陰謀
アイザックがアッシュの肩に手を置いた。
アッシュはアイザックの顔を見る。
【ちょっとツラ貸せや!】
アイザックの顔はそう言っていた。
アッシュの顔に冷や汗が浮かぶ。
【まずいこと言っちゃったかな?】とアッシュは焦った。
「ではちょっと休憩を……あははははは」
何かを感じたのか、そこで強引にノーマン側が休憩にする。
休憩になるとアイザックはアッシュを引っ張っていく。
アッシュ用の控え室につくと、アイザックが深々と頭を下げた。
「すいませんアッシュさん。俺のミスです! 場に飲まれてました」
「いや……あの……マズかった?」
「いえ、こういうのは閣下をフォローできなかった俺が悪いんです。地形を見れば、あの砦がゴミなのは明らかです。前任者はよほどの無能か……別の意図があったかです。さしたる理由もなく前任者を信用してました。あやうくノーマンどもに利益を与えるところでしたよ」
なにかがおかしい。
アッシュが失敗するならともかく、頭脳タイプのアイザックがミスをするとは珍しい。
それにアイザックにプレッシャーというのは考えられない。
アイザックは、クリスタルレイクに来てからは、なんでも面白半分に乗り切るタイプになったのだ。
アイザックなら、こういうときは悪辣そのものの手を考えているはず。
だがアッシュには【おかしい】のはわかるが【なにがおかしいか】まではわからない。
アッシュはカルロスを見る。
なんでもできるカルロスなら、アイザックの異変に気づいているだろう。
「まあまあ、気にすんなって。ただクリスちゃんに、お前のカッコ悪いところを報告するだけだって」
「あ、てめッ!」
「それにな。なにかあったら、俺たちの艦隊でノーマン野郎をぶっつぶせばいいじゃねえか」
カルロスの言葉を聞いてアッシュの目が見開いた。
おかしい。
おかしいなんてものじゃない。
カルロスは危険人物だらけのクリスタルレイクでも、特に安全な生き物だ。
船にさえ乗せなければ、穏やかで人当たりがいい。
自業自得とはいえ、ただ存在するだけで犠牲者が出るクローディアとは大違いだ。
そんなカルロスがここまで好戦的な言葉を発するわけがない。
アッシュは懐から仮面を出すと装着する。
「どうしたんですアッシュさん? 戦闘でもないのに仮面をつけて。そっか、ノーマンの野郎どもを抹殺するんですね」
カルロスに【敵】のマーカーが表示されている。
アッシュは念のためにアイザックも見る。
「アッシュさん、今からノーマン野郎を血祭りにしましょう!」
アイザックにも【敵】のマーカーがついていた。
どういうことだ?
そのとき、アッシュの傭兵としての勘が働いた。
アッシュは気合を入れ、拳に聖属性を付与する。
「あれアッシュさん? なに? コホォゥゥゥゥゥゥッって、なにその呼吸法」
カルロスはアッシュを見ている。
次の瞬間、熟練の傭兵よりも早くカルロスがナイフを抜いた。
アッシュはその姿を見て確信した。
取りあえずアッシュは、カルロスをナイフごとぶん殴った。
海軍仕様のナイフが砕け、カルロスが室内にあった棚まで吹っ飛ばされる。
棚はグチャグチャに壊れ、カルロスも床にべちゃっと落ちる。
「ちょ、アッシュさん! なにをしやがるんですか!」
アイザックが叫ぶ。
だがアイザックはそう言いながら、すでに達人と言えるだろう動きで剣を抜く。
だがアッシュもまた達人。
アッシュは剣を振る間も与えず、アイザックの胸倉をつかむ。
「ちょっと、なにを」
「ごめん。アイザック。でもたぶん、二人とも洗脳されてる。今正気に戻すから」
アッシュはアイザックの腹を殴る。
アイザックはパンチに飛ばされると、天井に突き刺さった。
二人をぶん殴ったアッシュは仮面で様子を見る。
カルロスから青い光がふわふわと飛び去って行く。
アッシュはそれをつかんだ。
「ぐあッ! な、なぜ、我の姿が見えるのだ!」
光る何かが叫んだ。
よく見るとそれはカブトムシのような生き物だった。
「やっぱり悪魔だったか」
するとカルロスが叫んだ。
「痛ってー! なんか知らねえけど全身が痛え! うっわ、アバラが折れてる! なに、なんなの? 戦場に放り込まれたの!」
ドンドンっと扉から音がする。
誰かが必死に扉をたたいている。
「アッシュ様! ご無事ですか! 扉が開かない! 今、破砕鎚で扉を破りますから、扉に近づかないでください!」
たぬきの悪魔であるガスコンだ。
アッシュは叫んだ。
「結界は解けたはずだ! 犯人の悪魔は確保した!」
「犯人って、殴ったのは我では……」
「うるさい」
アッシュがすごむと、天井に突き刺さっていたアイザックがごとんと落ちた。
「あ、アイザック。死ぬなー! いててて」
カルロスがアイザックに駆け寄る。
アイザックは一応生きているようだ。
「アッシュさん、いったいなにがあったんですか? なんで俺のアバラが折れてるんですか?」
「二人ともこいつに操られていたんだ。俺と悪魔たちには魔法が通じなかったんだと思う。だから取りあえず正気に戻すためにぶん殴った。違和感に気づいたのはカルロスの態度だ。だって普段のカルロスだったら、戦うなんて選択肢を取るはずがない。ナイフを抜く前に逃げるはずだ。アイザックだってそうだ。アイザックが正気なら剣じゃなくて爆薬とか、とにかく俺でも食らったら痛いやつを出すはずだ」
「犯人はそいつですか……」
「ああそうだ。たぶん悪魔だろう」
アッシュの手の中で悪魔はジタバタともがく。
だがアッシュは離さない。
「聞いてないぞ! 魔法が通じないやつがいるなんて!」
「あはは。うちの殿様をなめるなよ。なにせ、世界最強だからな!」
人外側に近い存在であるカルロスは自分を棚に上げて勝ち誇った。
すると扉が開き、護衛で来た悪魔たちが部屋になだれ込んでくる。
「アッシュ様! ご無事ですか!」
「無事だ! 悪魔をつかまえた! とにかく二人に治療を」
アッシュは犯人を引き渡す。
するとモゾモゾとアイザックが起き上がった。
「全身が痛え……」
「ごめん。アイザックは強いから手加減ができなかった」
「うへへ。いつか絶対に勝ってやりますからね……」
「お前……まだあきらめてないのか」
相棒のバトル野郎っぷりにカルロスはドン引きである。
「カルロスも強いから骨をへし折るハメになったんだけど。無傷で捕まえようとしたらスパスパ斬られるだろうし。二人とも悪魔レベルの強さだから手加減できないんだ」
「マジッスか。うれしいけど、うれしくない。俺は、なんでも【そこそこ】でいいんですよ」
「ごめんね」
カルロスはまだ幾分は余裕があるようだった。
アッシュは二人に謝罪した。
二人もアッシュが悪くないのはわかっている。
ちょっと手加減ができないだけだ。
虫の息のアイザックがつぶやく。
「アッシュさん……他の連中も操られてます。気をつけてください」
アッシュは拳を突き出してアイザックに応えた。