伝染する不安
自分たちは親になっていいのか?
セシルの問いによってクリスタルレイクの若者たちの間に激震が走った。
だから、めでたい飲み会の後、ドラゴンたちを除いたいつものメンバーはコソコソと話し合っていた。
「父とも母ともまともに会話したことのない私が……親になっていいのだろうか?」
セシルは言った。
実に答えるのが難しい悩みである。
特にアイリーンはそれを言われるつらい。
「せ、セシル。私だって親はいないようなものだ!」
『パトリックは記録上死んでいる』という意味ではなく、アイリーン自身があまり構ってもらった記憶はないのだ。
アイリーンを育てたのはベルである。
パトリックに関してはアイリーンが尻拭いをした回数の方が多い。
そんなアイリーンにベルは答える。
「私だってまともな少女時代ではありませんでした」
ベルだって子どもを育てるには相当の我慢が必要だったのだ。
後悔はしてないが、答えを持っているわけではない。
だからアイリーンはアッシュを見つめた。
困ったときにはアッシュは守ってくれるのだ。
「俺はなにも言えないよ」
ところがアッシュも困っていた。
アッシュは存在が両親の愛のたまものであるが、そのことをアッシュ自身はいまいち理解していない。
親という存在に対してアッシュは想像こそするが、触れ合ったことがないためいまいち実感はわかないのだ。
あえて言えば、アッシュの場合はクローディアが母親代わりである。
かわいがられているのはわかっているし、感謝もしている。
でもそれも出会ったのは最近のことである。
アッシュがわからないのは仕方がないことなのだ。
次にみんなの視線がアイザックに集まった。
アイザックはため息をついた。
「ふう、俺にふらないでくださいって。俺の家の事情は知っているでしょ」
アイザックの家はエイデンをはじめとして、脳筋騎士の家系である。
力、腕力、勝利である。
当然のようにアイザックの少年時代は常に野蛮であったのだ。
インテリのアイザックがこうなるには充分なストレス要因と言えるだろう。
だから戦略参謀のアイザックでもなにも言えることはないのだ。
アイザックはカルロスに言う。
「旦那さんはどう思ってるわけよ?」
相棒の言葉にカルロスは露骨に嫌な顔をした。
「お前な! 俺の親父を知ってるだろ。アレだぞ! あのおっさんに育てられた記憶はねえ!」
カルロスは放任という名の放置状態で育った。
その放置はほとんど会ってないような状態で今日に至る。
むしろ雑に育てたのは海賊たちである。
親と言われても困るしかない。
カルロスは次にオデットを見た。
そしてセシルに視線を戻す。
「ちょっと! カルロスさん、なにその態度!」
オデットが噛みついた。
どう見ても人間性がアウトである。
それを言わないのは友人への情に違いない。
「じゃあさ、オデットはどうなの? 子ども産んで育てる自信がある?」
カルロスが聞いた。
するとオデットは自信を持って言った。
「白馬に乗った王子様が一生働かなくてもいい金を持ってやって来るんですって」
微妙にゲスい。
「それでー、子ども産んで、テキトーに演奏してればいい生活が待ってるんですって」
最悪である。
「旦那は飽きる前に死ぬの。財産残して……」
クズである。
女性の夢満載なのだが、余計な一言で台無しである。
「ごほん……オデットの話は聞かなかったことにしてだ……」
アイリーンは生易しい眼差しで言った。
その場にいたオデットをのぞいた一同が同意する。
だって一緒にされたくないから。
「ちょっと! なにそれ、人に夢を語らせておいてなにその態度!」
現実が見えていない人はスルー対象である。
オデットは言った。
「じゃあ、みなさんはどうなのよ!」
その答えは誰も持っていない。
セシルはかろうじて答える。
「ほら、うちは親は死んでるし」
アッシュは首をかしげる。
「皇帝は生きてるはずじゃ……」
「生まれてから数回しか会話したことない人は死んでるのと同じだ」
なかなかに辛辣である。
「それに……あのさ……すっごく不安なんだ……こう……漠然と……」
セシルは今にも泣きそうな顔をしていた。
楽観主義側にいるカルロスも思わず不安になる。
他の連中はと言うと黙っていた。
わからない事だらけなのだ。
すると雷が落ちた。
「ちょっと、あんたらなんなのよ!」
仁王立ちしたクリスが怒鳴ったのだ。
「おい、クリス……」
アイザックはたしなめようとしたが、
「アイザックは黙ってて!」
嫁に怒られアイザックは言葉を飲み込んだ。
すでに尻に敷かれている。
「セシル姉、親がなんなの! あたしたちがいるでしょ!」
クリスはセシルに迫った。
「い、いやうまくできるか不安で」
「できるわけがないでしょ! はじめてなんだから! だから村のお母さん会に顔を出すの! バンバン相談するの。わかる?」
「お、おう……いいのかな。私が行っても……」
セシルは村の女性たちとはあまり付き合いはない。
おっさんたちと飲んでいる方が多いのだ。
微妙に顔を出しづらい。
「いいに決まってるでしょ。村の子なんだから」
クリスは呆れたといった声を出した。
皇族を『村の子』呼ばわりであるが、その雑さはクリスタルレイクの美点でもある。
皇族だろうがドラゴンだろうが村の子である。
なんとなく湿っぽくなってきた。
だがなんとなく暖かい湿っぽさだった。
「そうか……そうだな……」
セシルはそう言うとほほ笑んだ。
するとパタパタと音が聞こえる。
「みんなー、とうちゃく」
ドラゴン一行が辿り着いたのだ。
「にいたーん♪」
レベッカが激しく尻尾をふりながらアッシュの胸に飛び込んだ。
アッシュはレベッカを受け止めると抱っこする。
他のドラゴンたちもその場にいた大人たちに抱きつく。セシルだけには優しく。
アイザックもカルロスもセシルもドラゴンを抱っこする。
それを見て同じくドラゴンを抱っこしたクリスは言った。
「この村の連中はいい親になると思うけどねえ。そう思うよね?」
クリスはクリスの胸に抱かれるドラゴンに言った。
「あいー♪」
ドラゴンは尻尾をふりふりしながら答えた。
クリスはわしわしとお腹をなでる。
「いやあああああん♪」
ドラゴンはクネクネと身をよじらせた。
他のドラゴンたちもなでられたり、抱っこされてウトウトしたりと満足げだった。
そうクリスタルレイクの大人げない彼らは、意識せず普段から練習していたのである。
なにも恐れることはない。とまでは言えないが、それなりに子どもの世話になれていたのである。
そうある程度は。