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宇宙(そら)へ……

 アッシュを乗せた大木は轟音を上げながら天に向かう。

 その速度は音速、マッハの世界をはるかに超えていた。

 アッシュは威力を上げるために高めの角度で投げたため、大木はどんどんと高度を上げていく。

 本当なら断熱圧縮の高温で塵も残さず燃え上がり、音速での衝撃波でバラバラになるのだがアッシュのドラゴンライダーとしての力か、それともなんらかの魔術的作用によってか大木もアッシュの装備や服もそれどころかアッシュ自身も無傷のまま飛んでいく。

 木の周囲だけが断熱圧縮の高温によって発した炎に包まれている。

 まるで爆発したロケットのように天に向かいアッシュを乗せた大木は突き進んでいった。

 大木は雲の上をやすやすと越え、高度40キロメートルに達しようとしていた。

 そこは成層圏。

 この技は長らく封印した技だった。

 それはアッシュ15歳の頃のある日のことだった。

 お偉いさんが「なるべく早く遠くへ移動できる方法はないかの?」と言い出し、アッシュたちをまとめる上司はそれを真に受けた。

 それを聞いて面白がった傭兵団の団長がアッシュを推薦し実験したのだ。

 その結果は……周囲を塵も残さず壊滅させた。

 もちろん実験に関わったお偉いさんたちは「神の天罰が下った」と主張しごまかし全ては隠蔽された。

 それ以来、絶対に使ってはいけないと厳命されていた技だ。

 アッシュはその枷を解き放った。

 上昇を続けると風景が変わる。

 そこはどこまでも暗い闇、宇宙空間が見えた。

 その下には丸い大地が見えた。

 アッシュは知っていた。

 実体験として知っていた。

 自分たちの住んでいる大地が丸いということを。


「そろそろ息が苦しくなる高さだな」


 アッシュは独り言を言った。

 息が苦しいどころか、そもそも生身ではいられない高度のはずだがアッシュはまったく問題なかった。

 アッシュだから大丈夫だった。

 これは宇宙を飛ぶこともできるドラゴン種の相棒であるドラゴンライダーの血がそうさせたのか、ただ単にアッシュが化け物なのかは定かではない。

 だがアッシュは生身で成層圏もまったく問題がないのだ。

 アッシュは大木の推進力が弱ったのを感じ取ると腰を動かし大木の先を大地に向ける。

 一回転した大木は今度は大地の引力に引っ張られ加速をはじめた。

 成層圏まで登りつめた速度とは比較にならない加速。

 アッシュの張った不思議シールドと空気との境目から 断熱圧縮の高温による炎が上がる。

 アッシュと大木はたった数秒で燃え上がる巨大隕石……いや、神が放った強大な矢になり大地に向かう。

 その日、ノーマン軍約1万人、砦の兵士800人、そして周辺に住む亜人含む住民約8万人は見た。

 そらから一筋の炎の玉が落ちてくるのを。

 世界の終わりを予感させるほどの轟音を立てながら燃えさかる星が落ちてくるのを。



 話は少しさかのぼる。

 ゼインは(やぐら)から人間どもを追い詰めていた。

 ゾンビとの共闘。

 それはノーマン軍の士気をあっという間に地にまでおとしめた。

 動く死体との共闘という嫌悪感を乗り越えられる兵士はほとんどいなかった。

 なにせ動く死体の中にはつい最近まで共に戦った戦友まで混じっていたのだ。

 その生理的忌避感、怒り、憎しみは想像を絶するものだった。

 帰国してから国に対する不信感として噴出することがすでに予定されているほどのものだったのだ。

 もちろんゼインとしては悪意があって仕掛けたものだ。

 上層部、特に自分に対する怒りや憎しみを浴びせられるのは極上の酒、その一口目を飲み干すのに似ていた。

 芳醇な香りとキレのある味。

 種族という壁を乗り越えた絶対的強者だからこその余裕。

 完璧だった。

 ゼインは悪魔になって、いや人間であったときも加えてもこれほどの生への喜びを感じたことはない。


「憎め! 憎め憎め! 人間よ。俺にもっと不幸を寄こせ! 力を寄こすのだ!」


 ゼインは笑った。

 もはや指揮官クラスはゼインの駒でしかなかった。

 全て洗脳し終わっていたのだ。

 兵士はゾンビに見張らせ、逆らうものや逃げるものはその場で、兵士の目の前で容赦なくゾンビに変えた。

 兵士たちは自分たちが物扱いされていることを自覚し、その目は死んだようなものになった。

 兵士たちは役立たずの集団となりったがゼインには関係なかった。

 もともと戦場にいるものはどの国の兵士だろうが生きて帰す気はなかった。

 長く苦しめて不幸が空になったらゾンビにしようと思っていたのだ。


嗚呼(ああ)……どうして我が身は人間を超えたというのに人間どもの苦しみが楽しいのだろうか?」


 芝居かかった声でゼインはクネクネと身をよじった。


「我は人間を贄とし最強の存在になる! そしてあの瑠衣を……あの女に復讐を遂げてやる!」


 瑠衣とゼインの確執はゼインが悪魔になった直後にさかのぼる。

 瑠衣はゼインの指導係だった。

 人間という身でありながら魔導を編みだし悪魔へと生まれ変わったゼインはまさしく天才だった。

 だから悪魔も有望な人材としてゼインを登用した。

 将来の幹部候補として。

 だが瑠衣はゼインの性根を見抜いていた。

 悪魔でありながら人間を憎むその小さくいびつな心を。

 そしてあの悪魔は、瑠衣は本当に悪魔のように冷酷にゼインを封印した。

 許せなかった。

 瑠衣をではない。

 最強の魔道士であったはずの自分の弱さが許せなかった。

 人間を超え無敵になったはずなのに手も足も出なかった自分を許せなかったのだ。

 だからゼインは人間の不幸を集める。

 ありとあらゆる国家を灰に変え人という種を地獄に落とす。

 魔力を集め、魔力を練り、死体の軍勢を作り、伯爵……瑠衣に戦いを挑むのだ。

 ゼインには封印されている間に考えた大魔術があった。

 それが対瑠衣用の切り札だった。

 ゼインはノーマン軍の心を壊し、充分な魔力がたまったのを確認するとその大魔術を発動する。

 周囲数百メートルにわたって描いた魔方陣である。

 ゼインは両手を胸の高さに上げ呪文を唱える。


「この世界の底に(うごめ)(けが)れたものたちよ。我が魔力を使い顕現(けんげん)せよ。(むくろ)を操り我が意を表せ!」


 数百メートルにわたった魔方陣が光り、それを合図としてゾンビたちが魔方陣の中心へわらわらと集まってくる。

 集まったゾンビは組体操のようにお互いを組んで形を作っていく。

 それがどんどんと集まっていき、いつしか巨大な肉人形ができあがった。

 体長数十メートルの肉人形が立ち上がる。


「ゴーレムとゾンビの技術を組み合わせたこの魔術。これなら瑠衣に勝てる! 我は無敵だ!!!」


 ゼインは叫んだ。

 一瞬、兵士たちは何があったか理解できなかった。

 こんな恐ろしいものを見たことはなかった。

 死後もあのようになぶられるなんて理解できなかった。

 確かにこの世界では命の価値は水より低い。

 だからといって何をしてもいいわけではない。

 宗教的な禁忌はいくらでも存在する。

 死体を無闇に傷つけない。

 アンデッドになる前に焼いてやる。

 それがこの世界のルールだった。

 それは最低限のルールだったのだ。

 そのルールを持ってしてもこれは完全に許されなかった。

 彼らの常識でも倫理観でも許されないものだった。

 それを平然となしえた男の存在に兵士たちは絶望を味わった。

 まさに善と悪の対決で悪が勝利した世界。

 悪の世紀のはじまりにすら思えたのだ。


「お、終わりだ……俺たちは終わりだ……」


 兵士の一人が涙を流した。


「俺たちは神に見捨てられたんだ。俺たちは永遠に悪魔の奴隷になって地獄で彷徨(さまよ)うんだ……」


 悪魔が聞いたら怒るであろう台詞を兵士たちが次々と口にした。

 瑠衣がその場にいたら「そんなにいりませんよ。我々は小食なのです」と機嫌を悪くすることだろう。

 場合によっては生クリームたっぷりのお菓子を賠償として要求するだろう。

 だが人間側の地獄の認識はこの程度だったのだ。


 一方、ゼインは満足だった。かつてないほどの満足感だった。

 人間を絶望させ芳醇な不幸を味わい、瑠衣への切り札もできた。

 自分が最強であるとの自信も深めた。

 かつてないほどの満足感だった。


 確かにゼインは天才だった。

 魔術はもちろん。

 巨大な兵器を投入して心を折る。

 その考え方は正しい。

 兵士たちも巨大ロボットと戦わされる一兵卒の気分だろう。

 クルーガー帝国の兵士たちもこの恐怖を味わい全滅するのは時間の問題だった。

 世界を獲ることすら可能だった。


 ただし宇宙世紀クラスの戦術を採用したアッシュの存在という明らかなイレギュラーを除いては。


 絶望に震えた兵士たちや周辺住民は見た。

 後に『神の槍』と呼ばれる巨大な火の玉が地が揺れるほどの音を出しながらせまってくるのを。

やりすぎたけど後悔はしてない。

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