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私たちの家

 アイリーンは焦っていた。

 それは異常事態だった。

 突如として天を真っ赤に染め上げ直視できないほどのまばゆい光を放つ星。

 それが轟音を立て尾を引きながら空を流れていく。

 そして星はどんどんと大きくなり父であるパトリックが立てこもる砦の方に落ちるのが見えた。

 落下の衝撃でアイリーンの方まで地響きがし地面が揺れる。

 馬は恐怖から暴れ、荷物が荷馬車からゴロゴロと転がり落ちる。

 雇った人足は頭を抱えて地面に伏せ、傭兵たちは地面の揺れに足をとられて尻餅をついた。

 アイリーンはなんとか落馬せずに馬にしがみつき難を逃れる。

 次の瞬間、激しい勢いで飛んできた粉塵があたりを覆い前が見えなくなる。

 これだけをもっても父のいる砦で未曾有の大惨事が起きたことは明白だった。

 アイリーンは粉塵を吸いこまないようにマントで口を覆い即席のマスクにした。


 今すぐに駆けつけなければ。


 アイリーンはそう思い馬を下りた。

 これだけ視界が悪いと馬では逆に危ない。

 言わなくともそれを察したのかベルやアイザック、カルロスは馬を下りた。

 この三人、一見すると変人の集まりなのだが姫の付き人を任されるほど優秀なのだ。

 アイザックとカルロスは傭兵から斥候をしている若者についてくるように命令するとアイリーンを先導する。

 一行は数キロを歩く。

 粉塵の霧は止む様子もなく近くについたはずなのに砦の姿すら見えないほど視界は悪かった。

 なぎ倒された木。

 破壊された建造物。

 その被害の大きさはアイリーンの想像をはるかに超えていた。

 アイリーンたちがさらに歩いて行くと異様な影が見えた。

 姿こそ見えないが粉塵の中から見えるそのシルエットは大きな蜘蛛でその背に人を乗せているように見えた。

 驚いた斥候が思いっきり息を吸ってしまいその場でむせる。

 だがアイリーンたちはまったく驚かなかった。

 むしろいやな予感がしていた。

 どう考えてもあの姿は悪魔。

 クリスタルレイクにお菓子を買いに来ていた悪魔に違いない。


 瑠衣だ。瑠衣殿がいる。

 瑠衣殿がなにかをしたに違いない。


 それを察したアイリーンたちは貝のように口を閉じた。

 四人の間にかつてない緊張感が走る。

 アイリーンは斥候の持っていた望遠鏡を無言で引ったくると粉塵の中をずんずんと大股で進む。

 敵に見つかる心配はないと断言できた。

 ただ気になるのは味方側の砦が近いにもかかわらず人の気配がしないことだ。

 なにか考えもつかないようなとんでもない事態が起きているに違いない。

 アイリーンは砦の近くと思われる場所にまで来ると望遠鏡を覗いた。

 あまりにも粉塵が酷いため断言はできなかったが砦の近くのはずだった。

 だが砦の姿は見えない。

 途中で山滑りでも起きたかのように街道が土で埋まっていたので嫌な予感がしていたが砦は影も形もなくなっていた。

 アイリーンは望遠鏡で兵士たちの姿を探す。

 かなり必死だった。

 被害など想像もつかなかった。

 悪魔の軍勢によって首都が陥落したと聞いても驚かなかっただろう。

 アイリーンの心臓がドキドキと高鳴った。

 口の中は乾き、奥歯に力が入る。

 そしてアイリーンは見つけた。

 背の高い男の姿を。

 遠くからでもわかる特徴的な厚い胸板。

 それが誰であるかはアイリーンには一発でわかった。


「あ、アッシュ殿……なんで、クリスタルレイクに置いてきたはずじゃ……」


 後ろにいたはずのアッシュがいつの間にか前にいた。

 明らかに人間技ではないがアイリーンはなぜかアッシュなら可能なような気がした。


「アッシュ殿? アイリーン様いったいなにが?」


 ベルもすぐさま反応した。


「ベル、先ほどの影は悪魔に違いない。そしてアッシュ殿がそこにいた。先ほどの星の落下。なにがあったと思う?」


「ま、まさか~。いくらアッシュ殿でも~そこまでは~」


 ベルはそう言いながら目だけは笑ってなかった。

 アイリーンも笑い声を出したが目は笑ってない。


「あはははは」


「うふふふふ」


 二人とも乾いた笑いをもらす。

 アイザックとカルロスは「うんうん」とひたすら首をふっていた。


「ふうー」


 アイリーンが息を吐いた。

 深く深くため息をついた。

 そして望遠鏡をカルロスへ放り投げると猛然と走り出した。


「アッシュどのー!!!」


 アイリーンは貴族の娘としてはありえない速度と大股でアッシュに目がけて一直線に爆走した。

 ベルもそれに続き、遅れてアイザックとカルロスも走った。


 アイリーンが爆走して行くとアッシュの近くにもう一人の姿を見つけた。

 この粉塵の中、ありえないほどエレガントな立ち姿の女性がいた。

 瑠衣である。

 犯人はわかった。

 そうだ。やはり味方の仕業だったのだ。


「誰かこの状況を説明しろおおおおおおおッ!!!」


 アイリーンは笑いながら怒鳴った。

 アイリーンの声に気づいたのかアッシュがのんきに手を振った。

 そしてアイリーンは見た。

 アッシュが立っている周辺に寝かされる兵士たちの姿を。

 そして悪魔たちがどこからか運んできては地面に兵士を寝かせていく姿を。

 噂は本当だったのだ。

 一騎当千どころか万の兵もアッシュの前には紙くず同然だったのだ。

 実際の被害は2万を軽く超えているのだがアイリーンはまだそれを知らなかった。

 アイリーンは胸がいっぱいになった。

 どんな形であれ助けてくれたのだ。

 アッシュは助けてくれたのだ。

 これからはこの恩を返さなければならない。

 アイリーンは固く心に誓った。



 喜ぶアイリーンの裏では困った事態が発生していた。


「それで悪魔さんたちはなんと?」


 アッシュと瑠衣は話し合っていた。

 今回、生き埋めになった被害者の救出には瑠衣とその部下の悪魔が大活躍していた。

 今のところはクルーガー軍にはアッシュの攻撃での死者はいない。

 ……ただ骨折など大怪我多数。

 それには砦の下敷きになって足の骨を骨折したパトリックも含まれている。

 あとは広範囲で生き埋めになったノーマン軍の救助だけである。

 ところがここで問題が発生した。

 瑠衣がため息をついた。


「部下がストライキを起こしました……」


 瑠衣がそう言うと後ろにいた部下代表が「キイキイ」と不満そうに鳴いた。

 抗議をしているらしい。


「ストライキ?」


「ええ、『約束と違う。隕石がふってくるなんて聞いてない』だそうです」


「じゃあどうするんですか?」


「代表の彼が言うには『追加報酬として全員分のホールケーキを要求する』だそうです」


 瑠衣が困ったように言うとアッシュは「ぷっ」とふきだした。


「わかりました。帰ったら大急ぎで準備します」


「だそうですよ。では作業をお願いします」


「キィッ!」


 蜘蛛はるんたったるんたったと足取り軽く作業に戻る。

 そしてアッシュも救出作業に戻ろうとすると声が聞こえてくる。


「誰かこの状況を説明しろおおおおおおおッ!!!」


 アイリーンだった。

 アッシュは手を振る。

 すべては終わった。

 クルーガー軍は砦を物理的に失ったし、ノーマン軍もここまでダメージを負えば戦争を継続できないだろう。

 戦争を終わらせたのだ。

 感極まったアイリーンがアッシュに飛びかかる。

 アッシュはアイリーンを受け止めお姫様抱っこをする。

 瑠衣は「あらあらまあまあ」と喜んでいる。

 アイリーンの後ろから走ってきたベルは「もー、はしゃいじゃって!」と呆れていた。

 アイリーンから見ても戦争は終わった。

 たしかに戦後処理とこの事件の報告は頭が痛いがそれでもアイリーンは背負った重荷から開放された気分だった。


 アイリーンはアッシュの首に手を回す。

 そしてアッシュの顔を見つめた。


「ありがとうアッシュ殿」


「みんながいてくれないとレベッカが泣く。それに……俺も寂しい」


 アイリーンの顔が赤くなった。

 そして……


「アイリーン。その姿はなんだ?」


 二人が盛り上がる中、地獄を見てきたかのようなしゃがれた声がした。

 アイリーンは「ぎぎぎぎぎっ」と首を鳴らしながら顔を声の方に向けた。


「ち、父上……」


 完全にあきらめていた父親、パトリックの姿をアイリーンが確認すると、アッシュはアイリーンを下ろした。


「あ、あの……これは……」


「い、いや、いい。お前には子どもの頃からろくにかまってやれなかった。自由に生きてもワシには怒る権利などない……だが、よりによってそれか!」


 冷や汗を流しながらパトリックは続ける。


「よりによってクルーガー、ノーマンの両軍を全滅に追い込んだ怪物、神の使いか悪魔の使いかと噂される怪物はアイリーンの使いだったのか! 私はこのことをどうやって報告すればいいのだ! なあ!?」


 パトリックの顔色は青くなっていた。足を折ったのだけが原因ではないだろう。

 アイリーンはそれを見てもう大丈夫だろうと思った。

 答えに困ったアイリーンはアッシュの手を取る。


「えっと、父上……それでは! またの機会に! ごきげんよう……アッシュ殿行くぞ!」


 そう言うとアイリーンの真意を感じ取ったアッシュがアイリーンを再びお姫様抱っこするとスタコラサッサと逃げた。

 逃げながらアッシュはアイリーンに聞く。


「あれ? お父さんはいいの?」


「もういいんだ!」


 パトリックの顔を見てアイリーンは気づいた。

 親だけどパトリックとアイリーンは精神的距離は遠い。

 生きてさえいればいい。

 それにアイリーンの家はクリスタルレイクにあるのだ。


「帰ろう! クリスタルレイクへ!」


「ちょっとアイリーン様?」


 ベルたちもアッシュとアイリーンの姿を見て走って追って来ていた。

次回、第一章最終回。

レベッカたん出ます。

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