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ドラゴンは雄っぱいがお好き ~もしくはドラゴンの恩返し~

 アッシュは自分の屋敷……大きいだけで屋敷と言うにはあまりにも悲惨な状態の廃屋に入る。

 屋根はボロボロ、床は穴が空いている惨状である。

 その家の中に入るとアッシュはかろうじて朽ちていない木製の台の上にレベッカを乗せる。

 そして部屋の奥にあるカバンを漁る。

 レベッカの羽の治療をしようというのだ。

 この世界には医者はほとんどいない。しかも医療のレベルは絶望的に低い。

 治療魔法の使い手は存在するが利用できるのは貴族だけだ。

 ゆえに庶民は自分で薬を調合するほかない。

 いやむしろ農民や傭兵の方が高い医療技術を持っているのだ。


「炭に油にヨモギに……あとは薬草を混ぜて……」


 アッシュは皿に材料を入れ猛烈な勢いで潰しながら混ぜる。

 あっと言う間に材料がドロドロになる。


「ほいできた。傭兵特製の湿布薬だ。ほいレベッカ、大人しくしろよ」


「はーい」


 アッシュはできた薬を木の匙ですくうとレベッカの折れた羽に塗っていく。


「やーん冷たい」


 レベッカはキャッキャッと笑いながら身をよじる。


「ほーれ我慢我慢」


「はーい」


 レベッカは目をつぶってぷるぷるしていた。

 くすぐったいのが苦手なようだ。

 アッシュはレベッカの様子にほんわかしながら羽に薬を塗ると古着の切れ端で羽を縛った。一応添え木も当てておく。


「ありがとうです」


 レベッカは尻尾をふりふりした。

 アッシュはそれを見てレベッカの頭をなでなでする。

 レベッカは目を細めた。


「さてと、治療もしたし次は食事だな」


 アッシュは今度は食事の用意に取りかかる。

 薄く切ったライ麦の黒パンと干し肉を戸棚から出した。

 一人暮らしを想定していたため食事は雑なものだった。


「こういうのしかないけど苦手なものないか?」


 レベッカはニコニコする。


「嫌いなものはないです。にいたんありがとうです」


「じゃあ食べようか」


「あい」


 レベッカは器用にパンをもぐもぐと食べる。

 その食欲は旺盛で自分の分を一瞬で平らげる。

 アッシュはそれを見て笑った。


「もうちょっと食べるか?」


 レベッカはふるふるふるふると首を振った。


「にいたんも食べてください」


 だがニコニコ笑うレベッカのその口からはよだれが垂れている。

 アッシュはレベッカの頭を撫でる。


「いいからいいから。食べなさい」


 アッシュは自分の分を全部レベッカにあげてしまう。

 傭兵であるアッシュは空腹には慣れている。

 兵站がなくなることも一度や二度じゃない。

 このくらいは普通のことなのだ。

 それになんだかレベッカは放っておけないのだ。


「……ありがとうです」


 レベッカは申し訳なさそうにパンを食べた。

 それでも体は正直なもので尻尾は揺れていた。

 アッシュはレベッカの頭を撫でる。


「いいからいいから。んじゃ俺は寝床作ってくるわ」


 パンをもしゃもしゃ食べているレベッカを尻目にアッシュはベッドルーム……かつてベッドルームだった朽ち果てた部屋に行くと床にあらかじめ部屋に運んでいた藁の塊に布をかける。

 寝床作りである。

 レベッカの分の小さなスペースも一緒に作る。


「寝床できたぞー」


「はーい」


「さて油ももったいないし食べ終わったら寝るぞ」


 アッシュは食器も明るくなったら洗うつもりだった。

 アッシュは節約主婦のようなオカン属性を身につけていたのである。

 こうしてたいへんな一日は終わった……かのように見えた。


 夜間。

 アッシュは寝付きが良い。

 いつ睡眠を取ることができるかわからない傭兵業では必須のスキルである。

 一見化け物じみたフィジカルだけしかないように思えるアッシュもやはりプロの傭兵なのだ。

 そんなアッシュに迫り来るものがあった。

 殺気はない。

 そんなものがあればアッシュは目を覚ましただろう。

 それは小さな生き物だった。

 小さい手足に羽の生えたピンク色の……要するにレベッカだった。

 レベッカはアッシュの寝ている藁の寝床によじ登る。

 レベッカはアッシュの様子を見る。

 アッシュは寝息を立てていた。

 それを確認するとレベッカは両手を挙げた。


「妖精さん。妖精さん。おうちを直してください!」


 ぴかりとレベッカの体が光る。

 光が止むとレベッカはふうっと息を吐いた。


「ふー。疲れたの~。あとはお願いします」


 レベッカは見えない誰かにぺこりと頭を下げた。

 そしてアッシュの胸の所までやって来ると、くるくる回ってアッシュに体をくっつけて寝そべった。

 でもどうにもすわりが悪いらしく今度はアッシュによじ登る。

 そして腹の上でくるくるまわると寝そべる。

 でもそれも違う。

 最後にレベッカはアッシュに体をくっつけて脇の下に寝そべるとその発達した大胸筋、いわゆる雄っぱいにアゴを置いた。

 そして一言。


「にいたんおやすみなさーい」


 そうつぶやくとレベッカはすぐに寝息を立てた。


 朝。

 野鳥のさえずりが聞こえる中、アッシュは悩んでいた。


(……ここはどこだろうか?)


 アッシュが起きるとそこは自分の部屋ではなかった。

 なぜかレベッカが寝床にいるのはいい。

 アッシュもなんとなくそうなるような気がしていた。

 だがこの部屋の有様は問題だった。

 まずアッシュの寝ているベッド。

 寝ていたはずの藁の寝床ではない。ベッドである。

 今まで味わったこともないようなフカフカのベッド。

 しかも天蓋付きである。

 アッシュが寝ぼけ眼でベッドから出ようとするとアッシュにぴったりと体をくっつけて眠るレベッカの存在に気がついた。

 レベッカはアッシュの胸を枕にしてすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

 アッシュはそうっと気をつけながらレベッカの頭をベッドに置いた。

 ベッドから出たアッシュは室内の様子を見て驚いた。

 窓には気泡のない平らなガラス戸。

 そこにはレースのカーテンがさわさわと揺れている。

 朽ちて崩れたかび臭い壁は白い新品同様の壁に変わっていた。

 フローリングの床の上には趣味のいい家具が並び、その上には素晴らしい手仕事のぬいぐるみが並ぶ。

 焦ったアッシュはリビングに向かう。

 本当だったら床も天井もボロボロのはずのリビングも変貌していた。

 雨漏りのせいで穴が空いていた床はベッドルームと同じようにピカピカのフローリングに、朽ち果てた屋根は天窓付きの豪華なものに変わっていた。

 リビングに置かれたソファーや椅子にはかわいいクッションが置かれ、部屋にあった腐った木の塊は本棚に変化していた。

 アッシュの大きいだけのボロ屋は女の子の好きそうな『かわいい家』へと変貌していたのだ。


(な、なんじゃこりゃ~!)


 アッシュは目を剥いた。

 アッシュのその顔は気の弱いものならショック死しかねない表情だったが、幸い誰もいないので被害はない。

 アッシュは踵を返し、レベッカの寝ている寝室に行く。


「れ、れ、れ、れ、レベッカ。たいへんだ! い、い、い、い、家が!」


 珍しくかなり焦った様子でアッシュはレベッカをゆすった。

 寝息を立てていたレベッカの目が開く。


「うーん……おはようですの~」


 目がとろんとしたレベッカはまだ眠そうである。


「レベッカ聞いてくれ。家が直った……」


「あい……妖精さんが直してくれました」


 レベッカはまだ眠いのかこくりこくりと船を漕ぐ。


「おーい。起きろー」


「あい……」


 ごしごしとレベッカは目をこする。


「家が直ったんだけど、原因はわかる?」


 アッシュが真剣な顔で聞くとレベッカは大きな口を開けて欠伸をした。


「あい。妖精さんに頼んで直してもらいました……」


 そしてもう一度こくりこくりと船を漕いだ。

 アッシュはそれ以上の追求をあきらめざるを得なかった。

 アッシュはぽりぽりと頭をかくと水を汲もうと思った。

 バケツを拾うと城の受付のように綺麗になった玄関行き、その玄関ドアを開けた。

 アッシュは一瞬目を疑った。

 外に広がるのは一面の黄色。

 それはひまわり。

 ひまわりの花が庭を埋め尽くしていた。

 アッシュはガシャンとバケツを落とした。

 そして……


「メシでも作るか……」


 ポリポリ頭を掻くとと嬉しそうに言った。

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