クリス様最強伝説
クリスが淑女亭に現れた。
淑女亭にはエルフと悪魔、それに人間の職人たちが集まっていた。
「みんな! セシル姉が女として表舞台にでることになった。私たちができることは?」
「「美しくすることです! 親方!」」
職人たちが一斉に答えた。
親方とはクリスのことだ。
いつの間にかそう呼ばれるようになってしまったのだ。
「ただ美しいだけじゃダメだ。美しく、誰よりも強く、そして破天荒。しかも皇族で喪服だ」
奥からサンプルを持って巨大なカラスがやって来る。
不気味な姿だが、もう慣れっこで誰も驚かない。
カラスはぎゃあぎゃあと鳴くとクリスに服のサンプルを渡す。
クリスは普通に悪魔と会話しているが、誰もおかしく思わない。
「え? 二百年前の衣装? よくそんなものあったなあ? え? これを最新の流行にアレンジしたい? おもしれえな!」
カラスはバサバサと羽ばたき、ぎゃあぎゃあと鳴き、クリスになにかを差し出す。
それは拳ほどの大きさもある金剛石。ダイヤモンドだった。
「なに? とっておきの宝石? なにそれ? え? 瑠衣姉ちゃんが、二百年前にけんか売ってきた皇子から没収して倉庫に放り込んで忘れた? マジか!」
クリスはにやあっと口角を上げる。
最高の素材が発掘されたのだ。
もう笑うしかない。
「よしよしよしよし! セシル姉呼んで来て。コイツの由来聞くから」
シュバッとカラスは大急ぎで外に出る。
クリスは腕を組み薄い胸を張る。
「さあって、みんな! アッシュ兄ちゃん、アイリーン姉ちゃん、あー……そっか私もか。とにかく出席者の喪服を用意して。あとうちのアイザックとカルロス兄ちゃんは……軍服なのかな? 海軍と騎士団の違いはマルコじいちゃんと、ガウェインのおっちゃんに聞いて。それだけだと不安だから瑠衣姉ちゃんも呼んで来て。私たちの本気を見せるぞ!」
「「おー!!!」」
クリスたちは妙に男らしく気合を入れた。
服飾ブランド「レベッカ」が世界に名を広める事件の始まりである。
悪魔まで含めた職人たちはみなやる気に満ちていた。
採算度外視のお祭り騒ぎにクリスタルレイクにいるドラゴンたちまでソワソワするほどだ。
これが楽しくないはずがない。
そしてクリスは、部屋の隅で女子に囲まれ居心地悪そうな顔をしているハゲ入道ににじり寄っていく。
「コングのおっちゃん!」
「お、おう、来ちまってから言うのはなんだけどよお、俺でいいのか? この規模の商売になると俺の店じゃ小さすぎるんじゃねえか? そもそも俺は、セシルの正体に気づいてなかったんだぞ!」
「嘘つけ。勘のいいアンタが気づかないはずねえだろ。気づかないフリしてただけだ。アンタはボンクラじゃねえが、底なしに優しいからな。それにブラックコング、アンタはアッシュ兄ちゃんと五分の兄弟なんだろ? 兄弟の晴れ舞台を助けてやらねえなんて男が廃るんじゃねえか!?」
クリスはコングの胸倉をつかんで怒鳴った。
クリスはブラックコングという男をちゃんと見抜いていた。
だが間違いがあるとしたら、試されているのは男ではなく漢の方である。
「ぐ……ッ! 俺もブラックコングと言われた男だ! 兄弟のためなら、たとえ毒でも皿ごと喰らってやらあ!」
わけのわからない例えではあるが、ブラックコングはやる気になった。
もうヤケである。
いや、ブラックコングにも引けぬ理由があった。
アッシュはルーシーと結婚させてくれた恩人だ。
その恩人の頼みを断るなんて、それはブラックコング自身の美学に反する。
「おうよ! やるぜー! んじゃブラックコングは仕入れとクローディア一座と設置を頼むね。うまくやれば歴史に名が残るぜ」
「おいおい、でかい話をするじゃねえか。なにをするつもりだ?」
ブラックコングはぎりっと奥歯をかみしめた。
クリスからただごとではない気配を感じていたのだ。
「コングならわかっていると思ってたんだけどなあ……。葬儀ってのは人を悼む儀式だ。だけどそれは私たち平民出身者の世界での話だ。皇族は違う。次の皇帝を競う場なんだ。想像の先を行くぞ。たった一発で歴史を変えるんだ!」
クリスは本気だった。
ごくりとブラックコングはつばを飲んだ。
「男爵夫人にしちゃあ、ちょいと野望がでかすぎやしねえっすか? そりゃ影の首領の発想だ」
「あら、ワタクシは義姉を女帝にしたいと思っているだけですわ」
クリスはしなを作った。
立派な男爵夫人がそこにはいた。
「あー! わかったよ! なんでもやってやる! だからいつものクリス嬢ちゃんに戻ってくれ」
「おう、じゃあな。やるぜ。コングには有力貴族を逆らえないようにする手伝いをしてもらうぜ」
「そりゃどんな魔法だ!」
それは不可能だ。
いくらセシルが帝国内最強の武力を手にしたとしても、反対派はいくらでもわいてくる。
それを説得するなんて絶対にできるはずがない。
「いいから、研ぎと武具の修復ができる職人を用意してくれって。最高の武具をいじらせてやるからな。クラーク一族の一世一代の花舞台ってやつを演出するぞ!」
クリスはあくまで自信満々だった。
今までの戦いは無駄ではなかった。
そう、全てはアッシュに導かれていたのだ。
クリスは運命を感じていた。
ただの女の子が男爵夫人になっただけでも夢物語だ。
でもこの物語にはまだ続きがあるのだ。
魔法ではなく、実力で運命をつかむのだ。
鍵を握るのは武力でも知略でもない。
ただ演出とタイミング、それと役者が必要なのだ。
そこにクリスも呼ばれたのだ。
もうクリスはただの女の子ではない。
男爵夫人であり、淑女亭の職人たちの親方なのだ。
最高の舞台に必要なのは最高の裏方。
それがクリスたちなのだ。もう、今は主演女優でないことをクリスは誇りに思っていた。
「やるぜ、みんな! アッシュ兄ちゃんと共に!」
「「アッシュ様と共に!」」
「終わったらみんなで温泉に入るぜー!」
「「おおー!」」
力強い声が響いた。
その声こそ目覚めだった。
クリスタルレイク最強。それがクリスたち淑女亭。
人間、エルフ、そして悪魔。種族を越え集った職人集団が本気を出す。
その産声だった。