駄エルフ立つ!
「この背教者めが。ああ、なんと醜く浅ましい。それこそが人間だ!」
ウォーデンが吐き捨てる。
だがアイリーンは動じなかった。
「背教者ですまんな。神は存在するかもしれない。だが、お前は違う。
お前は私達人間とそう変わらない
浅ましく、嫉妬深く、人を虐げることで快感を得る。
私達と同じ、ただの生き物だ」
レベッカはそんなアイリーンの顔を眺める。
「お姉ちゃん。とても美人だよ」
「ありがとう。レベッカ。ウォーデン、君はたとえ無敵でもアッシュには勝てない」
「なぜだ! なぜそう言い切れる!」
初めてウォーデンが叫んだ。
「簡単だ。君はアッシュに直接戦いを挑まなかったし、今も無駄なおしゃべりをしている。
君はアッシュに本能的な恐怖を感じたのだろう。
怖いから、そうやっていつまでもグズグズしているのだ」
「……私が恐怖を感じただと!」
「ああ、君はたしかに恐怖を感じている。
君たち悪魔は人間の不幸を食料にしている。
普通に戦えば人間は君たちに絶対に勝てない。
なぜなら強大な存在に恐怖を感じるからだ。
君たち悪魔に恐怖する人間は、自ら悪魔を強くしているのだ。
だけどアッシュは悪魔を恐れない。私もだ。だから君には負けない。
ようやくわかったよ。瑠衣さんが初対面で人を驚かす理由が。
瑠衣さん、あなたは気に入った人間を悪魔に慣れさせていたんですね。
通過儀礼を経て友人になれば、その人間は二度と悪魔を恐れなくなる」
「ご名答です♪ 今までそれを言い当てたのはアイリーン様だけです。
まさかアイリーン様に見破られるとは……思いもしませんでした」
「まあ、ね。私も進歩してるってことだな。うん。
ウォーデン、もう君を恐れるものはここにはいない。
ジェイン殿下、あなたも恐れないでしょう!」
「た、たぶん……」
ジェインもはちょっと自信がない。
「はい、そこで空元気!」
「はい!」
アイリーンが声を張り上げる。するとジェインは背筋を伸ばした。
「さあ、神様。どうされます? 私の愛するアッシュと戦い、そして消滅しますか?」
ウォーデンは涼しい顔、それでも余裕の態度だった。
「なめるな小娘が。私を消滅させることはできない。これまでも、これからもだ!」
ウォーデンは構えた。
アイリーンをかばうようにアッシュは前に出る。
「アイリーン、お願いだからドラゴンたちと一緒に逃げてくれ!
ここは……ちょっとなくなっちゃうかも?」
もう壊すのが前提である。
「アッシュ、私は逃げない! なあみんな!」
アイリーンはドラゴンたちの方を向いた。
ドラゴンたちは真剣な顔をしていた。
そう、彼らの両親を解放するのだ。
「うん! 絶対に逃げない!」
ドラゴンたちの答えを聞くとアイリーンは胸を張った。
アッシュも気合を入れる。
「ついでに、せっかくだから今言う! アッシュ、愛してる!」
「俺もだアイリーン! 愛してる!」
ついでなのが二人らしい。
だが心は通じ合っていた。
「絶対死ぬなよ!」
「おう!」
アイリーンはドラゴンたちを連れて避難する。
そしてアッシュはウォーデンの目の前に立った。
「矮小な人間よ。我には勝てぬぞ」
「ああ、なんとなくわかっている。お前はなんらかの手段で自分を強化している」
「そうだ。我は不幸を永遠に補給できる。その我を滅ぼせるものなどいない」
「アッシュ様、お気をつけください!」
瑠衣が言葉を放った次の瞬間、ウォーデンは消えた。
逃げたのだろうか?
いや、悪魔が逃げたとは思えない。
アッシュは注意深く観察する。そのとき、じゅうっと小さく音を立てて木戸が泡立った。
「酸! 霧か!」
アッシュは拳を連打する。
拳の勢いによって風が舞い起こる。
壁にヒビが入り、木戸が吹き飛ぶが、それでもアッシュは殴り続ける。
「はははははは! 無駄だ! 貴様の言ったとおり我は霧。
攻撃など無駄だ! かつて存在した国を丸呑みにした霧の力を思い知れ!」
「無駄でもかまわない」
アッシュはそう言うと拳で壁を破壊する。
アッシュは豪拳を振るい、見えない霧を外に追い出す。
「無駄だ。体が霧散しようとも我は滅びぬ!」
ウォーデンは余裕があった。
たとえドラゴンライダーがどのような力を持っていても、ウォーデンには勝てない。
ウォーデンは不滅。
何千日でも何万日でも戦うことができる。
対して人間が全力で戦えるのはせいぜい数分。
人間の力が届くことはない。悪魔も同じだ。
動物である以上、ウォーデンには勝てない。その自信がウォーデンをより強大に見せていた。
「この世に無駄なんてない!」
アッシュは飛び上がった。聖属性の魔法を拳にこめて殺気の元を殴る。
それは野生動物のような勘がなせる技だった。
じゅっと音がし、拳が焼ける。だが同時に拳から放たれる光が、見えないはずの霧を浄化した。
「あはははははははは! 我に攻撃を浴びせるとは!
たしかに数百年前だったら、我を滅ぼすことができただろう!
だが無駄だ! 我を削り取ろうとも我は絶対に滅びぬ……なぜなら!」
突如として宙に巨大な顔がいくつも浮かんだ。
それを見たジェインがつぶやく。
「父上……」
それは皇帝の顔だった。いくつもの歴代皇帝の苦しむ顔が空に浮かんでいた。
いやクルーガー帝国だけではない。
各国の王や首領の顔が苦悶の表情で浮かんでいた。
「くくくくく。これは永遠の命を願って我にその身を差し出したものたちだ。
やつらがいる限り、我が身に不幸の力は常に補充される。
我を滅ぼすことはできぬ!」
次の瞬間、アッシュは顔の浮いた霧に取り込まれる。
「うおおおおおおおおおおおッ!」
アッシュは拳を振り回す。猛烈な拳の連打。アッシュは風圧で霧をしのいでいた。
このままでいれば倒されることはない。ウォーデンも動けない。
だが、ウォーデンを滅することもできない。
そのときだった。
「にいたん!」
レベッカが叫んだ。
「どうしたレベッカ!」
「アイリーンお姉ちゃん! ベルお姉ちゃん!
あのね、あのね! 力を貸してなの! ドラゴンライダーの力を解放するの!」
レベッカは手足をバタバタ動かした。
「どうすればいい!?」
「もっと! もっと! もっと! 幸せが欲しいの!」
そして一番役立たずだと思われていた。
あのエルフが立ち上がる。
「みんな! 歌おうぜ!」
大音量で弦をはじく音が聞こえた。
会場にいたはずのオデットだ。
オデットだけじゃない。
セシルもクリスもアイザックもカルロスも。クローディアもいた。
会場にいた彼らはアッシュたちが戦いを繰り広げている場所の近くまでやって来ていた。
アイザックやカルロスたちは、騎士や海軍の海賊まで連れて来ていた。
「あはははははは、クリスタルレイク全軍参上! オラァッ根性見せっぞ!」
アイザックが叫ぶ。
バトルジャンキーはまるで魔王のように喜んでいた。
「うおおおおおおおおおおお!」
エイデンたちクラーク家の騎士、それに悪魔たちがアイザックに続く。
「オラァッ! 海軍も根性見せっぞ! 行くぞ野郎ども!」
カルロスが叫んだ。
その後ろでは屈強な海賊たちが剣を抜き、戦いを今か今かと待っていた。
「うおおおおおおおおおおお!」
カルロスが突っ込んだ。
海賊たちもカルロスに続く。
それだけではなかった。
「セシルさまを守るのだ! ここが我らの死に場所よ!」
武装したセシル派の貴族たちとその騎士たちが集まっていた。
「どういう……ことなのだ? エルフよ……教えてくれ」
連れてこられた貴族の老人がオデットに声をかけた。
オデットは元気よく声を出した。
「お集まりの紳士淑女の皆様!
そこのクローディア・リーガン。
飲んだくれで酒と食事と芸のことしか考えてない我が師匠。
でもその正体は悠久の刻を生きる魔王にして、初代皇帝の第二王妃!
この国の礎を作った伝説の魔道士だ!」
「え?」
ざわざわと声がした。
「そこの一見すると無表情っぽいけど、実は泣き虫。
こっちに来てわかった。
正体は、あちこちのおとぎ話に出てくる孤児を拾って魔法を教える魔女。
クローディア師匠と同じく魔王。
初代皇帝の相棒にして大賢者瑠衣!」
とうとうすべてを打ち明けるときがやってきたのだ。