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裏方

 ベルは一足先に一行と別れ、館に戻った。

 恋人などいないから子どもが生まれる心配もない。

 ゆえにベルは裏方に徹するつもりだった。

 もう一人の裏方に仕事を頼みに行くのだ。

 館に入るとアッシュがいないせいか、幽霊メイドのメグが鼻歌を歌いながらご機嫌で掃除をしていた。

 普通なら怪談案件だ。

 たとえ幽霊が知り合いだとしても怖いはずなのだ。

 だが慣れとは恐ろしいものである。

 悪魔やドラゴンを見慣れた今となっては、ベルは幽霊に恐れを感じることはなかった。

 まったく怖くない。危険性を感じることもない。

 むしろ死しても存在が消滅するわけではないのだなあと感心するほどだ。

 だからごく普通に挨拶をした。


「メグ。お疲れさまです」


 メグはメイドらしいキレイな姿勢でぺこりと会釈した。


「ベルさん。お疲れさまです。今日は掃除日和ですねえ。あの大きい人とか、大きい人とか、大きい人がいないので掃除がはかどります」


 きれい好きのアッシュとは掃除の役割分担をめぐって、いまだ冷戦状態のようである。

 きれい好きどうし仲良くすればいいのに。ベルは呆れた。

 アッシュは侯爵というメグにとって仕えねばならない主なのである。

 だが、メグはすでに死んだ身、生者の法の外にいる。

 好きなことを好きなときにするつもりなのだ。

 なのでアッシュとも掃除をめぐって戦うつもりである。

 あくまでモップはメグのものなのだ。

 ベルはそんなメグに言った。


「今日は配置換えをお願いにあがりました。メグ、セシル様の家を隅々まで清潔に保っていただきたいのです。これはメグにしかできない任務です。お願いできますか?」


 メグの目が輝いた。

 そしてベルの目は暗く沈んだ。

 メグは純粋に喜んでいた。

 掃除の仕事である。

 楽しい楽しい掃除である。

 一方、ベルは知っていた。

 知っているのはセシルの汚部屋である。

 いやセシルは片付けるために努力はしている。

 書類などは使いやすいように……あくまでセシルに使いやすいように整理整頓されている。

 手の届く範囲にちゃんと書類はある。

 ゴミは一応捨ててある。……ゴミと区別がつかないものが机に乗っているが、おそらく書類だろう。

 問題は、一般の感覚では汚い部屋に相当するだけなのだ。

 そう方向性が著しく間違っているのだ。

 掃除など人任せにして生きてきたセシルにちゃんとした掃除などできるはずがない。

 セシルの女官が週に一度は掃除しているが、次の日には汚くなる。

 いや、セシルの習性とかみ合いさえすれば、もっと効率的にきれいになるはずだ。

 今までは習性を熟知しているカルロスがいたので、部屋はきれいだったのだ。

 カルロスは騎士団にいたため、基本的に身の回りはキレイにする。

 だが、今は仕事が忙しすぎて掃除が間に合わないのである。

 つまり崩壊しかかっているのである。生活が。

 賢く聡明なセシルでも生活のことは誰にも教わっていない。

 カルロスが現れるまでは叱る人間もいなかった。

 だから散らかしっぱなしもしかたがないのだ。

 だが……そうはわかっていてもひどすぎる。

 本当に汚いのだ。

 それが妊婦の健康に良いはずがない。

 しかも本人はそれを疑問に思っていないのだ。

 だから身の回りのことができるよい子であるアイリーンはこの際後回しにして、セシルの館の掃除をさせることにしたのだ。


「ではさっそく……」


 メグは掃除用具をまとめる。


「瑠衣さんに頼んで館の中にショートカットを作ってもらいました。使ってください」


「はい。ではさっそく行ってきます!」


 メグは笑顔になるとすうっと消えた。

 ベルはため息をついた。

 アイリーンに相談せねばならない。

 セシルの世話係を増やさねばならない。

 アイリーンたちはこういう細かいところまでは気が回らない。

 悪魔たちならなおさらだ。

 男衆はそもそも細かい生活のことはあてにならない。

 自分がフォローせねばならないのだ。

 だがベル一人でそれが可能なのだろうか?

 ベルも少し不安になった。

 もし自分が病気やケガをしたら、たいへんなことになる。

 せめて貴族の暮らしを知っている女官、それも無闇に他言しない信用できるものが少なくとも数人は必要だ。

 しかも噂を流されないように『さる病気療養中のご令嬢の世話』というカバーストーリーで、なるべくセシルとも反対の派閥とも関係のない、なにも知らない人材を募集せねばならない。

 男であるセシルの味方は各地に多く存在するが、女性であるセシルの味方はクリスタルレイクにしかいないのだ。

 それはベルにとって難しいことだった。

 ベルはその場で頭を悩ませる。

 すると『ちょんちょん』っとスカートを引っ張られた。

 ベルが見るとドラゴンの子どもがニコニコしながらしっぽを振っている。


「どうしたの? みんなのところにいなくていいの?」


 ベルはドラゴンを抱っこする。

 ドラゴンはご機嫌でしっぽをふりふりした。

 するとドラゴンは言った。


「あのね、あのね、ベルママ。困ったらおじいちゃんに相談すればいいの」


 おじいちゃん。

 ドラゴンと親しいおじいちゃん。ベルに思い当たる人物が三人いる。

 アイリーンの父のパトリック、カルロスの父親であるマルコ、それにアイザックの大叔父であるエイデンである。

 三人ともクセのある人物で、こういった細かいことでは役に立たないはずだ。

 ベルにはよくわからない。この人たちに女官が用意できるはずがない。

 ベルの内心を理解しているのか、ドラゴンは続けた。


「あのね、あとねコングにも相談するの」


 ようやくまともな人物の名前が出てきた。

 コングは悪ぶっているが聖人である。

 だがブラックコングは商人だ。女官の手配は難しいだろう。

 だがそのときベルは突如として思いついた。

 ダメなおじいちゃんたちとコングを組み合わせれば……

 ベルは、なんとなく頭の中でドラゴンがなにを言いたいのかわかってきた。

 伝手はないと思っていたが、実はあった。伝手の使い方が間違っていたのだ。


「ありがとう。さあ、みんなのところに行きましょうね」


「あい♪」


 ベルはドラゴンとアッシュたちの所に向かう。

 あとは親たちとの関係にしこりが残ったままのアイリーンたちを説得せねばならない。

 多少気は重いが、それでもやらねばならないのだ。

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