温泉計画1
宴会をしていたアッシュたちは、大急ぎで瑠衣の魔法でクリスタルレイクに戻ってくる。
クリスタルレイクにつくと、アッシュはポロリと剣を落とした。
アイザックも目を点にして、カルロスは頭を抱えた。
アイリーンはレベッカを抱っこしている。
レベッカはよくわからずに尻尾を振っている。
瑠衣は「あらあら」とのんきにしている。
セシルとクリスは「うわーい♪ 温泉♪」と喜んでいた。
「いやいやいやいや、お前ら。おかしいから。ツッコミ入れないのおかしいから」
カルロスがツッコミを入れるが、二人は聞いていない。
アイザックは、そんな二人を見て見てため息をついた。
だが、二人はそんなの気にしなかった。
「「温泉♪ 温泉♪ 温泉♪ うわーい!」」
二人は小躍りする。
それもそのはず、森と平原ばかりの帝国では温泉は珍しいのである。
いくつかは存在するが、入浴できるほどの湯量はない
温泉地も入浴用に開放している地域はない。
ほとんどの温泉地は汲んだ温泉を美顔用として売っている。
つまり今、二人には膨大な量の肌の薬が湧き出しているように見えているのだ。(ちなみにクリスには、全く必要ない)
すっかりテンションが変になっていた。
アイザックたちはアッシュの裾をつかんで指をさす。
(アッシュさんどうにかしてくださいよ! あの二人、ああなったらアッシュさんの言うことしか聞かないんだから!)
アッシュも首を横に振る。
「わかるけど無理だから。俺にもどうにもできないから」
「アッシュさーん!」
アッシュでもなにもできなかった。
二人の暴走を止められるものなどいないのだ。
アッシュは横にいた瑠衣の方を向いた。
「あらあら、アッシュ様どうしましょうか?」
「そうですねえ。危険なものじゃなければ……宿でも作りましょうか。そうじゃないと……」
アッシュはアイリーンを見る。
アイリーンは一見すると、セシルたちほどは大喜びはしてないように見えた。
だが実際は、ぴょんぴょんとはねている。
珍しくテンションが高い。
名誉男子と言えども、本当は乙女である。
そしてここ数カ月で、クローディアに女らしいことを叩き込まれた。
まだ無自覚だが、ちゃんと女子になっているのだ。
アッシュは瑠衣へ視線を戻す。
「女性陣が許しませんから」
アッシュでも女の子には勝てない。
アッシュは「あははっ」と笑った。
「そうですね……。とりあえず学者の方々の手をお借りしてもよろしいでしょうか。大至急調査をしないと」
「ええ、瑠衣さんお願いします。あのさ、アイリーン……」
はねていたアイリーンがアッシュの顔をのぞき込む。
「うん、なんだ? 入るのか? 入るのだな! タオル持ってくるのだな!」
アイリーンの目は輝き、ぴょんぴょんはねている。
「まだだよ。お湯が澄んでくるまで一週間くらいかかるらしいから、今は無理かな。それよりも、お湯の使用料とか税とかあるよね。それを法律の専門家と協議してくれるかな。教授たちが言うには、そこら中から湧き出してくるらしいから」
「そこらじゅう!」
アイリーンはレベッカを抱きしめた。
レベッカはよくわからずに「きゃっきゃっ」と喜んでいる。
「わかった! やるぞ! がんばるぞ!」
アイリーンはレベッカに頬ずりした。。
するとベルを連れたドラゴンたちがやって来る。
「じょーおーさまー♪ コリンお兄ちゃんを連れて来ましたー♪」
ドラゴンが手を振る。
「はい、コリンくん。皆様にご挨拶して」
ベルが言うと、コリンがおずおずと皆の前に姿を現した。
コリンは大きさこそあまり変らないが、真っ赤に変わっていた。
真っ赤で、羽が大きく、ずんぐりむっくりとした……。
それは、まさしく大きなぬいぐるみだった。
「コリン!」
セシルはコリンに抱きつく。
「セシルさあああああん!」
コリンも、どうしていいかわからずにセシルに抱きついた。
「うんうん、いいんだよ。コリンはうちの子なんだから」
これに関してはカルロスも異論はない。
もう、コリンは弟のようなものなのだ。
だが、セシルが次に放った一言は、カルロスの動きを停止させた。
「うんうん。お姉ちゃんと一緒に、クリスタルレイクを世界一の観光地にしようね♪」
「いや、待て、その理屈はおかしい」
「森、湖、劇場……そこに温泉が来たのだよ。もうね、隠し通せるわけがないのよ。ダーリン。こうなったらもうね、火龍の温泉、観光地として公開してしまうしかないのだよ!」
「アッシュさ~ん。嫁がおかしなこと言ってる~」
カルロスはアッシュに泣きついた。
アッシュは「ははは」と笑うと、しゃがみ込んでレベッカの目線に合わせた。
「ねえ、レベッカ。レベッカはどうしたい?」
レベッカは少し考える。
考えてから「にぱっ」と笑った。
「あのね、楽しいのがいいの!」
「そうか、そうだな。クリスタルレイクは【楽しい】が一番だもんな」
アッシュはレベッカの頭をなでた。
そしてキリッと真面目な顔になった。
その表情は、いつになく威厳のあるものだった。
「アイリーンは、ガウェイン村長と学者たち、それにコングと協議。瑠衣さんは、技術的な調査をお願いします。セシル姉さんは、建築家やデザイナーを紹介してください。もちろん淑女亭のみんなもね」
「アッシュ、なにをするんだ……」
「やるなら徹底的に。戦場と同じだ。世界一の観光地を作ろう。街を徹底的に整備する! 今まで手がまわらなかった場所も作ろう!」
アイリーンは拳を握った。
セシルも同じく拳を握りしめていた。
「とうとうだ……。ライミ侯爵が覚醒したぞ」
セシルがつぶやくと、カルロスはセシルの肩に手を置いた。
「俺たちは、なるべく早く仕事を終わらせて来る。ちょくちょく帰って来るから安心して。その間は、アイリーン頼むね」
「ああ、もちろんだ!」
アイリーンは目を輝かせ、レベッカも尻尾を振った。
コリンはアッシュを尊敬の眼差しで見ていた。
アイザックとカルロスは、親友にして主人の姿を見て、やる気を出した。
アッシュはもう、ただ腕っ節が強い若者ではなかった。
帝国の名門ライミ家のアッシュ。
……いや、そこにいたのは新大陸の王アッシュだった。