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ドラゴンの祝福

 厨房でアイザック男爵が鍋を振るっていた。


「肉塩炒め出すぞ!」


 アイザックは大皿に盛り付けていく。

 アッシュ侯爵も同じようにがんばっていた。


「子ども向けのマジパン細工でるよー!」


「あいよー!」


「はーい」


 クリスとオデットが皿を運んでいく。

 アッシュは鍋で煮ていた麦芽糖の具合を見る。


「よし」


 そのまま飴細工に取りかかる。

 アイザックも鍋で作っていた煮込み料理を盛り付ける。

 なぜ貴族が料理をしているのか。単に人手が足りないからである。

 それに二人とも料理人でもある。

『貴族だからやらない』などとは言わないのだ。

 厨房は戦場と化していた。

 なにせ、おめでたい席である。

 村の娘っこであるセシルが妊娠したのだ。

 村人たちは自分たちの娘のことのように喜んだ。

 クリスタルレイクに来るまで助け合ってきた村人たちは結束が固い。

 セシルが貴族であることは誰もが知っているが、それでも村人たちは自分の娘のように感じていた。(さすがに皇族だとは知らないが……)

 だから今回の妊娠発表会もお祭り騒ぎである。

 今回はセシルの飲み友達にして、カルロスの父親であるマルコ海軍提督も同席している。

 マルコは言った。


「偉い! 息子よ……過去どれだけの海賊が挑んで命を落としたかわからない野望をお前はかなえた。海賊の妄想を具現化したお前は偉い!」


 マルコはいつも意味不明なことを言っているため、村人たちも言葉の意味を理解しようとはしなかった。

 とは言ってもマルコの立場を理解しているものたちは、笑うに笑えなかった。

 なにせマルコの孫が次の皇帝というシナリオはじゅうぶんにあり得るのだ。

 だが、なんにせよめでたかった。

 アッシュもアイザックも喜んで料理を作っていた。

 クローディアは歌い、給仕に飽きたオデットが演奏をした。

 ドラゴンや子どもたちは、上機嫌でお菓子にありついた。

 村のお母さんたちも調理に参加し、料理の数は増えていく。

 タヌキたちと村の男たちが次から次へと酒を運んで来る。

 歌えや踊れの大騒ぎだった。

 そこにアイリーンがやって来る。


「おーい、旦那を連れて来たぞー!」


 カルロスはなにも知らされておらず、キョロキョロとしている。


「いったいなんのお祭りですか?」


 するとアッシュが厨房から出てくる。

 そして村人やドラゴン、それに悪魔たちまでアッシュと一緒に大きな声で言った。


「「おめでとー!」」


「え……なにが? みんななんで昼間っから酒……セシル、ねえ、なんなの!?」


 カルロスが変な顔をしていた。

 するとセシルが前に出る。

 村人たちは口笛を吹いた。


「あかちゃん、できた……」


 カルロスは一瞬、なにを言われているかわからなかった。

 事態を飲み込むまでに少しの間が必要だった。

 するとカルロスはぶるっと震える。

 見守っていたドラゴンたちもぶるっと震えた。

 そしてカルロスはセシルをお姫様抱っこした。


「お、俺も、おやじか! そうか。そうなんだ!」


 カルロスは喜んだ。

 心の底から喜んだ。

 カルロスはセシルをそっとおろした。

 そんなカルロスへアイザックが酒を運んでくる。


「ほれ、飲め」


 カルロスは酒を口にする。

 そしてグビッと飲み込むと言った。


「俺は父親になるぞー!」


 村人たちから歓声があがった。


「おめでとー!」


 ドラゴンたちはブルブルと震える。


「幸せなの。幸せなの。幸せなの」


 ドラゴンはなにかをためている。

 みんな羽をぱたぱたと小刻みに動かしていた。

 オデットがクローディアに耳打ちする。


「師匠。あれ大丈夫なんですか?」


 クローディアはほほ笑む。


「大丈夫よー。だってドラゴンちゃんのやることですもの。ねえ、瑠衣?」


 瑠衣は木のジョッキをテーブルに置くと言った。


「クローディア、懐かしいですね。昔はどこでも見られた風景でしたのに……」


 瑠衣は目を細めていた。

 するとクローディアが言った。


「ドラゴンがまだ生を受けていないこの子に祝福を与えます! みなさん、ご静粛に!」


 演劇用のよく通る声が響くと誰もが黙って静粛にした。

 ドラゴンたちはぶるぶると震えた。

 レベッカがコリンを連れてくる。


「コリンお兄ちゃん! お願いします!」


 レベッカが言うとコリンはしゃきーんとした。


「行くよー!」


「「あーい!」」


 コリンのかけ声にレベッカたちも返した。


「ドラゴンとドラゴンライダーの契約により……えっと、なんだっけ」


 コリンは口上を忘れたらしい。

 すると瑠衣が言った。


「そこは適当でいいんですよ。子どもになにをあげたいか言ってください」


「うん、わかった。えっと、健康でいてください。強く、優しく……自由でいてください。ぼくがずっと一緒にいて守ります!」


 コリンがそう言うと、レベッカたちが光り輝く。

 一瞬遅れてコリンも光り輝く。

 クローディアは言った。


「この村で最初のドラゴンの加護を受けた子よ。われわれ悪魔もあなたが罪を犯さない限り、あなたを守ると誓いましょう。正義と愛の名において。賢くあれ、清くあれ、寛容であれ」


 アッシュが木のジョッキを掲げた。


「俺も誓おう。ドラゴンライダーが彼と故郷を守ると」


 レベッカたちも小さな手を掲げた。


「「新しいお友だちに幸せをー!」」


 そしてレベッカたちがまばゆい光を放った。

 全てが終わり静寂が訪れる。

 すると瑠衣が言った。


「儀式は終わりました。みなさん。かんぱーい!」


「「うおおおおおおおおお!」」


 村人たちは盛り上がった。

 カルロスもなんだか感動していた。

 愛する女との子なのだ。

 うれしくないはずがなかった。

 その時、セシルがカルロスの耳にそっと言った。


「あのさ……私……みたいなのが……親になってもいいのかな?」


 はっとしてカルロスはセシルを見た。

 それは早くも来たマタニティブルーなのか。

 それとも真剣な悩みなのかはわからない。

 だがそれは本気の不安だったのがカルロスにはわかった。

 カルロスも父であるマルコの方を見た。

 マルコはチェスや部下たちと酒を飲んでいる。

 異常なテンションで喜んでいた。

 だがカルロスの胸に一筋の不安がよぎったのである。

 それは海賊としての教育の日々。

 父親と接点はなかったが、ひたすらたたき込まれた海賊の生きざま。

 一般の常識から外れた、海賊業界の掟という非常識の数々

 それが嫌で本山に逃げたあの日々。

 居場所がバレ、本山にもいられなくなり騎士学校に入ったあの日。

 そして挫折した道をフル活用する今の日々。

 それは現実の不安になって現れた。

 カルロスは不安になるセシルを胸に抱きながら、アッシュに言った。


「アッシュさん……俺……親になってもいいのかな?」


 親になったことがないアッシュはなにを言っていいかわからなかった。

 そもそもアッシュも自分が親になっていいのかわからないのである。

 それは次々と感染していく、新たな問題の発生だった。

お待たせしました。

おっさん完結したので、しばらくはこっちに専念いたします。

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