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ベル姐さんとジェインくん

 ドラゴンがくるくると踊りながら歌う。


「幸せが足りません♪ どうしようっかなあ♪」


 もう一匹のドラゴンが続く。


「ドラゴンライダーを呼びますか~♪」


 さらに他のドラゴンたちも続く。


「じょうおうさまをお呼びしましょう♪」


 すると闇夜からにゅっと蜘蛛が出てくる。

 ジェインは一瞬びくっとしたが、まじまじと観察する。

 セシルは瑠衣に脅されて気絶したが、ジェインは胆力においてはセシルよりも強かったと言えるだろう。

 まじまじと観察する。


「よく見るとかわいいな」


 その反応はどこかクリスタルレイクの学者たちと似ていた。ジェインは理系傾向があるのかもしれない。

 蜘蛛たちは、ぴょこぴょこと踊る。踊りながらジェインになにやら話しかける。


「へもへもへもへもへも」


「ふむ。よくわからないが、アッシュたちを呼べばよさそうだな」


 さすがにクリスタルレイクの住民ではないので、ジェインは蜘蛛と会話できない。

 ジェインは学習していた。困ったらとりあえずアッシュに相談すればいいと。

 アッシュは見た目からしても『頼れる』という安心感がある。

 それはありとあらゆる王や軍人が欲して止まない才能なのだ。

 そのときだった。何者かが話す声と足音が聞こえてくる。


「レベッカちゃん、どこに行くんですか?」


「あのね、あのね、新しいお友だちなの」


「あらどんな人なんでしょうか? って、あら?」


「まあまあ、ベルさん。レベッカ様の仰るとおりに致しましょう」


「あら、瑠衣さん。なんだかいつもより押しが強いようですが」


「うふふふふ。秘密です」


 その声はベルだった。それに瑠衣とレベッカもいる。

 ベルはクリスタルレイクから連れてこられてしまったのだ。


「あら、こんばんは。……えっと、そちら様は?」


 ベルはキョロキョロと辺りを見渡した。

 目の前には口をポカンと開けたジェインが佇んでいた。

 だが次の瞬間、二人は目を見開いた。


「貴様……できるな!」


「貴方様も相当な使い手とお見受けしました」


 別に強さとか弱さではない。

 可愛いものを愛するベルと、同じく可愛いものを愛するジェイン。

 二人はお互いの本性を見破ったのだ。

 ベルがまず動いた。ベルは震える声で言った。


「そのお腰につけた剣の飾り……まさか、リーズ・ヴェイン先生の作品!」


 ジェインが慌てて剣の飾り、ストラップ状にした花の飾りを手で隠した。

 布製のものなのにどこか気品があり、男性がつけていても違和感がない。それはファッションと言えるものだった。

 今度はジェインがベルのバッグについていた飾り見て驚愕する。


「そ、その、バッグはレベッカの新作! ぐ、男物も作って欲しい! い、いやそれはいい。そ、その飾りはエレオノール・コーダ先生の未発表作品!」


 ベルはジェインの発言を聞いて本当に驚いた表情になった。


「な、なぜ? これは市場に出してませんし、そもそも私が活動したのは10代半ばのたった1年だけ……なぜわかったのですか!」


「ファンだからだ!」


 ジェインは力強く言い放った。


「……もしかして、あなた様はヴェイン先生なのですか!?」


 それは実に苦い経験だった。

 ジェインは昔からこういう可愛いものを愛して止まなかった。

 だが皇族、しかも皇位継承権第一位の身でそれは許されなかった。

 10代のころにほんの一時だけぬいぐるみを市場に流したが、危うく発覚しそうになり、「ただの酔狂だ。でも飽きてしまったよ。さあ次はなにして遊ぼうかね」とごまかし引退した。その後、隠蔽工作として精密な砦と古戦場の模型を作成、あまりの出来にジェインを疑うものはいなくなった。

 それ以降は自分を隠している。

 一方、ベルの方は隠蔽する必要性こそないが、アイリーンが騎士の真似事をするようになってから作る時間がなくなった。ただそれだけである。

 ベルがまだ子どもだったころ、貴族社会で自分の作品をこっそり売るのが流行した。

 ベルも参加して、いくつかの作品を市場に出したことがある。もともと非常に凝り性なため、そこそこの評価をもらい満足していた。

 だがそれもアイリーンの世話係になってやめてしまった。

 本当はアイリーンが大人になれば一緒に作業をしようと思っていた。だがアイリーンは、野を駆け、山を駆け、泥遊びをし、どんどんガサツに育っていった。

 それは多少残念でクリスタルレイクに来てからも、アイリーンの性格を矯正しようと思ったこともある。だがそれは間違いだった。アイリーンは素のままでいいのだ。

 アイリーンはベルの理想からは外れてしまったが、性格はよく、素直で明るく育った。婚約者のアッシュは善良だし、くせ者ぞろいのクリスタルレイクだというのに、よくまとめている。

 それは片手間の作品よりベルにとっては大切なことだった。

 人には人の生き方がある。例え世間から外れていても、それでもいい。それをベルは理解したのだ。

 今はもう、アイリーンはベルの手から離れてしまっている。

 仕事もアイリーンの副官からドラゴンたちの世話係やブランドの裏方担当に。そう、ベルの生活は充実していた。

 だとしたら、趣味の一つくらい我慢できる。

 ベルにとってはアイリーンやドラゴンたちの方が大切なのだ。

 だが、ここにファンがいた。それはベルには、とても不思議なものに思えた。

 ジェインはほほ笑む。


「これもセシルの導きか。そなたと……いや貴女と語り合いたい。私はジェイン。第一皇子です」


 ジェインは今までになく丁寧な態度だった。ジェインにとってベルは尊敬する相手だったのだ。

 ジェインとは逆にベルは神妙な顔になった。


「これは失礼を。私はアイリーン・ベイトマン様のしもべ、ベルにございます」


 一応ベルもベイトマン家の親戚で貴族なのだが、継ぐ家も爵位もない不安定な身分である。

 砕けた性格でしかも弟分(カルロス)の嫁であるセシルなら話しやすいのだが、相手は男性でしかも第一皇子だ。さすがに腰が引けてしまう。


「セシルにするのと同じように接してください」


 ベルの脳裏に、つい先日妊婦だというのに無意識に酒を飲もうとしたセシルの手を叩いたエピソードが思い浮かんだ。

 やたら対人能力の高いセシルは、ベルにとってほとんどマブダチ。気の置けない間柄を通り越していた。

 その態度はさすがにまずい。


「は、はい。ではジェイン様。妹君にはいつもお世話になっております」


「様はいらないよ。私は貴女と心の底から語り合いたいのだ。私と貴女は……どこか似ている」


 ジェインは手を差し出す。


「じぇ、ジェイン」


「ようやく様を取ってくれたね」


 ベルはジェイン手を取る。それはまだ愛ではない。

 自分の過去の一面をどこかに置いてきてしまったものが出会っただけだ。

 でもそれは幸せなことに違いない。

 それを見てレベッカはにこにこしていた。


「レベッカ様。封印を解くだけの幸せはございますか?」


 瑠衣がレベッカの隣にしゃがむと聞いた。


「うん。瑠衣さん。ママや大人たちを助けようね!」


「はい! レベッカ様、我が君をお願いいたします」


 瑠衣がそう言うと蜘蛛が闇に消えていく。


「今、アッシュ様をお呼びいたします」


「ジェインお兄ちゃん」


 緑色のドラゴンがジェインの裾を引っ張る。

 ジェインとベルはその場にしゃがみ目線を合わせた。


「どうしたの?」


「うん、これから王様の偽物がやってきます」


 別のドラゴンが手を広げる。


「大きいの!」


 また別のドラゴンも手を振る。


「怖いの!」


 化け物慣れしていないジェインには正しく伝わらなかった。

 だがベルは真剣な顔をしている。

 それだけで充分だった。


「私はどうすればいい?」


「楽しいを作るの! タヌキさんとエルフさんが必要なの! ジェインお兄ちゃんも楽しいを作ってください!」


 真っ先にジェインの脳裏にセシルの顔が浮かんだ。

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