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交渉の終結

「どわ!」


「ぎゃあああああああああああああッ!」


「うわああああああああああ! なにをす、ぎゃあああああああああああああッ!」


 アッシュはクルーガー貴族たちの顔を殴る。殴る。殴る。

 普通は軽くビンタ。抵抗してきたら拳。

 親にも殴られたことがないクルーガー貴族がゴミのようにふっ飛んでいく。

 それは暴力。だが必要な暴力だった。

 帝国貴族たちは何者かに洗脳されていたのだ。

 一通り殴ると、貴族たちが起き上がる。


「わ、私はなにを……ぐッ! 顔が痛い!」


 すぐに貴族の顔がパンパンに腫れてくる。


「卿、あなたは洗脳されてしまいました。邪悪ななにものかが会場にいます。緊急措置として打擲(ちょうちゃく)して正気に戻しましたことをおわびさせていただきたい」


 ちなみにアッシュが洗脳からさめた貴族を家名で呼ばなかったのは、単に家名をおぼえてなかっただけである。

 アイザックは折れたあばらの痛みに耐えながら、「そろそろ【紋章官】を雇わないといけないな」と思っていた。

 貴族の数は親戚筋まで入れたら、かなりの数がいる。

 顔写真もないので、事前に顔と名前を一致させるのは不可能である。

 だから家紋と本人の紋章を帝国の内務省に登録することになっている。

 紋章さえわかれば、どこの家の誰かわかるという仕組みである。

 ただ紋章官は超難関資格のため数が少なく、新人も合格する前から就職口が決まっているほどである。人材を探し出し雇うのは困難なのだ。

 でもアッシュの対応は満点とまで行かないが、合格点である。アイザックは胸をなで下ろしたのだ。


「ぐぐ、ライミ卿。なんという陰謀が……あいたたたたたた。これも悪漢の仕業、ライミ殿が謝罪する必要などありません。あいたたたた」


 起こされた貴族はそう言うしかなかった。洗脳されて操られて本国に不利な交渉をしたと知れ渡ったら、いい笑いものである。

 貴族社会はなめられたら終わりなのだ。

 むしろ敵との交渉を控えてパンチで起こされたという雄々しいエピソードは、脚色しまくればあとで自慢話の種になる。おいしいのだ。

 それに証人は多数。英雄物語にする準備は整っているのだ。

 貴族は寝起きの頭に濁った瞳でそこまで計算した。それが貴族というものなのだ。


「ではライミ殿、行きましょう。われらが戦場に」


 貴族の一人が調子に乗った。顔面の痛みは我慢我慢。

【あとで吟遊詩人を呼び出して、わが家の英雄物語を作らねば】

 その思いで頭はいっぱいだった。


「そうだそうだ! ノーマンに一泡吹かせてやりましょう!」


 別の貴族も同意する。

 こうしてクルーガー側の貴族たちはヒートアップした。

 だが彼は知らない。顔はさらに腫れ、交渉などもはや無理になるということに。


 ノーマン側代表者が席に着いたとき、そこにいたのはボールのように顔が腫れたクルーガー帝国使節団だった。

 今まで一度も他人に殴られたことがない帝国貴族たちが目も開かないほど殴られていた。

 その哀れな姿に、ノーマン使節団は生きてきた中で一番の恐怖を味わっていた。

 クルーガー帝国側トップはアッシュである。

 そのライミ卿の顔だけは傷一つなかった。

 理が通らぬ会議に業を煮やし、ふがいない貴族どもに鉄拳制裁したのだ。

 ノーマン側からもいなくなって久しい、まさに古風な武人。

 ヘタな駆け引きは通じない。つぶされるだけだ。

 ノーマンの代表者たちは勝手にアッシュを恐れた。

 一方、アッシュは困っていた。

 クルーガー側はみんな洗脳されていたので、取りあえず一発殴って正気に戻した。瑠衣も推奨の方法だ。

「クリスタルレイクにいるつもりで、ちょっとやりすぎちゃったかなあ」と少し思った。クリスタルレイクの住人は基本的にタフなのだ。

 アッシュが思った通り、やり過ぎだった。洗脳されてたとはいえ、その拳は貴族たちにアッシュへの恐怖を植え付けた。

 心を折ってしまったのだ。バッキバキに。


「……えーっと、和平ですが」


 ノーマン側の議長が困った声を出した。

 だがその声は震えている。

 クルーガー側は誰もが上斜め四十五度方向を見ていた。

 顔が腫れて涙と鼻水が出るので上を向いていたのだ。

 だがそれがノーマン側を震え上がらせた。


「和平をするなら、将来へのしこりはいらない。国境線は戦前に戻す。お互い国力が回復するまで干渉しないことにするべきだ。」


 アッシュはみんなが交渉どころではないので、自分がやらねばと責任を感じた。

 だから交渉をすることにした。

 ノーマン側の男性、勲章をたくさんつけた男が話を進める。


「そう……ですね。われらは双方とも戦争を継続する体力も気力もない。ならば国境線を戻し、領土の変更もなし。国力が回復するまではお互い不干渉といたしましょう」


 これは文字通りの話ではない。

 要するに約束破りが前提の合意だ。

 戦争では、お互いに死人が出ているしお互いに恨みがあるのだ。

 近い未来、国民感情が爆発するのは避けられない。

 それはアッシュもわかっている。

 だからこそ棚上げする。ただし、わざとしこりや憎しみを残すことは許さない。


「では、新大陸の件ですが……」


「探索を止める気はない。だが住民に無体なことをするのは許さない」


「それは帝国側が領有権を主張するということですかな?」


「いいえ。新大陸の住民に敬意を持てと言っているのです」


「閣下はなぜ……よく知りもしない、新大陸の住民のことを気遣うのですかな? たしかクルーガーにはまだ奴隷制度はあったはずですが?」


 そういうノーマンにも借金の形に強制労働をさせる制度が存在する。

 だが、この世界ではノーマンの思想は画期的なのだ。

 ノーマンのこの発言は苦し紛れだったのだ。

 それにアッシュは平然と答える。


「つい最近まで私も奴隷でしたからね。奴隷にするなんてとんでもない」


 その発言に会場はざわついた。

 アッシュは認めてしまった。

 絶対に認めてはいけない事実を認めてしまった。

 クルーガー帝国で奴隷だったことを認めるのは社会的に死を意味する。

 アイザックもそれをあらかじめ注意していた。

 だがアッシュはあえて逆らったのだ。


「閣下……それは……」


 ノーマンの男が「それはまずかろう」と思わずつぶやいた。


「いいんですよ。領地のみんなが知っていることです。私はセシル殿下の命令で私を探しに来たアイリーン・ベイトマン嬢に救われるまでは、奴隷の兵士としてみなさんと戦ってました。だからこそ私たちクリスタルレイクは人を踏みつけにはしない」


 本当はアイリーンがやって来た理由はセシルの命令ではないが、そちらの方が理解しやすい。

 ようやくノーマンたちは救国の英雄の扱いが悪かった理由を理解した。

 ノーマンの男たちは下を向いた。

 勲章の男はアッシュの顔を見つめていた。

 そして深くため息をついた。


「負けだ。完全にわれわれの負けだ。われわれは戦場の伝説であるライミ卿を恐れていた。だがライミ卿は高潔なお人だった。勝てぬ、人間の器の大きさでわれわれは勝てぬ。もうやめだ。ライミ卿と戦うなんて考えられぬ」


 もうノーマン側の誰もが負けを認めた。

 もうノーマンは傭兵アッシュを恐れてはいない。心優しい鬼だと知ったのだ。

 だがアッシュ・ライミをノーマンは恐れた。高潔な男だと知ってしまったのだ。

 この日、永きにわたる戦争は終結しようとしていた。


 だが、悪意はその瞬間を待っていた。

 会場に拍手が響いた。

 拍手をしたのは、乗馬用の拍車のついた革のロングブーツを履いた男。

 赤く派手な乗馬用の服を着た男。


「ドラゴンライダーよ。なぜ貴様はそうやって神の邪魔をする?」


 神族。いや、神を名乗るはぐれ悪魔がアッシュにさげすむような視線を放った。

 アッシュは立ち上がると平然と神族の前に立つ。


「悪魔よ。不幸の収穫に死は必要ないはずだ。俺はそれが気に食わん」


 アッシュは神族を悪魔だと言い放つ。

 それはノーマン側に潜んでいた、神族の下僕たちを驚愕させた。


「アッシュ卿! どういう意味ですか!?」


「神族も悪魔も人間を作った存在なんかじゃない。人間の不幸を餌とする生き物だ。われわれと同じただの生き物なんだ!」


 神族の男は顔をゆがませる。


「ドラゴンは人間にはすぎた代物だ。人間はドラゴンを放棄し、われわれの家畜として生きるのだ」


「いいや、人間も悪魔もドラゴンも寄りそって生きるべきだ。人間は愚かで弱い。人生には不幸がつきものだ。管理する必要などない。知っているぞ。悪魔は小食なのだろう!」


 アッシュは神族を見下ろしながら、ボキリボキリと指を鳴らした。

 男は不敵な表情でアッシュを見上げる。


「いいだろう。神に逆らう愚か者よ! 帝国の使者と同じく抹殺してくれる」


 男はバサリと背中から羽を出した。

 鳥のような羽。それは伝承にある神の姿と同じだった。

 アッシュは拳を握った。

更新できずにすいませんでした。

ようやく体の調子がよくなりました。

更新がんばります!

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