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使節団

 コリンの火龍変化については一旦保留になった。

 温泉街の建設は、クリスたち淑女亭と都市建設の専門家である学者たちに一任された。

 建設を請け負うのは悪魔たちである。

 つまり【暴走してもいいよ】という意味である。


 アッシュたちはそのまま会談へと向かった。

 本音ではコリンに付き添ってやりたいが、仕事なのでしかたがない。

 これもクリスタルレイクの自由と独立を守るために必要なのだ。

 だから本当だったら日帰りできる距離を、我慢して馬車に揺られているのだ。

 さて、なぜアッシュたちにわざわざこんなに遠回りをさせたのか?

 それには事情があった。

 共和国の将軍。

 英雄であるサンダース将軍は、出立前に息子たちに語った。


「私が帰ってこれなかったら、母さんを頼む」と。


 アッシュは控えめに言って伝説の存在である。

 それも【姿を見たら死ぬ】とか、【一瞬で千人が消滅した】とかのレベルである。

(実際にゼイン戦に巻き込まれたノーマンは一軍が壊滅した)

 ノーマン的には【遭遇=死】なのである。

 和平交渉のメンバーは死を覚悟した。

 最初こそ、恐怖から逃げ出そうとしたり、我が身を嘆いた。

 だが時間が経つにつれ、死を受け入れ、達観していったのだ。

 辞世の句をしたため、相続など身の回りをキレイにし、穏やかな心でアッシュを待っていた。


 一方、アッシュはと言うと事態を冷静に受け止めていた。

 正確に言うと、人数合わせ気分だった。

 なにせ傭兵時代には、アッシュががんばって戦っても、知らないうちに指揮官が死ぬことはよくあった。

 病気は当たり前。

 馬から落ちたの、流れ弾に当たったのも頻繁に。

 商人や部下に後ろから刺された、なんていうのは笑い話。

 ひどいのになると、お腹がすいて魚を取りに川に入って溺れたなんていうのまである。

 アッシュがいれば勝てる戦場も、指揮官がいなくなっただけで撤退の判断が下される。

 傭兵には、戦場はままならないものなのだ。

 外交も同じだろう。

 そうアッシュは思っていた。

 アッシュの考えはだいたい合っていた。

 一見すると、ノーマンの方が気合があってコンディション的に優位に見える。

 だがアッシュ、アイザック、カルロスの精神的余裕は計り知れなかった。


 温泉騒動から数日後。

 アッシュたちは会場に辿り着いた。

 先についたノーマンの使節団が騒ぎ出したため、結局は早馬を使うことになった。

 それほどノーマン側には余裕がなかった。

 手前の街で馬車に乗せられたアッシュたちが会場に着く。

 絨毯の道が作られ馬車の扉が開いた。

 先にカルロスが降りてアイザックを誘導する。

 アイザックはそつなく貴族然とした上品な所作で馬車を降りる。

 次にアッシュの番だ。

 アッシュはカルロスの手を取ると、自然と足が絨毯の外に……。

 カルロスは小声かつ笑顔で注意する。


「アッシュ閣下。絨毯をお踏みください」


 なお、目だけは笑っていない。


「でもさ、土足で踏んだらシミ抜きがたいへんだよね」


「ご安心ください閣下。使い捨てです」


 アッシュは「えー、これ高いやつじゃん」と嫌そうな顔をした。

 まだアッシュには貴族感覚は早かったようだ。

 高級品の産地に住んでいるため、目は肥えているのに。

 アッシュは、身分制を理解していない。

 実力だけで生きてきたので、本来は人の言うこともあまり聞かない。

 だが、友人たちの言うことは素直に聞く。

 今回も素直にカルロスの言うとおりにした。


「では閣下。お進みください」


「はーい」


 謎に包まれた新大陸探索の司令官。

 噂のライミ候を一目見ようと、人々が押しかけていた。

 彼らの目に映ったのは、背筋を伸ばし胸を張った、威厳のある男だった。

 顔を白塗りにしたり、華美な服装の貴族が跋扈している帝国ではとても珍しい。

 若いが、死線をくぐり抜けてきたのはよくわかった。

 アッシュは押しかけた市民に手を振る。

 セシルに「なにしていいかわからなくなったら、市民に手を振ってごまかせ」と言われているからだ。

 最近では背の高い男性俳優が流行ってきているせいか、市民たちは手を叩いて喜んだ。

 手を振っているのが、流行らせた張本人であることなど気づきもしない。


「ささ、アッシュ閣下。こちらへ」


 カルロスがアッシュを誘導する。

 アッシュが会場に入ると、人々はアッシュの話題を口にした。


「すげえ男が帝国には残ってたんだな……」


「ノーマンとの戦争を終わらせたってのは、本当みたいだな」


「あれじゃあ、有利な条件で戦争は手打ちになりそうだな」


 人々は勝手なことを口にした。

 だがそれは間違っていなかった。

 それはアッシュが会場に入った瞬間の出来事だった。

 ノーマン側使節団の三人が気を失ったのである。


「ピエール! しっかりしろー! 死ぬなー!」


「衛生兵! 衛生兵はどこだー!」


「く、撤退だー! 撤退するんだー!」


 一瞬にして和平使節団の意識は、記憶の中にある戦場に飛ばされた。

 アッシュは「次はなんのお菓子を作ろうかな?」と考えていただけだが、ノーマン人にとってその存在は恐怖でしかなかった。

 ただそこに到着しただけで、和平交渉は中断した。

 覚悟をしたはずなのに、ノーマン側の使節団は青い顔をしていた。

 一人がぽつりと言った。


「我々はなにと戦おうとしているのだろうか……」


 全員の顔が蒼白になった。

 死は怖くはなかった。

 アッシュが怖いのだ。


「せ、せめて、新大陸の権利だけはこの手にしなければ……」


 彼はそれが不可能だとは知らない。


「あ、ああ、わが共和国に栄光あれ!」


 空元気である

 使節団はアッシュの待つ会議室へ入る。

 必死の形相である。

 アッシュの側には、前の会談よりも高位の貴族たちがいた。

 セシル派の貴族たちだ。

 アイザックの飲み友で、家族がアッシュの作るお菓子のファンというものたちだ。


「帝国の皆様にはアクシデントを乗り越え、和平を結ぼうという場を与えていただいたこと、謝意を述べたいと思います」


 ノーマン側の使節団長が言った。

 前回の会談で、帝国側使節団が殺害されたことについては謝罪をしなかった。

 帝国側はざわついた。

 だがアッシュは微動だにしなかった。

 アッシュは資料を見る。

 当事者だというのに渡されなかったものだ。

 そこには、賠償金や、領地の線で、議論を交わしたのが読み取れる。


「アイザック。これは本来ならどうなの?」


 そこには賠償金の支払いと、終戦のどさくさに占領した土地の譲渡についての項目があった。


「帝国の勝利ということになってますから、ノーマン側からの賠償金も土地の譲渡も無茶な要求ではないでしょう」


「ふーん」


 アッシュは書類を読み進める。


「なるほどね。帝国側はこの場に軍人は呼んでる? できれば戦略担当」


「いません。あえていえば閣下かと」


「やっぱりね。この和平案書いたやつさ、またすぐに戦争するつもりだよ」


 アッシュの声は低いがよく通る。

 小声で話したつもりがノーマン側にまで伝わっていた。


「閣下。今……なんと?」


 ノーマン側がざわつき、使節団の一人が質問をした。

 アッシュは言葉遣いこそあやしいが、なるべく丁寧に答える。


「譲渡される土地をご覧くだ……さい?」


「閣下、賠償としては妥当かと」


「その土地は一度は俺、私が取ったのですが簡単に落ちたところだ……です。中を見ればわかるでしょうが、通路の取り回しが悪くて防衛が難しいのです。それにもう、この土地は荒れてしまって価値はない。農民も逃げてしまった廃墟です。戦略的価値も新大陸が出現した今、ほとんどないと言えるでしょう。譲渡されても収穫は見込めず、後々紛争の原因になるでしょうね」


 アッシュはそう言ってのけた。

 その言葉にどちらの陣営も息を呑んだ。

 もうアッシュを止めるものなどいなかった。

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