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皇帝の呪い

 多少の混乱はあったものの事態の発覚を恐れた偉い人たちの力技により軽食の時間が終わった。

 あとはそこらを馬車がウロウロして視察は終了のはずなのだが、なぜか人払いがされアイリーンたちはまとめてエドモンドと面談をすることになった。

 そこは急遽設置されたテントの中だった。

 アイリーンは貴族の令嬢らしく椅子に座ってお茶を楽しむ。

 その後ろに女官としてベルが立ち、アイザックとカルロスは居心地悪そうに二人の後ろで立っていた。

 さらに山盛りのお菓子を前に椅子に座っている瑠衣がいる。

 その後ろに元騎士団長のギリアンが立っている。

 そこにエドモンドが責任者クラスをゾロゾロと連れてやって来る。


「アイリーン殿。お待たせしてすまない」


 アイリーンはその場で立つと足は肩幅、手を後ろに組み答える。

 完全に武官の作法である。

 さすがにアイリーンも少し緊張していたのである。

 間違いに気づかないまま続けてしまう。


「は、こちらもアッシュ殿とレベッカが到着しておりません」


 アイリーンの様子を見て司教がバカにしたように笑った。

 するとエドモンドの目つきが変わる。


「司教閣下。私は言ったはずです。この場におわすのは我々全員をこの場で抹殺できる勢力の代表です。閣下の一挙手一投足で我々、ひいては帝国全体の興亡が決まるのですよ」


「ふふふふ。エドモンド殿。こんな小娘にそんなことができるはずがないだろう」


 エドモンドがため息をつく。

 ちょうどいいことにそこに伝令の騎士がやって来る。


「アッシュ殿参られました」


「入ってもらいなさい」


「は!」


 伝令に連れられアッシュが入ってくる。

 いつぞやの騎士風の髪型で一番大きい騎士の制服を羽織っているが断じて騎士には見えない。

 ずさっと音を立て司教が椅子から立ち上がる。


「そ、それは(・・・)、なんだ!?」


 司教がアッシュを指さし護衛の騎士が身構える。

 アイリーンたちはなれているので逆に「なんでそんなに大騒ぎしてるんだ?」という顔をした。

 エドモンドは司教に言い放つ。


「ノーマン軍一万人を蹴散らした救国の英雄ですよ」


「そ、そんな人間がいるはずがないだろ! いたとしたら悪魔に違いない!」


 アッシュがアイリーンを見る。

 その顔は知っている人間には「この人酷い」と言っているように見えた。


「いい加減にしなさい。恐れているからといって大声を出してもしかたありませんよ」


 エドモンドが司教をたしなめる。


「だ、誰が怖がっているなどと……」


「私は恐ろしい。一万もの兵と高位の悪魔を無傷で退け、帝国史にも記録がある『天使』瑠衣と剣聖ギリアンを従えている男に勝てる勢力などどこにもいません。いま我々は命を握られているんですよ」


 どうやら瑠衣は帝国の公式設定では『天使』である。

 そもそも悪魔は捕食者だ。アッシュ以外の人間が悪魔に勝てるわけがない。

 教会の悪魔を滅せよという教えもはなから不可能な命令なのだ。

 だから高位の悪魔は便宜上天使として扱われている。

 実に人間本位の教えである。

 そんな人間本位の教えの権化は瑠衣と聞いた瞬間、態度ががらりと変わった。


「る、瑠衣だと……」


 司教の顔色が変わる。


「はい。なんでしょう」


 瑠衣が答える。


「あの初代皇帝陛下に仕えていた神の使いの?」


「はい」


 司教がガクガクと震え出す。


「王国史にある悪人を地獄に引きずり込むっていうあの……」


 膝がガクガクと震えている。


「なにか心あたりでもおありかな?」


 エドモンドが意地悪な顔をして言った。


「あらあら詐欺と横領……それに愛人ですか。地獄にはご招待できませんわ」


「あががががが……」


 司教はおかしなうめき声を上げると泡をふく。


「し、司教様!」


 司教は担架に乗せられ騎士に運ばれていく。

 瑠衣が一人を手も触れずに壊すと他のお偉いさんは背筋を伸ばして黙る。


 次に()られるのは誰だ。


 そこにはかつてない緊張が走っていた。


「それで皆様のお許しを頂きたいと思う。アイリーン殿たちに陛下と会談してもらおうと思う」


「エドモンド卿、さ、さすがにそれは……」


「もはや我々には手を下せません。それは皆さんもご存じでしょう。もはや人知を越える存在に任せるしかありません。どうでしょう会ってもらっては?」


 その場にいたすべての重鎮たちが下を向いて黙った。

 エドモンドはそれを承諾と受け取ると席を立つ。


「アッシュ殿、アイリーン殿、皇帝陛下に謁見をお願いいたします」


「は、はい」


 アイリーンは返事をし、アッシュは腕を組んでアイリーンの後ろで立っていた。

 アッシュは最大限アイリーンの顔を立てるつもりだった。

 アッシュからしたら皇帝など、どうでもいい存在だったのだ。


 エドモンドに案内されて一行は皇帝のいるテントに向かう。

 一度は近衛騎士団に止められるがギリアンを見た団長が今度は必死になって団員を止める。

 すぐに一行は中に通された。


 テントの中にはベッドがあるがそこは空だった。

 その代わりに仮面をつけ、寝間着姿の男が椅子に座っていた。

 男にエドモンドは会釈をする。


「皇帝陛下、ベイトマン伯令嬢アイリーン殿、それとアッシュ殿をお連れいたしました」


 皇帝はアイリーンたちを一瞥し、アッシュをじいっと眺めると仮面越しの感情のこもらない目で言った。


「おお、そなたらが救国の英雄たちか」


 それはしゃがれた声だった。

 皇帝は明らかに体調がいいようには見えない。


「皇帝陛下のお体のことを説明して頂きたく思います」


「エドモンド。このものたちに治せるのか?」


「人間の医者よりは可能性がございます」


「わかった。見せよう」


 皇帝は仮面を外す。

 その途端、アイリーンとベルは息を呑んだ。

 皇帝の仮面の下はウロコまみれだった。

 肌が魚のようなウロコで覆われていたのだ。

 黒目も白濁し、まるで魚の剥製のようになっていた。


「いったいこれは……」


「皇帝陛下は昨年以来この状態です。だんだんと皮膚が魚のようになっていくのです」


 エドモンドが真剣な顔をして言った。

 すると瑠衣が断言する。


「これは呪いですね。クルーガーの子よ。どんな恨みを買ったのです?」


「やはり呪いですか……」


 エドモンドがうなだれ、皇帝はクスクスと自嘲気味に笑った。


「教会騎士団が封印を解いたのだ」


 皇帝は薄ら笑いを浮かべるとそう言って黙った。

 しかたなくエドモンドが補足をする。


「一年ほど前から教会がなにを思ったか各地の封印を解いてまわっているのです。お師匠様はご存じでしょうがクルーガー帝国の領土にはあちこちに危険な悪魔が封印されているのです」


 すると瑠衣がさらに補足する。


「彼らこそ伝説に残る『悪い』悪魔のグループです。人間を支配しようなどと無茶な主張されても困るのです。ですので初代皇帝と話し合って眠ってもらうことに致しました。幸いなことについ最近になってアッシュ様なら彼らを滅ぼせることがわかりましたわ」


「ええ。そのせいで陛下は呪いを受けたというわけです。クルーガーの血を絶やせばいいということでしょう」


 それに関して重大な勘違いを皇帝側はしているのだがアイリーンはあえて言わない。

 この場合、真実は確執しか産まないのだ。

 初代皇帝の血を継いでいない皇帝はただの呪われ損である。


「それでお師匠様。どうすればその呪いを解くことができますか?」


「悪魔を封印するか滅すことでしょうね」


「なるほど……やはり……」


「先に行っておきますがアッシュ様に悪魔を倒してこいなんて言わないでくださいね」


 瑠衣がエドモンドに釘を刺す。

 エドモンドは「ハハハ」と笑いながら下を見る。


「でしょうね」


「アイリーン様の一族を捨て駒にしておきながら命令するというのは道理が通りませんよ」


 今日の瑠衣は厳しい。


「それに関しては余が謝ろう。アイリーン、すまなかった」


 王に忠誠を誓っていないアイリーンにとってはその謝罪すらどうでもよくなっていた。

 アイリーンはすでに中央に対する興味を失っていたのだ。

 わずらわしい連中という程度の認識なのだ。


「エドモンド帰るぞ。悪魔の仕業だとわかればいい。ノーマンとの戦争も終結した。次は悪魔との戦争を開始すればいい。教会に戦費を出させるぞ」


 皇帝はなにもわかっていなかった。

 もちろんエドモンドも真実を何度も語ったことだろう。

 だがこの男にはどんな声も届かないのだ。

 アッシュはこの皇帝を心の底から「嫌い」だと思った。

ちなみにこの世界基準では皇帝や司教が頭が固いのではなく、アッシュとアイリーンが柔らかすぎるのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 国の最上位として育ってきてるっぽいし、自分より上の相手なんて居ないと思っていてもおかしくないかぁ。
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