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神の槍

 地響きがしていた。

 そこにいる誰もが巨大地震のときのように逃げなくてはという焦燥感に支配されていた。


「神よ……」


 兵士がつぶやいた。

 それは大いなる理不尽だった。

 眩しくなるほどの光を放つなにかが空から舞い降りる。

 光の後ろには雲の線ができ、まるで光の矢のようになっていた。

 兵士たちはどこに逃げるべきかも考えず散り散りに逃げた。

 その最中、着陸予定地点の兵士たちを問答無用でつかまえて運んでいく怪物たちがいた。

 客観的にその動きを見れば足の遅い人間の避難を手伝っているだけなのだが、兵士たちはそれを見て心の底から恐怖した。

 地獄からやってきた怪物の集団が悪に手を貸した自分たちをつかまえにやって来たとすら思ったのだ。

 ほとんどの兵士は怪物に捕まった瞬間に意識を手放した。

 だが意識を手放さなかった気丈な兵士もすぐに同じ運命をたどることになった。

 光の矢が地上にやってくる。

 ちょうど巨大ゾンビの真上だった。

 ただ単に大木の軌道をあやつるアッシュにとって大きくて狙いやすかっただけなのだが、それは後に神の天罰として語り継がれることになる。

 槍が巨大ゾンビに突き刺さった。

 いや突き刺さることすらもゾンビには許されなかった。

 人間が知覚できない速度でゾンビを形作る全てはその圧倒的威力に消滅した。

 人間側にその瞬間を見たものはいない。

 なぜなら着地と同時に起こった衝撃波で塵のように飛ばされたからだ。

 そしてまるで洪水のようにえぐれた地面を構成していた土が津波を起こした。

 悪魔によって避難されられたものですら衝撃波で飛ばされた挙げ句にその土砂の下敷きになり生き埋めになった。

 着地点近くにあった砦の石壁も一瞬で瓦解し石造りの砦の最上階も衝撃波で消え去った。

 幸運なことに領主として外に出ていたパトリックは最上階と運命をともにすることはなかったが、それでも衝撃波で転げ回ったり、さらに土砂の下敷きになって生き埋めの恐怖を味わった。

 ゼインもまた同じだった。

 高笑いしていたその最中に爆発と衝撃で見張り台からかなりの距離を飛ばされた。

 人間であれば死んでいたがゼインは悪魔だった。

 ゴミのように見張り台から飛び出すと空中で何度も回転した挙げ句、べちゃっと嫌な音を立てて地面に着地、それだけでは飽き足らずわけがわからなくなるほどに地面をゴロゴロと転がりどこからか飛んできた砦の壁に潰されさらにそこに土砂が降り注いだ。

 ここまでされながらゼインは敗北を正しく認識できなかった。

 アッシュの攻撃が大きすぎて敵に何かをされたという認識すら持つことができなかったのだ。


「な、なんだ。なにがあった! 俺はどうして埋まっているんだ?」


 ゼインは人外の腕力で瓦礫をかき分け地上に出る。

 地上に現れたゼインの見たもの。それは大きくえぐれた地面だった。

 それはクレーターだった。

 ゼインはその中心に木が突き刺さっているのを見た。

 ゼインはその長い生の中で得た全ての知識でこの状況の説明を考えた。

 こういった自然現象は聞いたことがある。

 空から石が降ってくる現象だ。

 それを人為的に起こす魔法の記録も目にしたことがある。

 その魔法に違いないとゼインは結論づけた。

 記録では命と引き替えにするほどの古の大魔法だ。

 今ごろ魔道士は命を落としていることだろう。

 これ程の天才だ。あと10年も生きていたらゼインと同じステージに立てたかもしれない。

 悪魔に生まれ変わることだって可能だったかもしれない。

 だとしたら惜しいことをした。

 この究極の魔道士ゼインをここまで翻弄した天才。

 それを散らすのはなによりもの愚行。

 一度会って話をしたかった。

 ゼインは心から思った。

 もし生きてたらわかり合うこともできたかもしれない。

 それほどの男ならこのゼインの右腕になることすらできたかもしれないのに。

 と、ゼインには珍しくもはや会うことはないであろう天才魔道士へ心の中で賛辞を送った。

 だがこの仮説は全て間違っていた。


 問題。今の現象を説明しなさい。

 答え。筋肉。


 魔法ですらなかった。

 だがゼインはそれに気がつかない。

 ゼインは喜びに打ち震えていた。

 自分にこそ劣るが今まで会えなかった未知の強豪に勝利したのだ。

 これこそがかつてゼインの夢見た世界だった。

 だが運命とはかくも残酷なものだった。


 ふわりと何かが地に降りた。

 それは仮面をつけた大男。

 少なくとも魔術師にだけは見えない肉体派が舞い降りたのだ。

 ゼインは驚愕した。

 ゼインのその魔術師としての眼力は男の仮面や奇妙な武器、それに指輪がとてつもない魔力を内包しているのを感じ取ったのだ。


「ま、まさか……貴様が今の攻撃を……」


 生きていた。

 ゼインの胸がまるで恋に落ちた少年のように高まった。

 まさか人間を超える魔道士がいたとは……

 ゼインは信じてもいない神に感謝した。

 正々堂々とした魔法比べ。

 己の頭脳と魔力を駆使した最高の勝負。

 それができると打ち震えた。


「あはははは。素晴らしい。素晴らしいぞ! 先ほどの勝負は貴様の勝ちだ。我が名はゼイン! 古の大魔道士だ。名を名乗れ若き魔道士よ! さあ正々堂々と闘おうぞ!」


 若人に胸を貸してくれる。

 ゼインは張り切った。

 それに対してアッシュは一瞬「魔道士って誰?」という顔をしたがすぐに名乗りに付き合う。


「クリスタルレイクのアッシュだ。職業は……」


 なんだろう?

 アッシュは考えた。

 百姓だろうか?

 確かに百姓のはずだが実際の作業はまだ収穫しかしていない。

 百姓を名乗っていいのだろうか?

 アッシュは素直に考えた。

 あ、そうだ。

 そういやアレがあった。

 アッシュは大声で名乗る。



「職業はケーキ屋さんだ!!!」



 アッシュの答えにゼインは「くくく」と笑った。

 こしゃくな小僧だ。そんな安っぽい挑発がこのゼインに効くものか!

 頭脳戦を仕掛けられたと思いこんだゼインは喜んだ。


「ふはははは! 小僧、その手の安っぽい挑発はこのゼインには効かぬ! なぜならこのゼインこそ究極の魔道士にして悪魔の頂点に立つ男なのだからな!」


 まったくかみ合ってないが双方とも真剣そのものだった。

 その直後双方とも沈黙した。

 ゼインの目が光る。

 ゼインが手を開くと全ての指の先が炎をまとっていた。


「燃えろ!」」


 ゼインの指にまとった炎がアッシュ目がけて一直線に放たれる。

 アッシュはチェーンソーの魔導エンジンの起動レバーを引く。

 ワンアクションの無駄があるアッシュに炎が直撃した。

 炎が爆発しアッシュが煙に包まれる。

 隕石まで使える相手に油断など許されないのだ。

 ゼインはもう片方の手を開く。

 こちらは氷の魔力をこめてアッシュをいつでも攻撃できるように狙いをすましていた。

 高音のモーター音が煙の中心から響いた。

 ゼインはニヤリと笑う。

 まだだ。こんな程度で終わるなんてもったいない。

 煙が完全に霧散する。

 その中からチェーンソーをかき鳴らしながらアッシュは悠然と歩き出た。


「あはははは。素晴らしい。素晴らしいよ」


 アッシュは全くの無傷だった。

 それをゼインは確認すると容赦なく氷の弾丸を発射する。

 氷の弾丸はアッシュを正確にとらえた。

 アッシュへ突き進む氷の弾丸。それはアッシュの肉体を貫くはずだった。

 だが発射された氷の弾丸をアッシュはよけなかった。

 アッシュの雄っぱいに当った弾丸はカンッという音をさせて砕けた。


「な、なんだと……魔法による肉体強化だと!」


 答え。筋肉。

 一度思い込んだ印象はゼインの判断力を歪ませていた。

 これ程の力は魔法に違いない。

 そう思い込んでしまったのだ。

 たとえ認識が歪んでいたとしてもゼインもさるもの。

 すぐに頭を切り換え魔法を連射する。

 アッシュはそれをまるでサイボーグのように全て受けきる。

 カンッ! カンッ! と、硬質な金属音が響く。

 チェーンソーのモーター音が近づいてくる。

 それがゼインを焦らせた。


「クソ、耳障りな!」


 ゼインはもう一度火の魔法を放とうと手を広げた。

 その瞬間、ゼインの手が爆ぜた。


「な、なんだと……」


 爆破された手を見つめる。

 手には大きな穴が空き向こう側が見えた。

 その穴からはアッシュが指輪をはめた手をゼインに向けているのが見えた。


「こ、ここで指輪を使うだと……」


 次の瞬間、ゼインの目に映ったのはチェーンソーを振りかぶるアッシュの姿だった。

ゼインはもう一段階変身を残してます。

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