?」


「皇帝側による暗殺や妨害を防がねばなりません」


「あのアッシュ殿を害せる人間が存在するとは思えませんが……」


 なにせ悪魔を圧倒する実力の持ち主だ。

 勝てる人間がいるとは思えない。


「アイリーン殿やご友人たちを人質に取ることは可能だと思います」


「我々が守っているので不可能です」


「例えば……悪魔や天使が皇帝側についていたとしたら?」


 瑠衣の目が大きく開く。


「どういう意味ですか?」


「まだ確証こそありませんが、あれはなにか企んでますよ」


 エドモンドの目はギラギラとしたものになっていた。


「子どもの頃からの悪いくせは治っていないようですね」


 「もう、しかたのない子ね」と瑠衣はため息をつく。

 どうにもエドモンドはこういった真実を暴くことになるとむきになる。


「ええ、それでも私は知らねばならないのです! この国の真実を!」


 アッシュの存在がエドモンドのなにかに火をつけたのは確実だ。

 調べた中でなにか心に引っかかるものがあったのだ。

 今でも両親の暗殺がエドモンドのなにかを縛っているのかもしれない。


「そのためには小麦粉だろうが砂糖だろうが用意して見せましょう」


 エドモンドは最後まで言うとようやく笑顔を見せた。

アース・スター様より略称を募集して欲しいと提案して頂きました。

なにかいいものがあれば気軽に書込んで頂けると幸いです。


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