伽奈
代表者であるガウェインと連れの女性は屋敷に案内される。
アッシュは二人を監視するように後ろにピタリとついていく。
その態度はアッシュとしては珍しいものだった。
ピリピリとした空気がアイザックにまで伝わってくる。
それはアイリーンやアイザックを守りたいという思いからだった。
それはガウェインも同じだった。
女性に危害を加えられるのを避けたいと思っているのかアッシュを一撃で葬る隙をうかがっていた。
綱を渡るような緊張感がアイザックにまで伝わってくる。
正直言ってアイザックは殺気酔いで吐きそうだった。
そんなガウェインの裾を連れの女性が引っ張る。
するとそれまでガウェインからあふれていた殺気が急に収まる。
「どうした伽奈?」
ガウェインが女性に話しかけると女性はフルフルと顔を振る。
するとガウェインは額に皺を寄せながら眉毛を下げた。
それはどうにも締まらないといった表情だった。
「わかったよ。やめるよ! そんな目で見るな」
ガウェインは振り向くとアッシュの前に出る。
「女房がやめろってよ。悪かったな」
「わかった」
アッシュの方も臨戦態勢を解除する。
アイザックはため息をつくと文句を言う。
「あー、まったく、あんたらいい加減にしてくださいよ! あんたらが戦闘を始めたら巻き込まれた俺なんてその場でミンチですって」
「おう、アンタ、それがわかるってことは実はアンタも相当やるね」
ガウェインはへらへら笑って面白そうにしている。
「あんたらみたいな化け物クラスの使い手と一緒にしないでくださいって。俺が狙ってるのは田舎の騎士団の2番手なの!」
アイザックはガウェインとアッシュの殺気のぶつけ合いから逃げ出すだけの腕はある。
それそのものが異常の証明なのだがアイザックにその自覚はない。
「アッシュさん、アンタの友達は面白えな」
「まあな」
永遠にも思える数分が経過し、二人の間に緊張がなくなる頃、一行は館にたどり着く。
玄関のドアが独りでに開き幽霊メイドのメグが出迎える。
ガウェインは一瞬眉をひそめるがすぐに普通の表情に戻った。
それだけでもガウェインが教会に反する超常現象を体験したことがあるということがわかる。
「お帰りなさいませ。アッシュ様、アイザック様」
「難民の代表者を連れて来ました。アイリーン様にお取り次ぎを」
お取り次ぎもなにも普段は鍵がかかっていないときは執務室も各私室も出入り自由である。
と、いうか……そもそもこの屋敷はアッシュの家である。
だがここはアッシュもアイザックもあえて貴族への格式張った振る舞いを選択した。
「かしこまりました。しばしお待ちください」
メグはすうっと姿を消す。
やはりガウェインもその妻も平然としていた。
だがさすがに驚いたのかガウェインも口を開く。
「ここは幽霊も雇ってるのか?」
「ありゃ生きてるときからアイリーン様に仕えている古参です。大先輩を差し置いて出しゃばるなんてできませんね」
アイザックの軽口を聞いてガウェインが妙な顔をした。
「そうか……ここは人外の存在も許している村なのか」
「明確に区別はしませんね。そういう村です。なれてください」
言い方は柔らかいが、訳すれば「嫌なら逃げ出してもいいんだぜ?」である。
敵対的な人間よりはケーキを買いに来た悪魔。
アイザックもまた悪魔たちになれてしまっていたのである。
「なるほど。それはよかった」
ガウェインは心の底からほっとした顔をした。
それがアイザックには気になっていた。
しばらくするとメグが姿を現す。
「お客様。アイリーン様の執務室へどうぞ」
執務室に入ると作業着と化しているいつもの軍服を着たアイリーンが迎える。
ベルも秘書官としてすぐ横に控えている。
アッシュとアイザックも護衛としてアイリーンの傍らに立つ。
ちなみにカルロスがレベッカ係である。
「あの有名な百剣のガウェイン殿か。代官のアイリーンだ。どうぞ座ってくれ」
「かたじけない。こちらの連れは妻の伽奈だ」
伽奈がぺこりとお辞儀をする。
それを見てアイリーンはニコニコとする。
「これはこれは、奥方は悪魔であらせられるか」
「はあッ!?」
アイザックが目を見開いた。
アッシュも仮面の下で驚いていた。
「なんだお前ら。見ればわかるだろ」
「いやいやいやいや。普通わからないですから!」
「いやわかるだろ? 瑠衣殿だって人間とは違うし。ほら、なんとなく。こう……」
具体的には表現できないらしいがアイリーンには人型の悪魔と人間には明確に違いがあるらしい。
ほぼアイリーンの特殊能力である。
「強いとは思ってたけどそういうわけか……」
仮面に赤く表示されたのも納得である。
ガウェインより強い可能性も高いのだ。
だが人間よりは思考が合理的なため話しやすい相手には違いない。
「それで用件は難民の受け入れだったな」
「そうだ。ここになら土地も食料もあると聞いている」
「土地はある。戦災で焼けているから直して使うがいい。畑も放棄された土地が大量にある。道具も貸そう。だが食料に関しては配るほどはない。ストックはこの屋敷の皆の分だけだ。金の方も物品の換金が終了するまではない」
「なるほど聞いてたのとは違うが実に現実的だ。想定内だ」
金も食料もやるからと甘い言葉をかけられて信じたところで奴隷として売り払われるよりは「ないものはない」といわれた方がマシである。
だがメンツで食べている貴族がそれを外部の者に言うのはメンツが潰れるので避けるはずだ。禁忌に近い。
それなのに開けっぴろげにそれを語ったアイリーンをガウェインはただ者ではないと評価した。
「それとこの村の注意事項だ。戦争以外で人は殺すな。人身売買もするな。それに関わった人間は村に入れるな。それでも立ち入ったら身の安全は保証しない」
「……それは脅しか?」
「警告だ。この土地を守るのはドラゴンと瑠衣殿だ。奥方が悪魔ならわかるだろう?」
「有名か?」
ガウェインが聞くと伽奈はコクコクとうなずいた。
その様子は必死である。
やはり瑠衣は悪魔の中でも有名なのだ。
「……わかった。逆らうのはよそう。外で待っている連中に言っておく。ついでにこちらも注意事項だ。伽奈に声を出させるな。死にたくなければな」
「なぜだ?」
「伽奈の声には呪いがかかっている。聞いたが最後、即死に石化に老化に、若はげも……とにかくありとあらゆる呪いをかけられる。死にたくなければやめておけ」
(おや? どこかで聞いた話だな。まあいいや)
アイリーンはわりとおおざっぱな性格である。
「なるほど。わかった。屋敷と村のものには伝えておこう」
ぺこりと伽奈が頭を下げた。
「それとついでにガウェイン殿、貴公が村長になってくれないだろうか? つい先日、この村の村長が行方不明になってしまったのだ」
「行方不明にね……」
「ああ、行方不明だ。しかも村のものは女子どもと老人しかいない。こちらとしては宮仕えの経験のあるものが欲しいのだ。その点ガウェイン殿は難民をまとめる実力がおありだ。ぜひ村長をお願いしたい」
「承知した。でもいいのですか、私がなぜ近衛騎士を辞したのか聞かなくて」
「この村に立ち入ることができた時点で罪人ではないはずだ。だとしたら聞くまでもない。言いたくなったら言ってくれ」
もはやドラゴンにも悪魔にもなれているし、アッシュの押しかけ妻状態のアイリーンにとっては人の過去などどうでもいい情報でしかない。
もはや瑠衣に育てられたとか、実はこの国の正当な王であるとかのレベルの爆弾情報でもなければ驚くこともないのだ。
「クリスタルレイクの代官は肝が据わった大物であらせられるようだ。いやこちらからお頼み申します。ぜひ村長に任命してください」
「あいわかった。ではガウェイン。最初の仕事は寝床の確保だ。家の修復などの仕事を割り振ってくれ」
「承知致しました」
こうして難民数百人がクリスタルレイクの新たな住民になることが決定したのである。