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後片付けとミミズコンポスト

 皇帝が去り、アッシュたちは後片付けに奔走していた。

 無駄に多い家来衆のせいで村が汚れに汚れていたのだ。

 ゴミをゴミ箱に捨てるというのはたいへん高度な文化である。

 まだこの世界では一般的ではない。

 高度な教育を受けた貴族ですら「あとで誰かがやるだろう」とか「やっといてくれよ」という程度のものである。

 汚くなったエルムストリートで掃除魔のアッシュは嬉々として掃除にいそしんでいた。

 この巨人、なにげにきれい好きである。

 幽霊メイドに掃除の仕事を奪われてしまったが思う存分掃除ができるのだ。

 アッシュは嬉しそうに掃除をする。

 とは言ってもその勢いはロボット掃除機どころではないまさに掃除マシーンと化していた。


「うおおおおおおおおおッ!」


 アッシュはレベッカを肩車しながら怒濤の勢いでゴミを片付けていく。


「にいたん凄い!」


「ふはははははははは!」


 実に楽しそうにゴミを片付けていく。

 レベッカもキャッキャッと喜んでいた。

 それとは対称的に気分が落ち込んでいるのがアイリーンである。

 ベルやアイザック、カルロスたちとダラダラと掃除をしていた。


「それにしても皇帝もエドモンド殿も好き勝手を言って! なんで我らが皇帝の言うことを聞かねばならない! ああ、もう! 頼んでもいないのに来て好き勝手に汚して!」


 ほうきを持ったアイリーンがゴミに蹴りを入れる。


「アイリーン、放っておけばいい。どうせなにもできない」


 アッシュが珍しくバッサリと斬り捨てた。

 他の全員の視線がアッシュに集まる。


「珍しいな。なんだかんだで他人に甘いアッシュが斬り捨てるなんて」


「アイリーンやレベッカが巻き込まれるとしたら別だ。危ない目にはあわせない」


 アッシュは断言した。


「あ、ありがとう」


 アイリーンの顔が真っ赤になる。

 レベッカはそれを見て「んー?」という顔をしている。


「はいそこ! 初々しい空気を出さない!」


「んなッ! べ、ベル、初々しいって」


「ひゅーひゅー」


 ベルは珍しく態度が悪い。

 確かベルはレベッカ目当てにアッシュと結婚しようとした。

 もしかして焼き餅とか牽制とかそういう気分なのかもしれない。


「お前は子どもか! ……お、お、お、お、お前、もしかしてアッシュ殿をとられそうとか思っているのか?」


 自分で言ったセリフにあわてるアイリーンにベルは元気いっぱいに答える。


「いいえ。私はレベッカたんのお母さんになりたかっただけです! アッシュ殿を手に入れようとしたのは手段にしか過ぎません! むしろアイリーン様にアッシュ殿を押しつけて親戚のお姉さんポジションをゲットするつもりです!」


 胸を張り外道が言い放つ。

 アッシュもこれには喜怒哀楽どれにも属さない顔をしている。


「あ、ああ、うん。そ、そうか」


 誰もがツッコミを入れる気力がわかない。

 ベルから目をそらす。

 アッシュですら不自然に視線を彷徨わせていた。

 レベッカも「きゅっ?」と首をかしげていた。

 やってしまった感があふれ目をキラキラさせるベル以外が押し黙る中、アッシュが話題を変えようと話をする。


「それにしても皇帝の呪いってなんだろうな? 見たところ死にはしないようだけど」


「死にますよ。それも近いうちに」


 皆が声の方を向くとゴミ袋代わりのズダ袋を持った瑠衣がいた。


「る、瑠衣殿。いまなんと?」


「もう皇帝は長くありません。あの呪いは明らかに殺意のこもった呪いです。ぱっと見ただけでも即死に石化に病気に老化の呪いまで。本気ですね」


「……壮絶だな」


 アイリーンは他人事といった気分だった。

 だがアッシュは違った。


「即死の呪いをかけられているのになぜ生きてるんですか?」


「盟約の効果です。悪魔の呪いが緩和されます」


「盟約は破棄されたのでは?」


「ええ。ですからアッシュ様とアイリーン様の国民として盟約の効果が発生してます」


「……それをエドモンドさんに教えなくていいんですか?」


「あの子はあれで優秀なんですよ。手遅れになる前に気づくでしょうからそのうち泣きついてくるのでそれまで放っておきましょう」


 瑠衣は案外厳しい教育方針であるらしい。


「それにエドモンドには盟約がアイリーン様によって更新されたことをヒントとして伝えてあります。これで気がつかなかったらお仕置きです」


 やはり厳しい。

 アッシュは今度はアイリーンの方を向く。


「アイリーンはどうする?」


「エドモンド殿が気づくまで放っておく。皇帝には貸しはあっても借りはない」


 アイリーンはやはり厳しい。

 服従魔法が解けていたアイリーンは皇帝の価値を正しく認識していたのだ。

 アッシュも同意見だった。


「俺もその方がいいと思う」


 そう言うとアッシュは瑠衣が持ってきたズダ袋にゴミを入れる。

 あとでゴミ処理機でミミズの餌にする予定だ。

 ゴミを入れるアッシュを見てアイザックが茶々を入れる。


「アッシュ殿、本当にこんなんで畑の肥料ができるんですか? ミミズにそんな力があるんですかね」


「傭兵団で教わったやり方だ。ミミズの種類にもよるんだけど、だいたいミミズが数千匹くらいに増えれば生ゴミで次から次へと肥料ができるぞ」


「でも肉とかは別なんですよね?」


「ああ、ミミズだと処理できる量が少ないんだ。だから肉は落ち葉と一緒に焼いてから埋める。ネズミが増えると厄介だからな。アンデッドよりそっちの方が被害が大きい」


「なるほど。農業にも理屈があるんですねえ」


「まあね。傭兵ギルドなんてのは食い詰めた農民とか、アカデミーに家を追い出された放蕩息子に元商人、いろんな仕事をしてたのがいるからね。いろいろな仕事を教えてくれるんだ。今回の方法は傭兵団でも鉢植えは成功してたからホラではないしね」


「なるほどね……って、もしかして最新技術なんですか!」


「よく知らない」


「聞いたことないと思ったらアカデミーの技術かー!」


 アイザックは驚いている。

 本当だったら知識と引き替えに大金を要求されるような技術なのだ。


「本当は家畜の糞を半年置いたものとかを使いたいんだけど、家畜はまだ手に入れてないからねえ。とりあえずミミズで行こうと思う」


 アッシュの話を聞くとレベッカは神妙な面持ちで言う。


「ミミズさん凄いんですね……」


「レベッカはミミズ苦手なのか?」


「あい。触るとビクビクって動くのが嫌なのです……」


 触ったことはあるらしい。

 案外レベッカはアグレッシブだ。


「噛みつかないから大丈夫だよ。それに秋になったらイナゴさん取りもするしな」


「イナゴさん!」


 レベッカはアッシュに肩車されたまま大喜びする。

 子どもと虫は基本的に相性がいいのだ。


「わ、私は手伝わないからな!」


「あ、私もさすがに無理です」


 そのくせ、なぜ大人になると虫を触れなくなるのだろう?

 女性陣は虫だけは嫌と拒否する。

 彼女たちも昔は虫を触って遊んでいたはずだ。

 なぜこんなにも嫌うのだろう。

 アッシュは不思議でしかたがない。

 しかたなくアッシュはミミズが待っているゴミ捨て場に野菜クズを捨てた。

 さて皇帝の呪いは一時棚上げになり、あとは農作業だけとなるはずだった。

 だが彼らの領土であるクリスタルレイクは今や各所で注目の的だった。

 なにせ皇帝が直々に視察に来るほどの土地なのだ。

 さらには土地を失った難民、ごろつき、逃亡奴隷、彼らの間で『裕福に暮らせる天国のような場所』という妙な噂が流れていた。

 彼らは一斉にクリスタルレイクを目指したのである。


 そしてそんな中に一組の若い夫婦の姿が。

 夫の方は引き締まった体に長剣を背負った男。

 女の方はいかにも商人の娘といった育ちのよい格好。

 そんなちぐはぐな二人もまたクリスタルレイクを目指していた。

 この夫婦がさらなる事件をもたらすことをまだアッシュたちは知らなかった。

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