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第二章 プロローグ(少しダーク)

 皇帝がやってくる。

 それはクリスタルレイクに激震をもたらした。

 とは言ってもクリスタルレイクは人口24人。

 なにもない村である。

 人口も少なく産業も存在しない。

 戦乱で避暑地としても機能をしていない。

 それを自覚しているからこそ村長はこの事態を招いた犯人がすぐにわかった。


 アッシュである。


 良家のお嬢さんと思わしき若い女性と駆け落ちしてきて夜になるとあやしげな商売をしている大男である。

 村長には大きな誤解があるがアッシュの生業(なりわい)は農業とケーキ屋さんである。

 近々、アイリーンの家と縁のある商人がマジックアイテムを買い取ってくれることになっている。

 数年は遊んで暮らせる金が手に入る予定である。

 これ以上ないくらい順調である。


 ところが村長はそれを知らない。

 だからアッシュの悪口をブツブツとつぶやく。


「孤児として傭兵ギルドに売った負い目があるからこそ受け入れてやったのだ……それをなんだ。厄介ばかりかけて」


 近くにアイリーンががいたら頭と胴が離れてしまったであろう言葉を村長は次から次へと吐く。


「なにをやらかしたんだあのでくの坊が! まったく無駄飯喰らいめ!」


 ここまでアッシュを恐れないのだから逆に村長は胆力があるのだろう。

 ちなみにここで瑠衣にも殺されかねないレベルの暴言になっているが村長にその自覚はない。

 暇な老人はとりあえず思いつく限りのアッシュの悪口を並べた。

 他にやることがなかったのだ。

 そんな老人の家のドアがこんこんっとノックされる。


「村長いるか? このたび代官に任命されるアイリーンだ。皇帝陛下をお迎えするための相談がしたいのだが」


 現在、クリスタルレイクには領主はいない。

 従って暫定的に皇帝直轄領となっている。

 アイリーンはそこの代官、つまり雇われ店長に任命される予定である。

 確かに形は雇われ店長だがその権限は大きい。

 ほぼ領主と同じ権限を持っている。

 さらに言えばわざわざ皇帝が視察に来るのだ。

 この時点ですでにアイリーンはエリート候補、将来の議会議員とさえ目されていたのだ。

 当然のように村長程度では頭が上がらないのだ。

 村長は扉を開けるとその場に伏せ土下座をした。

 強いものにはどこまでも媚びて弱いものは徹底的に弾圧する。

 それがクリスタルレイクの村長なのだ。

 土下座をしながら声の主をちらっと見る。

 女だ。しかもアッシュのところにいた女ではないか!


「村長。いきなり伏せられても困るのだが」


「へへー」


 一見すると絶対服従をしているが村長は頭の中で必死にアイリーンを値踏みしていた。

 なんてことだ。アッシュの女じゃないか!

 偉そうに!

 この前だって荷物の積み降ろしの人足を集めさせたり面倒な仕事を押しつけやがって!

 アイリーンは取り次ぎをした村長にもちゃんと仲介料を払っていたのだがそれはすでに忘却の彼方である。


「それで何用でございますか?」


 伏せたまま村長は聞く。


「ああ、皇帝陛下が視察に来るというのは聞いているな?」


「ははー!」


「他の視察場所のついでだそうなので二時間もいないだろう。それでも体裁を整えねばならない。わかるな」


「ははー!」


「それでだ。この村では用意は難しかろう。私の知り合いに頼むので村人以外の出入りを許して欲しい。このスケジュールだと夜に作業をすることになるだろう。迷惑をかけるが我慢して欲しい」


「ははー!」


 一見するとどこまも従順である。

 だが、頭を下げながら村長はゲス顔をした。


(くくく。わざわざ貴族が村人以外の出入りに「許して欲しい」などと言うわけがない。つまりなにか見られては困るものを隠しているに違いない)


 貧乏村を生き抜いた村長は異常なほどに政治的サバイバル術に長けていた。

 もちろんアイリーンは瑠衣とステキな悪魔たちを見られたくなかっただけである。

 夜中の話も悪魔を見せたくないのでわざわざ「構うな」という意味の言葉を丁寧に言って釘を刺したのだ。


「ははー。仰せのままに」


 村長は頭を下げながらゲス顔をし続けた。


(くくく。弱みを握って傀儡にしてくれる)


 村長は腹の中で笑いまくった。

 こうして村長の死亡フラグがうち建ったが村長はまだそれを知らない。

 まだ村長はアイリーンの本当の恐ろしさ、悪魔という人脈を知らなかったのである。



 夜間。

 村長は闇に紛れてエルムストリートに忍び込んだ。

 そこは数日前まで瓦礫の山だったはずなのに今では屋敷が修復されていた。

 まるでクリスタルレイクの黄金時代を見ているかのような豪華な様だった。


「な、なんだって……いつのまにこんなものを……」


 村長は心の底から驚いた。

 そして同時に疑惑は確信に変わった。


(やはりあの小娘は何かを隠している。突き止めて傀儡にしてくれる)


 そんな村長のすそをちょんちょんと引っ張るものがいた。


「うん? なんだい引っかけたかな……」


 村長が後ろを振り向くとそこには小さくてピンク色のかわいい生き物がいた。

 しかもフリフリのフリルのついたドレスを着ている。

 まるでお祭りのときの貴族の子どものような格好だ。

 よほどかわいがられているのだろう。

 村長が度肝を抜かれているとその生き物は元気に挨拶をする。


「こんばんは! レベッカです!」


「お、おう……村長です」


「あい! 村長さん。今日はどのケーキにしますか?」


 レベッカは丸っこい目をキラキラさせて聞いてくる。


「け、ケーキ?」


「あい! にいたんはこの町一番のケーキ屋さんなのです!」


(そんな話は聞いてない!)


 村長は真っ先に思った。


(誰だ断りもなく営業しているのは!)


「そ、それで、ケーキ屋さんはどこかな?」


「あい。ついてきてください」


 レベッカがとことこと歩く。

 その後ろを村長もついていく。

 すると行列が見えてくる。

 ケーキ屋はずいぶん流行っているようだ。

 村長はこのケーキ屋に強い関心を持った。


「あのお兄さんのお名前は?」


「アッシュにいたんです♪」


 レベッカは尻尾をふりふりした。

 村長はその姿を見てなんだかほっこりとする。

 まるで孫といるような気分になったのだ。


「そうかそうか」


 村長は最後尾に案内される。

 するとレベッカは前の列に行こうとする。

 あわてて村長は声をかける。


「行ってしまうのかい?」


「あい。お仕事があります! なので、ばいばーい♪」


 レベッカは手を振って行ってしまう。


「おお、ばいばい」


 村長はあまりに上機嫌でその中身のどす黒さも消え失せていた。

 世の中には素敵なこともあるじゃないかと一人で納得する。

 そして待っているとだんだんと目が薄暗さに慣れてくる。

 するとなんだかおかしい事に気づく。

 どうにも大きいのだ。

 前に並んでいる人が。


「あ、あのう……」


 村長は声をかけてみることにした。


「きい?」


 それは蜘蛛だった。

 燕尾服を着てシルクハットを被った蜘蛛が「なあに」と聞いたのだ。


「どわああああああああああ!」


 村長は叫んで尻餅をついた。

 大声を出した村長に周りの何かも集まってくる。

 それは目玉に大きな顎に魚やカタツムリもいた。

 それらに囲まれたのだ。


「うが、うが、うが……」


 あまりのことに村長は過呼吸になる。

 すると聞いたことのある女性の声が聞こえてくる。


「おう、なんだ? え? おじいさんが倒れた?」


 その声の主が村長の近くまでやって来る。


「すまないがどいてくれ」


 そう言うと怪物たちは素直にその声に従った。

 村長は見た。

 代官だ。

 あの代官がいたのだ。


「お、お代官様ー!」


「あ、あれ? 村長?」


 レベッカを抱っこした信任代官アイリーンが来てくれたのだ。


「なんで来たんだ! 釘を刺したのに!」


「つ、つい、好奇心に負けて……」


(やばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよやばいよ)


 村長は『やばいよ』で頭がいっぱいになった。


「まったくしかたないな。これは内緒だぞ」


 アイリーンはイタズラ坊主を叱るような気の抜けた注意をする。

 言うはずがない。

 言ってしまったが最後食われるのがオチだ。

 村長は全力で隠蔽に力を貸す所存だった。

 するともう一人女性の声がする。


「あらあら。人間さんが混じってしまったようですね」


 悪魔の瑠衣である。


「あ、瑠衣殿。村長を家に送り返すのを頼んでいいかな」


「はい。アイリーン様はご契約者ですから。ささ、村長様。こちらへ」


 瑠衣はニコニコしながら村長の手を取って村の方へ先導する。

 村長もここは引いた方がいいと判断し素直についていく。

 二人はどんどん歩いて行く。

 村長は村に帰れるのだと安堵した。

 だがおかしいのだ。

 村の中のはずなのに。

 村の中のはずなのに見たことがない風景なのだ。


「あ、あの……えっと」


「失礼致しました。瑠衣でございます」


「あ、ああ。そうですな。瑠衣殿」


「はい」


「いったいここは……どこですかな?」


「うーん地獄ですね」


 村長はピタリと歩みを止める。


「じ、地獄?」


「はい♪」


「な、なぜ、私が?」


「はい。貴方様からは人間を売ったニオイがします」


 瑠衣はニコニコと笑う。

 それが逆に恐ろしかった。

 それに村長には売ったことに憶えがあったのだ。

 今まで口減らしで数十人、いや数百人も子どもをあちこちに売ってきた。

 だがそれは村人の総意のはずだ。

 非難されるいわれはない。


「あ、ああ、どうして……私は悪いことはしてない!!!」


 村長は怒鳴った。


「悪いとも感じていないことが地獄にふさわしいのです♪」


 瑠衣はにっこりと笑うと村長の襟をつかんで引きずっていく。


「や、やめて! やめてええええええ!」


「盟約により収穫させて頂きますね♪」


 その後、村長の姿を見たものはいない。

 だが残った村人は強欲ジジイの失踪に胸をなで下ろしたのだった。

 これで子どもが売られることはなくなったと。


 それで用意はどうなったのか?

 次の日には皇帝にふさわしいほど町は修復されたのだった。

瑠衣さん無双……


活動報告にも書きましたがアース・スターノベル様より書籍化決定致しました!

がんばります!

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