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ベル姉さんの裏工作

「ちょっと待て、もう一度言ってくれ」


 ブラックコングは驚いていた。

 ドラゴンにしか興味のないベルがやる気を出したこともそうだが、その依頼内容も意味がわからないものだったのだ。

 ベルはニコニコとしている。


「ですから、女官はあてができたので女官の教育係をブラックコングさんに用意していただきたいとお願いしております」


「いやいやいや……おかしいだろ? 俺にそんな伝手があるはずがないだろ?」


 コングはあわてた。

 金になれば情報でも斡旋(あっせん)でもするが、それでも伝手の限界はある。

 コングの伝手では貴族でギリギリ、王族の世話など論外だ。


「いえいえ、違いますよ。商売の伝手ではございません」


「はあ?」


 コングは首をひねった。

 もうベルがなにを言わんとしているかわからない。

 商売以外でなんの伝手を使えというのだ。


「本山です。本山なら顔が利くでしょう?」


 ベルはコングの胸倉をつかみながら言った。

 完全に恐喝の体勢である。


「なにをとち狂ったことを言ってやがる。本山の坊主が王族の世話をできるとは思えねえぞ」


「やだなあ。違いますよ。本山の尼僧でご実家が高位の貴族だけど、相続争いに負けて本山に追いやられた人を紹介して欲しいのです。派閥どころか家とも絶縁していますから。もちろん山から下りたいという意思があればの話ですが」


 コングは考えた。

 いくつかのシナリオが考えられる。

 はたしてベルの言葉を額面通りに受け取っていいのだろうか?

 それが問題だった。


「いる……だけどな、姉ちゃんがなにを考えているかによっては紹介できねえ」


 そのコングの知り合いの数名は、中央の権力争いから離れて静かに生きてきたものたちだ。

 今さら政争に巻き込むわけにはいかない。

 それは漢としてできないことなのだ。

 だがベルは、その思いを知ってか知らずかわからない表情で、あごにひとさし指をくっつけると言った。


「なにってほどのことじゃございません。ドラゴンちゃんたちがいるので、無事に生まれてくるのは保証されているとみんな思ってますが、私は念には念を入れる信条なのです」


 それは、ごく普通に善意から知恵を絞った結果に聞こえるものだった。


「だが俺は連中を中央の争いに巻き込みたくねえ。わかるだろ? これから殺し合いがはじまる。この腐った国でセシルの子をめぐる殺し合いがはじまるんだ」


 コングの言葉は的確だった。

 今やセシルは皇位を狙うレースにおいて、並み居る強豪をごぼう抜きにしたダークホース扱いだ。

 死んだ豚だとみんなが思っていたセシルは、大空を飛ぶ鷹だったのだ。

 本人にその気はなくとも、これから何人死人が出るかわからない状況である。

 今のところ静かなのは、セシルの味方側がアッシュを筆頭として誰もがバリバリの武闘派なうえに、セシルにやる気がないからというだけである。

 少しでも動きがあれば血で血を洗う抗争になるだろう。

 さらに公には隠しているがセシルは女性である。

 それが発覚すれば、何人死ぬか想像もできない。

 革命レベルの大スキャンダルなのである。

 コングもこのまま無事でいられるかはわからない。

 セシルの世話をした女官の長の危険性は計り知れない。

 商人の斡旋とは危険度があまりにも違う。

 そんな危険に知人を巻き込むわけにはいかない。

 シリアスな顔をするコングにベルは言った。


「殺し合いですか。起こらないと思いますよ。いえ、起こらなくします」


「なにを言ってやがる」


 ふざけてんのかとコングは思った。


「たぶんですが、いえ……おそらく確実でしょう。近いうちにアッシュ様はノーマンとの和平交渉にかり出されます」


「はあ? なんでアンタそんなことを……」


「いえ、これはあくまで事実からの推測なのですが、うちの先代のお殿様は、表向きノーマンの過激派に殺されたことになっています」


 パトリックのことである。


「それをカードとして使うためにアイリーン様に接触があるでしょう。ですがノーマンでもまだ女性が交渉というのは珍しいのです。それを考えますと、婚約者のアッシュ様に出番が回ってくると思います。義理の父親になるはずだった人ですから」


 コングは呆れた。

『クリスタルレイクには、才能を持て余しているものしかいないのか?』とすら思えた。

 ベルは自信ありげに続けた。


「いまやアッシュ様はセシル派の筆頭格。その筆頭格が外交交渉を成功させれば……ということです」


「たしかに兄弟はただものじゃねえが、外交なんかできるのか?」


「できる……でしょうね。いえ、アッシュ様は、ただそこにいるだけで成功するでしょう。それも帝国に有利な条件で」


 ベルはすました顔で言った。

 コングは頭が混乱する。


「どうして……そんなことが言える。兄弟がいるだけで交渉がまとまるなんてよ。顔が怖いってのはナシだぞ」


「アッシュ様がノーマンでなんと言われているかご存じですか? 死神、甲冑潰し……神の槍なんていうのもございますわ」


「はあ? なんでノーマンが兄弟を知って……傭兵時代か!」


 コングは納得がいった。

 帝国では手柄の横取りでいまいち評価の低かったアッシュだが、ノーマンにおいては伝説の戦士である。

 ノーマンはアッシュの存在によって負けたことをちゃんと理解していた。

 皮肉なことに大量の犠牲者を出している敵の方が、アッシュに対して正当な評価をしていたのである。


「軍ごと叩きつぶす戦士が外交交渉に出たら……驚く、違いますね。共和国の代表団は恐怖のあまり、自分が悪夢にいるんじゃないかと思うはずです」


 ベルは想像してしまったのかクスクスと笑う。

 だがベルは忘れていた。

 アッシュたちはノーマンの艦隊が全滅した海域を行ったり帰ったりしていることを。

 それをノーマンは知っていたのだ。

 恐怖はもっと大きいものなのだ。

 ベルはそれを知らずに言った。


「ここを切り抜ければ、セシル様は名声を得るでしょう。女性かどうかなんて関係ないほどの名声です。部下の手柄は自分のもの、自分の手柄は自分のもの。それが貴族社会です。そうすれば誰も異論を挟むことができなくなります。血も流れないでしょうね。あくまで可能性の話ですが」


 ベルはスッキリしたという顔だった。

 前々から考えていたのだろう。


「嘘をつきやがれ。確信しているくせに」


 食えないやつだとコングは思った。

 なぜアッシュのまわりにはこうも強烈な個性を持つ人物が集まっているのだろうか?

 いや、違う。アッシュでなければパトリックのように人材を腐らせるだけだったに違いない。


(兄弟のやつはどんな星の下に生まれてやがるんだ)


 コングの脳裏に『英雄』という言葉が浮かんだ。

 そしてコングは考えた。

 本山に軟禁されたものたちを救うこともできるのではないかと。

 これはチャンスなのではないかと。

 だから一歩踏み出した。


「わかった。相談してみる。だがな、本人が嫌って言ったらこの話はナシだぞ。わかったな」


 コングは一応、無駄な抵抗を試みた。

 だがそれをベルは勝利と受け取った。

 最後にベルはうふふっとほほ笑んだのである。

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