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アッシュさんと魚釣り

 アッシュはレベッカと魚釣りに来ていた。

 ミミズコンポストは新しい住民の出す野菜クズでどんどん拡大していき、畑の方は木を切り倒して石や木を除去して終わりだ。

 ミミズの糞や焼いて潰したゴミをまくのも終わってしまった。

 ミミズの世話も難しくはないので住民が交替でやってくれることになった。

 本業のケーキ屋も材料不足で開店休業状態だ。

 かと言って高度に専門的な事務仕事の手伝いはできない。

 要するにアッシュの仕事はなくなってしまったのだ。

 もともとアッシュは働き者のため、やることがないという状態が苦手である。

 いくら寝られるときに寝るのが傭兵と言えども寝ているのにも限界があるのだ。

 働いていないと不安なのだ。

 なのでせっかくきれいにした湖があるのだからとレベッカを連れて釣りに来ていたのだ。

 アッシュはコンポストから誘拐したミミズを手に取ると針につける。

 アッシュは竿を振りかぶりキャストする。そこまでやってから竿をレベッカに渡す。


「ほい。レベッカ」


「あい。にいたん」


 レベッカは桟橋に座るアッシュの膝の上に座ると竿を持ってじっとしている。

 真剣なのか尻尾がゆっくりと揺れていた。

 アッシュは自分の竿にミミズをつけレベッカの糸と絡まないように桟橋の横にそっとキャストした。

 この釣り竿は悪魔が持ってきたマジックアイテムの一つなのだがアッシュとしてはわりとどうでもいい存在だったのだ。

 次の瞬間、浮きが沈んだ。

 レベッカは目を丸くしている。

 魚がかかったのだ。


「にいたん! 魚さんがかかりました!」


 そう言いながらレベッカは湖側に竿に引っ張られていくが、アッシュが竿をつかみ難を逃れる。


「ほい、そろそろ引け」


「あい!」


 レベッカはアッシュに抱きかかえられながら一生懸命竿を引く。

 興奮しているのか尻尾を千切れんばかりに激しくふっている。


「うみゃー!!!」


 レベッカが気合を入れると、どぱーんっと音とともにかかった獲物が飛び出てくる。

 残念なことに魚ではなかった。

 体長10センチほどのカエルである。

 カエルは抗議するように手足をジタバタさせている。


「カエルさん?」


 思わずレベッカはアッシュの顔をじいっと見つめた。

 魚ではなかったのでどうしていいかわからなかったのだ。


「足しか食べられないから放してあげよっか?」


 カエルは食べられないことはないが食べられる箇所は意外に少ない。

 食料が豊富な状態で食べることもないなとアッシュは思った。

 だからカエルを放してやることにする。

 レベッカも同じ考えだったらしく元気よく返事する。


「あい!」


 アッシュはカエルを引き寄せると針を外して逃がしてやる。

 すると今度は適当に置いてあったアッシュの竿が激しく反応する。


「にいたん! お魚さん!」


「おおっと!」


 アッシュは自分の竿をあわててつかむ。

 アッシュの腹にしがみついていたレベッカは今度は頭によじ登る。

 激しく竿が引かれる。

 このまま糸ごと持ってかれそうだ。

 アッシュはなるべく獲物を疲れさせるようにする。

 押さば引け。引かば押せ。と糸の強度の許す限りで勝負を仕掛けていく。

 だんだんと抵抗が小さくなる。

 そして抵抗が止むとアッシュは糸が切れる前に一気に竿を上げた。


「おー!」


 レベッカは驚嘆の声を出す。

 それは大きなナマズだった。


「大きすぎるな。生け簀に入れるか」


「あーい!」


 アッシュはナマズの針をとると生け簀にしている箱にナマズを放り込む。

 生け簀には井戸水が流れ込んでいる。

 ここで数日間泥抜きをしてから食べようというのだ。


「さて……ナマズさん手に入っちゃったから、蟹籠回収しようっか?」


 少し大物すぎたのでアッシュはここで終了する。

 本当はレベッカに釣らせてやりたかったが、次にナマズが釣れたら置き場がない。

 少し申し訳ない気持ちになる。

 だがレベッカは釣果は気にしていないようだ。


「あい!」


 元気よく返事をした。

 レベッカとしてはただアッシュに遊んでもらっているのが嬉しいらしい。


「それじゃ蟹さんね」


 レベッカを肩車しながらアッシュは蟹籠を回収する。

 中には大きなザリガニやテナガエビ、淡水蟹、それにドジョウなどが入っていた。


「おお、大量大量」


「わーい! 凄い凄い!」


 レベッカが飛び跳ねる。

 アッシュはそれらをやはり別の生け簀に入れる。

 泥を吐かせるのだ。

 ザリガニはゆでても焼いても美味しい。

 蟹は海のものと比べて多少調理にコツがいるがそれでもゆでてしまえば食べられる。

 テナガエビは揚げてしまえば美味である。

 ドジョウはアイリーンが気持ち悪いと言って絶対に食べないので逆に腕の見せ所である。

 エビ系は酒に漬けて臭みを抜いてしまえばいいのだ。

 アッシュは今から食べさせるのが楽しみだった。

 それに今回はナマズもいる。

 淡水の生き物が嫌いなアイリーンもナマズとマス、それにウナギは食べる。

 わりと食わず嫌いなのだ。


「さーて明日の食料は手に入ったね」


 ザリガニの料理も作れば明日どころか数日分の食料である。

 やはりクリスタルレイクは食料が豊富なのである。


「それじゃ帰ろっか」


「あーい」


 アッシュは生け簀の蓋を閉めて帰途につく。

 やはり人間の手が数年も入ってないと魚の数が多い。

 アッシュは安心した。

 安心したアッシュがニコニコしているとレベッカもつられて笑った。


「ねえねえ。にいたん。ようやく額のしわがなくなりましたね」


 そう言えばここのところずっと額にしわを寄せていたかもしれない。


「忙しかったからね」


「そうなんですか?」


 レベッカが首をかしげる。

 それを見てアッシュは笑いながら言う。


「うん。アイリーンには言ってないけど、最近みんなが俺を貴族にする話をしてるんだよ。それでどうしようかなって悩んでてさあ」


 アッシュも詳しい内容こそわからないが、なにをするつもりかくらいは知っていた。


「にいたんは貴族になるの?」


 レベッカが聞いた。

 それほど意味はない質問だろう。

 だけどアッシュはよく考えるとしみじみと言った。

 それだけアッシュには意味のあることだった。


「ガラじゃないよねえ……ケーキ屋だったらまだわかるけど。貴族になった自分を想像できない」


 アッシュは何度想像しても貴族になった自分が想像できない。

 ケーキ屋や農夫、傭兵、やったことがない職種では下級騎士くらいまでなら想像できるが、貴族はまったく想像できない。

 傭兵なら過去の経験があるし、農夫やケーキ屋ならここ一年でイメージをだいたいつかめてきた。

 下級騎士なら毎日行進と武具の手入れ、馬の世話におわれることだろう。

 だが貴族だけは想像できないのだ。

 確かにアイリーンは貴族だがアッシュの本能はあれは特別だとささやいていた。

 実際間違ってはない。

 そうなるとせいぜいが高そうな服に身を包んで偉そうにしているという貧困なイメージである。


「にいたんはにいたんです。……でも貴族ってなあに?」


「貴族って……そう言えば貴族ってなんだろう?」


「なんで貴族は偉いんですか?」


「なんでだろう?」


 そう言えばアッシュは貴族がなぜ偉いかなんて考えたこともなかった。

 アッシュは考える。

 なぜ貴族に人は従うのだろう?


「うん。わからん」


「わかりませんねー」


「じゃあにいたんはこれから何がしたいんですか?」


 アッシュは考える。

 レベッカがいて、アイリーンがいて、ベルがいて、アイザックとカルロスもいる。

 それで瑠衣がケーキ目当てに遊びに来て、夕方から悪魔がケーキを買いに来る。

 そんな生活が一番理想なのだ。


「とりあえずレベッカやみんながいる生活かなあ」


「あい♪」


 アッシュはやはりぶれてはなかった。

 アッシュが心から欲するのは今の生活だ。

 今が一番理想なのだ。

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