男子たちの旅行 1
アッシュたちは馬車に揺られる。
面倒なので移動はショートカットを使いたいが、そういうわけにもいかなかった。
なにせ会場は帝国の帝都である。
現地集合しようと思っていたら、クリスタルレイクに迎えが来てしまったのだ。
アッシュの右腕であるアイザックも補佐として同行する。
そしてアイザックの補佐としてカルロスも無理やり連れてこられる。
男友だちの気楽な旅である。
ただし護衛付き。アイザックの実家の騎士たちに混じって悪魔も同行している。
「あのさ、こちらは嫁が妊娠してるんですけど!」
カルロスがアイザックの胸倉をつかんだ。
いきなりのケンカである。
「んじゃさ、カルロス。今からクリスタルレイク帰って結婚式を挙げて村人みんなで祝ってもらうのと、このまま数週間ほど出張するのとどっちがいい?」
「んが! その二択なの! ねえその二択なの!?」
アイザックの結婚式の成功によって、めでたいイベントはドラゴンの都合で村人みんなでお祝いすることに決まった。
当然のように次はカルロスだとみんな思っている。
カルロス自身は祝ってもらうのはうれしい。
だがセシルが第三皇子という身分を隠しているため、各所への根回しや調整が困難なのだ。
このままではカルロスが死んでしまうのだ。主に過労で。
「いいじゃん。俺、ちゃんとセシルちゃんに許可とったし」
カルロスの表情が固まる。
今回の出張はセシル公認なのである。
「ちょっと待てアイザック、なんでそうやって外堀を埋めていくの? ねえ、なんで?」
「お前らだって俺とクリスの結婚の時にやったじゃねえか! セシルちゃんが言ってたぞ。ちゃんと羽を伸ばして休んでおいでって。いい女じゃねえか」
「なんなの。なんで俺より先にその発言を聞いてるの? なに、それ仕返し。いまさら仕返しなの!?」
「俺は仕返しは絶対にするタイプなんだよ!」
「ねえ、領地持ちのお殿様なのに人間の器が小さくね? ねえ、やること小さくね?」
「うるせえ。こちとら嫁に尻に敷かれる婿養子だからな! 殿様の器なんてねえんだよ! そっちだって結婚したら同じ立場だからな!」
「やめてー!」
アッシュは二人のケンカをほほ笑ましく見ていた。
仲良しだからこそできる芸当である。
「どうしたのアッシュさん。ニコニコして」
「いやさ、こういう仲いいのって好きだなあって。傭兵の行軍はみんな腹減らしてて余裕ないから、すぐに刃物抜くしさぁ」
「刃物抜いたときってどうしてたんですか?」
「俺が刃物取り上げてお仕置きしてた。ケンカを放置してると、仕返しで後ろから襲おうとしたり、脱走者が出たり、メシに虫を入れたりして、気が付くと死人が出まくるようになるんだ。気が付いたら、同じ隊のほとんどが戦場から帰って来られなくなっちゃうんだよねえ」
アッシュはきゅっと首をかしげた。
あまりかわいくない。
どうやらアッシュは憲兵までやっていたようだ。
帝国はもはや現場までダメになっているようだった。
「今度からケンカするバカは問答無用で縛り首か海に投げ込むわ」
カルロスは涙が止まらない。
カルロスも、もうダメになってしまった国の海軍からは逃げられないのだ。
アイザックもアッシュには同情する。
散々ダメな帝国に苦しめられてきたのはアイザックも同じだった。
「ほ、ほら、アッシュさん。焼き菓子でも食べて」
カルロスがアッシュにお菓子を渡す。(ただしアッシュの手作り)
「ありがとう」
アッシュは自分で焼いたお菓子をもぐもぐと食べる。
「アッシュさん。取りあえず肩肘張らずに観光気分で行きましょう。なぜか会場は帝都らしいですし」
「そうだね。なにか面白い施設ってあるの?」
帝都は週の半分はいる土地だ。
珍しくないので観光をする気にはならない。なので途中の街で遊ぶつもりだ。
「そりゃ、ねえ。せっかく若い野郎同士ですし。なあ、アイザック」
「そうだなカルロス。嫁もいないことだし、きれいどころがいる飲み屋にも行こうか」
「キャーッ! アイザックさん。一生ついて行きます」
アイザックとカルロスは本気で遊ぶつもりだ。
別に『浮気』をする気はない。
ちょっと水商売のお姉さんのところで飲んでくるだけだ。
二人とも貧乏騎士でなくなった今、そのくらいの遊びができるのだ。
するとアッシュが懐から巻物を取り出し広げる。
「あ、これ。セシルとクリスから」
「うん? なになに、アッシュさん貸して……」
カルロスは巻物を受け取るとアイザックと一緒に中を見る。
二人の顔色が見る見るうちに青くなる。
『浮気したら殺す (セシル クリス)
追伸 アッシュに悪い遊びを教えたら殺す(アイリーン)』
書いてあったのはそれだけだった。
二人はそっと巻物を丸めた。
そして澄んだ目で言った。
「アイザック……アッシュさんのあめ細工のために美術館にでも行こうか!」
「そうだなカルロス。なにせ俺たちは先進的で文化的な紳士だからな。酒場のレシピも増やしたい。飯屋巡りもしよう!」
バレていた。二人とも震え声だった。
具体的にどこまでが『浮気』なのか?
それが書いていないのが恐ろしい。
ただ、お姉ちゃん遊びであろうとも確実に報告されるだろう。
二人は旅のあいだ『いい子』にすることを心に誓った。
どこで監視の目が光っているかわからないのだ。主に悪魔の。
悪魔はクリスの味方をするに違いないのだ。
一方、アッシュはと言うと、もぐもぐとお菓子を食べていた。
アッシュは『きれいなお姉さんのいる飲み屋』にはあまり興味がない。
ばっちり化粧をして絶世の美女状態のクローディアも、すっぴんでお酒を飲んでつぶれている地味顔のクローディアも見慣れている。
アイリーンという彼女もいる。
そもそもクリスタルレイクは美人が多いのだ。
あまり興味が持てない。
そんなアッシュには『違う、そうじゃねえよ! それはそれ。これはこれ。とにかく違うの! あれはドリームなの!』というアイザックとカルロスの心の叫びは届かない。
さらにアッシュは「レベッカがいないと寂しいな」と、どうでもいいことを考えていた。
いつもひっつき虫をしているのがいないと急に寂しくなるのだ。
子ドラゴンたちも気になる。
ドラゴンたちの村でのポジションはいまや『村の子ども』である。
「ドラゴンちゃんたちを見習いなさい」と言われている子どもも多数に及ぶ。
アッシュにとってもレベッカもドラゴンも子どものようなものである。
家族なのだ。かわいいのだ。
「お土産を買わないとな……」
アッシュはもうすでに帰りたかった。
アッシュはきれいなお姉さんよりもうちの子なのである。