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名探偵アイリーンは推理より添い寝なのである

 老け顔が原因で殺し合い寸前まで行きそうになった男二人を強制解散させたアイリーンは執務室でため息をついた。


「はあ、まったく男ってのはいくつになってもバカだな!」


「お殿様もそうですからねえ」


 ベルも同意する。

 殿様とはパトリック・ベイトマン辺境伯のことである。


「……まったくだ。年頃の娘がいるというのに全裸で廊下をウロウロしおって……ってそっちではない!」


 どうやらパトリックは自宅では裸族らしい。

 意外に普通のオッサンである。


「殿様のことは一時置きましょう。それにしてもあの温厚なアッシュ殿が怒るくらいですからガウェイン殿が悪いんでしょうけど」


 アッシュはなにせ性格がいい。

 だからその性格を知っている人間には全幅の信頼を置かれているのだ。


「よほど失礼なことをしたのだろうな。と、言っても私たちも初対面はひどかったがな……」


 アイリーンたちも初対面では殺人鬼呼ばわりして攻撃した。


「……考えるのはやめましょう」


「そうだな。今思えば愚かだったな」


 完全に黒歴史である。

 今ではアイリーンも猛省している。


「それで……ガウェイン殿の話はどこまで真実だと思われますか?」


「すべてだろ? 嘘や搦め手を使うタイプではないと思うがな」


 訳すと「脳筋おバカ」である。


「難民の方も搦め手ですらないだろうな。見つけたから連れてきたんだろ。なにも考えないで」


「そうですが……まあそうなんですが」


 ベルも否定はしない。


「ただ……一方的な見方からの発言だ。視点を変えれば別の事実が出てくるだろうな」


 アイリーンは頬杖をつく。


「と、言われますと?」


「いろいろ矛盾しているのだ。なぜ皇帝がアッシュを狙う? 田舎のケーキ屋を暗殺する皇帝がどこにいる? 私をさらって来いってのもおかしい。わざわざ家臣として代官をやってやると言ってるのにわざわざ私をさらってくる必要がどこにある? 私をつかまえたければ難癖つけて呼び出せばいい」


「なるほど……たしかに謎ですね」


 確かにアイリーンもアッシュも表面的には皇帝に協力的なフリをしている。

 だとしたら危害を加える必要はない。


「私たちの契約やドラゴンライダーの存在を皇帝がすべて知っていることが前提だがな」


「アッシュ殿が初代皇帝陛下の血を引いていることを皇帝陛下がご存じであると?」


「たぶん知ってるんだろうなあ。それだって100年以上前のことだ。だったら断絶した侯爵家あたりの落とし子ってことにして親戚にでもしてしまえばいい。それでロイヤルファミリーでも親戚でもいいから娘と結婚させて自分の家に取り込んでしまえばいい。いっそアッシュを皇帝の娘の婿にして次代の皇帝に据えればいい。悪魔とドラゴン公認の最強の皇帝の誕生だ。誰も逆らえんぞ」


 アイリーンは足をプラプラさせた。

 貴族の子女にあるまじき行儀の悪さだがベルも細かいことは言わない。

 アイリーンがそれだけ集中しているのを知っているのだ。


「……なるほど。でも……アイリーン様はそれでいいので?」


「うん。悪魔との契約を盾に全力で邪魔するつもりだ」


 アイリーンはにこっと愛らしい笑みを浮かべた。

 なぜか笑顔なのに問答無用の迫力がある。


「……留意しておきます」


 アッシュをとられたら世界を滅ぼすつもりだ。

 ベルは確信した。


「ではレベッカの存在でしょうか? ドラゴンライダーであることとか?」


「それも違う。両方ともアッシュ殿を取り込んでしまえば解決する問題だ。皇帝にはアッシュどのを敵に回す選択肢はないはずなんだ。もちろん全力で邪魔するがな」


「じゃあどんな理由が?」


 アイリーンは頬杖をついたまま「むー」とうなる。

 すると考えがまとまったのか話し始める。


「まず皇帝はガウェインと伽奈をアッシュに殺させるつもりだった。おそらく皇帝の呪いは伽奈経由だろうな」


「でもそれはおかしいです。伽奈さんを代々使ってきたのでしょう? それなら扱い方もわかっているのではないですか?」


「簡単だ。大使や敵国の重鎮、それに内部の政敵。ベルが殺すとしたらどこで殺す?」


「なるべく自分が関係しているとわからないように相手の自宅で殺害致しますわ」


「皇帝なら揉み消すことも自由自在だろうな。でも殺したという噂は流れるぞ」


「ではどうやって殺害なさるのですか?」


「王も同席した状態で衆目の目の前で堂々と呪う」


「そんなの可能なんですか?」


「ああ簡単だ。伽奈をメイドに紛れ込ませて肉の焼き加減でも質問してやればいい。お茶に砂糖を入れるかとか、もっとくだらないことでもいい。とにかく耳に入れば死亡が確定する。連続して何度もはできないがほとぼりが冷めれば何度でも可能だ。さらにターゲットを絞り呪いの効果を遅らせることができれば完璧だ。誰にもわからない」


「皇帝陛下まで死んでしまいますよ」


「そこで盟約だ。盟約の力は呪いにも効果があるんじゃないか?」


「呪の無効化ですか……」


「ああ。今までは無茶な暗殺もできたんだろうな。ところが約束を破りまくった挙げ句に契約の破棄で今や皇帝は死にかけていると。伽奈に呪いをかけられたか、それともあちこちに呪いをかけた反動か。どちらにせよ自業自得の極みだな」


「アイリーン様はどうすると思っておられるのですか?」


「例えば私を殺して盟約を奪ってもいいだろう……いや、奪う方法を知っているんじゃないか?」


「大事じゃないですか!!!」


「まあな。でもアッシュがいるから大丈夫だろう? アッシュにかなう人間なんていると思うか?」


 なにせ筋肉だけで成層圏まで辿り着く男だ。

 負ける姿が想像できない。


「アイリーン様は危機感がなさすぎます! アッシュ殿だって呪われたり毒を受けたりすれば……多少は痛い思いをするかもしれません」


 ベルも負ける姿が想像できなかったのかトーンダウンする。


「まあな。まだいくつかわからんこともあるしな」


「なんですか!? 正直におっしゃってください!」


「いやな、まずアッシュをどうしたいのかわからない。味方にしたいのか? それだったらガウェインを殺させる必要はないはずだ」


「アッシュ殿の性格じゃ反感を買うだけですね」


「じゃあどうしたいのか? 私が思うには皇帝はアッシュもガウェインも伽奈も殺すつもりだ。私は連れ去ってどうにかされるんだろうな。考えたくもない」


「どういう意味ですか?」


「伽奈を殺すのは呪いを解くため。ガウェインは邪魔だから。私は盟約を取り戻すため……でもなぜアッシュを害そうとするのかわからない。瑠衣殿を敵に回すぞ」


「瑠衣殿を敵に回したら死より壮絶な最期を迎えるような気がします」


 間違いなくろくな目にはあわないだろう。

 明らかにハイリスクである。


「アッシュ殿だってそうだ。個人で国と戦争ができる男だぞ。知っていれば敵にまわすはずがない」


 なぜかアイリーンが胸を張る。


「そうですね。皇帝陛下はアッシュ殿を過小評価してるんでしょうか」



「違うな。皇帝は……知ってるけど殺さねばならないのだ」



 アイリーンは断言した。


「それってどういう意味……」


 ベルは最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。

 なぜなら執務室に客が来たからだ。


「あのね……ねんこなの」


 うつらうつらとしながらやって来た客はレベッカだった。

 今日はアイリーンと一緒に寝る日なのだ。

 眠くなるまでアッシュと遊んでもらったらしい。

 もうまぶたが下がって目がとろんとしている。


「うん。お姉ちゃんと一緒に寝ような♪」


「あい」


 アイリーンはレベッカを抱っこして寝室に向かう。

 そして執務室を出る寸前、ベルに言った。


「ベル、ここ20年で廃絶になった家を調べろ。もしかするとアッシュ殿の出生の秘密がわかるかもしれんぞ」


 こうして名探偵アイリーンはレベッカとの添い寝を優先させるのだった。

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