温泉
ヴァザの街で酒盛りをするアッシュたち。
ちなみにアイザックとカルロスは嫁たちに囲まれてお説教中である。
「だから違うんだって! 俺は男どうしで羽目を外したかっただけなの!」
「ふーん、カルロスくん。本当は?」
クリスがカルロスに尋問する。
「一度くらい、きれいなお姉さんのいるお店で飲みたかったのです」
カルロスの告白にもう一人の嫁、セシルがつぶやく。
「なんだ。私行きつけのお店で行けばいいのに。帝都の高級クラブ」
「そういうのじゃないの! もっと庶民っぽく飲みたかったの。ちょっと遊びたかっただけなのよー!」
カルロスが弁解をするとセシルは腕を組んで言い放った。
「私の夫なら、伝説として後世に残るような女遊びをしなさい!」
「ええー!」
何かが間違っている。
だがセシルは本気だった。
「ヒュウヒュウー!」
よくわからず騎士たちは、【いい女じゃねえか】とはやし立てる。
「セシル姉……まあいいか。じゃあ、アイザックも女遊びをするなら伝説級の。怒る気も起きないやつ」
クリスもむちゃを言った。
「わかった。愛する妻よ」
こうして悪は滅びたのである。
だがその裏で事態は動いていた。
クリスタルレイク。
コリンの巣の工事現場。
周りには【工事中】の看板が立っている。
羽の生えた小人たち、いわゆるフェアリーたちが土砂を運んでいた。
その後ろでコリンはお尻をフリフリしながら踊っていた。
コリンはレベッカについて行かなかった。
巣作りが大事だったのだ。
そのわりには踊っているが、これはフェアリーたちに力を供給する踊りだった。
フェアリーは悪魔だ。
人間の不幸を喰らう。
だが生まれたばかりのフェアリーたちにはまだその力はない。
だから創造主たるコリンが魔力を供給する必要があった。
幸いなことにクリスタルレイクは幸せに満ちている。
平和で、希望に満ちていて、どこかのんびりしている。
だからコリンも他の種族へ供給するほど魔力は余っていた。
「がんばってくださいねー」
踊りながらコリンが言うとフェアリーたちがコリンへ手を振る。
「はーい♪ ぬしさま~」
「今日のまかないはアッシュさんのドライケーキだそうです」
「うっしゃー!」
フェアリーたちの気合はじゅうぶんである。
小さな体でつるはしを持ち、作業を進めていく。
巣は、すでに大きな穴になっていた。
フェアリーたちは巣を恐ろしい速さで拡張していく。
よく見るとアッシュのケーキ目当てなのか蜘蛛たちも作業に加わっていた。
たぬきたちは、なぜかコリンの周りで踊り、歌い、楽器を奏でた。
たぬきたちに、村で引きこもっていたオデットが運ばれてくる。
よくわからずにオデットも演奏をする。
もうやけである。
しばらく踊っていると、村人の誰かが酒を持ってくる。
酒盛りが始まり、作業が止まる。
だけどそれでよかった。
コリンはそんなのんびりした光景が大好きだった。
「うふふふ。楽しい~」
しっぽをふりふりしながらコリンは踊る。
いつのまにかカラスまでやって来た。
コリンは育った故郷は嫌いではない。
親は種族が違っても愛してくれたし、みんな優しかった。
不満もない。
だけどクリスタルレイクには同じドラゴンがいる。
仲間がいるのだ。
コリンはクリスタルレイクのみんなも大好きなのだ。
すると穴がじんわりと光った。
コリンはそれに気づかず尻尾を振りながら音楽に合わせて踊る。
フェアリーたちも作業の手を止めてコリンの踊りに手拍子を送る。
最初は面倒くさそうだったオデットも熱気に当てられ、本気で演奏をする。
三味線のような弦楽器を奏でるオデットの指は10本にも20本にも見えた。
「やれー! コリン!」
「ぬしさま~!」
声援とともにコリンの踊りが最高潮に達する。
すると巣穴の奥から光が放たれた。
「あれ……」
コリンが動きを止めた瞬間、巣穴が爆発した。
ドカンという音が地の中から響く。
「あ、あれ……なにが……」
コリンが踊りをやめてつぶやいた。
途端に地が揺れる。
たぬきと住民が酒瓶を死守しようとする。
オデットはなぜか喜々として楽器を奏でる。
蜘蛛とフェアリーがオロオロとする。
そしてプシューと音がした。
蒸気が穴から噴出する。
これにはさすがのオデットも手を止めた。
「……温泉?」
そうコリンの巣穴から噴きだしたもの。
地熱で温められた地下水……つまり温泉だった。
「どわああああああッ! 熱い!」
不用意に近づいたたぬきが逃げ回る。
流れてきたお湯をオデットが触る。
「熱いですね」
オデットの様子を見て、たぬきや蜘蛛たちも手を突っ込む。
コリンとフェアリーも恐る恐る手を入れる。
「あったかい!」
噴き出したお湯は熱くて触れないが、流れてきたお湯は少し冷えて心地がいい。
するとオデットが蜘蛛を指さす。
「蜘蛛の人! 悪いけどアッシュさんに報告して!」
蜘蛛はシュバッと前足をあげ、そのままどこかに消える。
「オデットさん、どうしてアッシュさんを呼ぶの?」
コリンは首をかしげた。
フェアリーもコリンのまねをして首をかしげる。
「えーっと……みなさん……落ち着いて聞いてくださいね」
オデットはいつになく真面目な顔だった。
「新大陸には何カ所か温泉が出るところがあるんです……。で、ここから一番近いとこの温泉は火山の近くです。犬人の村から世界の境界線に沿って行くとあるはずです」
「火山……?」
「はい。火山です……つまりですね。この辺まで地下を溶岩が流れてきてる可能性が……」
全員が固まった。
「そそそそ、その火山はどうなったの?」
「私が生まれる前に噴火したらしいです」
「たたたた、大変だー!」
ここに瑠衣がいれば、すぐに学者たちで調査チームを作っただろう。
だが瑠衣は不在だった。
「どどどどど、どうしよう!」
コリンは手足をバタバタとさせる。
考えれば考えるほどわからなくなる。
そのとき、コリンは思った。
ぼくがどうにかしないと!
その言葉と同時にコリンが光った。
コリンの体はむくむくと大きくなり、背中の羽がコウモリを思わせるものへと変貌する。
体は赤くなり、炎をまとう。
口からは火が噴き出した。
「ぎゃおおおおおおおおおおッ!」
コリンがほえた。
オデットや悪魔たちもどうリアクションしていいかわからない。
いつものように尻尾を振っているのを見て、コリンの中身は変わらないと判断できる程度だ。
「か、火龍……様?」
ようやくたどり着いた瑠衣がつぶやいた。
焦ってやってきたからか、少しだけ蜘蛛の姿になっている。
「る、瑠衣さん! 温泉ブシュー! 溶岩がぐらぐら。コリンくんぎゃおー!」
焦りすぎてオデットは意味不明な言葉をわめいた。
全ての能力が音楽に極振りされているオデットはこれが限界だったのだ。
だけどなんとなく瑠衣は察した。
「なるほど……温泉が湧いて、溶岩がここまで来ているかもしれない。それを聞いたコリン様が火龍に変身したと……」
「ぎゃおー(そうなのー)」
コリンが尻尾を振った。
「あらあら……これは青龍様に意見をうかがわないといけませんね」
余裕がありそうだが瑠衣はかなり動揺していた。
こうして火龍に目覚めたコリンの物語が始まるのである。