男子たちの旅行 2
帝都へ向かう一行は、ヴァザの街へたどり着いた。
帝国流通の中核を担う都市で、旅人向けのさまざまな施設がある。
レンガ造りのキレイな建物が並び、石畳も平らに整備されている。
とは言っても、流行の発信地と化したクリスタルレイクと比べるとやや残念である。
アッシュたちも、決して田舎から出てきた貴族の一行ではなかった。
クリスたちの仕立てた服はセンスがいい。
アッシュもアイザックもカルロスも、舞台俳優もやっているせいかその一挙手一投足が洗練されている。
元傭兵に、不良騎士に、海賊の息子。
だが彼らをバカにするものなど誰もいなかった。
むしろ帝都から派遣された騎士たちの方が、緊張を強いられていた。
一行はそこでいったん解散。
アッシュたちは貴族向けの宿に泊まることになった。
帝都から来た警護の騎士たちへ近寄るものがいた。
上品ないでたちなのに、どこか軽薄そうな男。
アイザックである。
アイザックの後方には人間に化けた悪魔たちも追随している。
「先輩。お疲れさまです」
アイザックはあくまで丁寧に言った。
わざと【先輩】と呼んで仲間であることをアピールする。
「はあ……アイザック様。いったいどこへ?」
「【様】はやめてくださいよ。私も少し前まで騎士でしたから。どうか仲間のように扱ってください。先輩の職場でも、まだ同期のが【若いの】扱いされていることでしょう」
中央から派遣された騎士たちは、ベテランぞろいだ。
アイザックは二十代前半。
騎士を続けていれば、護衛の騎士たちに小突かれながら仕事をしている年代である。
アイザックが元騎士なのはみんな知っている。
地方と中央の違いはあれど同業者だった男だ。
仕事の大変さをわかってくれる分、気分は軽い。
「そ、そうですか」
これが普通の貴族相手であれば、言葉を頭から信じることはなかった。
だが年下で元騎士、しかも自分たちを先輩として扱ってくれる。
うっかり仲間扱いしてしまった。
「それで、なにかご用でしょうか?」
「みんなで飲みに行きましょう。せっかく騎士と騎士が出会ったんです。交流を深めましょう」
あくまで人当たりの良さそうな演技をアイザックはしていた。
「では宿に酒を手配するように……」
「いえいえ、こういうときは地元の酒場で飲んだ方が堅苦しくなくていいでしょう。それにアッシュ様も堅苦しいのはお嫌いですので」
「は、はあ……そういうものですか」
「心配なさらないでください。なにも意図はありませんから」
アイザックは【にやぁっ】と笑った。
クリスタルレイクの住民であれば、【あ、またアイザックが悪いこと考えてる】と思っただろう。
だが騎士は【気さくな人だな】と勘違いした。
「は、はあ、そういうことでしたら……あの少しお待ちください。他の者も呼んで来ますので」
こうして飲み会が開催されることになったのである。
一方、アッシュとカルロスは飲み屋にいた。
アッシュも友だちに誘われたら断る理由はない。
カルロスは適当に食事を頼んでいく。
「煮物と揚げ物が多いね」
アッシュは珍しそうに皿の中を眺める。
「この地方はこういう料理が多いんですよ」
「ふーん、エビの団子にナッツを砕いたものをつけて揚げてるんだ。おいしいね。たまには男どうしもいいね」
アッシュはニコニコとしながら食べている。
カルロスは、ばつの悪そうな顔をした。
アイザックの計略。
それはどうでもいい話だった。
独身気分でハジケたかったのだ。
嫁に不満はない。
不満はないが、たまには遊びたかったのだ。
だが悪魔の監視がある。
だから関係者全員を巻き込んで公式イベントにしたのだ。
そして今回、巻き込まれる被害者がアッシュだった。
カルロスは「やめとこうかな」と思い始めた。
だがそこにアイザックがやって来る。
「ささ、みなさん! 飲みましょう!」
アイザックはやる気だった。
ノリノリである。
アイザックは流れるような手際で騎士たちを席に案内すると、従業員からお酒の瓶や瓶を受けとる。
「では、面倒なあいさつは省略して乾杯!」
「「乾杯!」」
騎士たちも「よかった。気さくな人みたいだな」と思って乗ってくる。
「はーい、かんぱーい♪」
最後にやたら色っぽい女性の声が響いた。
アイザックは【ギギギギギ】と首を鳴らしながら声の方を見る。
「ごちになりまーす♪」
化粧もばっちり。
美しい女性が木のジョッキを持っていた。両手に。
「クローディア……さん」
「はーい♪」
たぬきの花子ことクローディアがいた。
「瑠衣も来てるよー♪」
「はーい♪」
瑠衣も飲み会に参加していた。
騎士も異変に気づく。
「あ、あれは……く、く、く、クローディア・リーガン!」
「はーい♪」
「あ、あ、あ、あ、あ、アイザック卿。これは……」
もうアイザックはあきらめた。
絶対に嫁たちも来ている。
「じ、実はクローディア様はライミ家ゆかりのお方でございまして……」
知られて困る情報ではない。
貴族社会では、よくあることだ。
「……アイザック卿。サインをお願いしても?」
「どうぞご自由に」
もう笑うしかない。
だが、たぬきは飲み会程度は許してくれる。
まだ世界はアイザックに勝利を約束していた。
楽しい飲み会を……。
「にいたーん♪」
「あれー? レベッカ。来ちゃったの?」
「はーい」
アイザックは【げふッ】と血を吐いた。
そこには人間に化けたレベッカがいたのだ。
「アイザック卿。あの……彼女は?」
「れ、レベッカ姫です。アッシュ様の妹君です」
アイザックの口から流れるようにウソが飛び出す。
ウソをつきながらアイザックは思った。
絶対いやがる!
嫁、来てやがる!
「おーい、アイザック。飲み会だって? 来たぞー!」
やはり来ていた。
クリスが手を振っていた。
クリスだけじゃない。
アイリーンも、セシルも……いや、クリスタルレイクのいつものメンバーが来ていた。
「あの……」
「私の妻と、アイリーン様、それにカルロスの妻です。はいはい。来ちゃったのね!」
アイザックはセシルのことを【カルロスの妻】と紹介した。
それが一番面倒くさくない。
もうヤケである。
そもそもアイザックの計略は、初手からつまずいていた。
悪魔に知らせた時点でこうなるのはわかっていたのだ。
騎士は、彼女らがいきなりやって来たことに【おかしいな】と思ったが、取りあえずアイザックの肩をたたいた。
「仲がよろしいようで……」
「すいません。男だけの楽しい飲み会の予定だったのに」
「いえいえ、こういうのも悪くありません」
こうして悪は滅んだ。
「カルロス! 嫁に飲ませるなよ! わかったな!」
「もちろんだ! はいセシルはレベッカちゃんたちの席」
「えー、けちー!」
「セシル、あとで甘いもの作りますから。がまん、がまん」
「アッシュのケーキ好きー♪」
だが、にぎやかな飲み会はそれはそれで楽しかったのである。