女子会
クリスタルレイクの女性たちがお茶会をしていた。
(オデットは罰でベルの代わりに子どもたちの世話をしているため不参加である)
ただ日々の出来事をおしゃべりしているだけの平和なお茶会である。
「最近ふっくらされてきましたね」
ベルがセシルに言った。
失礼な発言だが、友人どうしの気安さからポロッと口に出してしまったのだ。
セシルの方も機嫌を損ねることもなく、脇をチラッと見る。
「そうか? ……太ったかな?」
確かにセシル自身も少し丸くなったような気がしていた。
とは言っても男衆にはわからない程度の微妙な変化である。
だがセシル自身も太ったというほどではないはずだと思っている。
だが確かに思い当りはある。
なにせクリスタルレイクの食べ物は美味しいのだ。
だからついつい食べすぎてしまうのだ。
セシルの言葉にアイリーンは言った。
「そうじゃなくて、急に女性らしくなったというか……」
少し胸がはっているようなとは言わない。
「それは困るな。帝都にちょくちょく帰らねばならんのに」
すると瑠衣とクローディアがほほ笑む。
やたら生ぬるい顔でほほ笑んでいる。
「あらあら……」
「まあまあ、あらあら」
二人はとても暖かい顔で見守っている。
クリスもアイリーンも意味がわからない。
セシル本人も意味がわからなかった。
「なんなの二人とも」
クリスが聞くと悪魔たちはニコニコとするだけだった。
すると勘のいいベルが気づいた。
「あの……アイリーン様」
「どうしたベル。変な顔をして」
「どうやら私たちは最大の危機を迎えているようです」
アイリーンは首をかしげる。
「どうしたんだ。顔が真っ青だぞ……汗まで流して」
ベルのその姿にだんだんとアイリーンも事態を飲み込めてきた。
だがそんなアイリーンとベルに悪魔たちはニコニコする。
「おめでたいわよねえ」
「おめでたいですねえ」
うふふ。っと二人とも笑っている。
クリスは一生懸命考える。
本当に一生懸命になって考える。
セシルとカルロスは家は二つあるが、実際は一緒に住んでいる。(片方の家はコリンが借りている)
男女が一緒に住んでいるのだから、村の中では夫婦だと思われている。
実際、間違ってないだろう。
そこで当然のように起こることはあきらかだ。
二年待てという堅苦しいアイザックや、ド健全なことに疑問を持たないアッシュとアイリーンは除外する。
答えに辿り着くと、クリスは目を輝かせた。
「セシル姉! セシル姉!」
「どうしたクリス。そんな顔をして……私の顔に……なにかついてる?」
セシルは本当に姉のような態度で言った。
「顔じゃないって! 赤ちゃんだよ、赤ちゃんできたんだって!」
一瞬、セシルはボケッとしていた。
言われている内容がわからないのか、それとも自分に言われたのがわからないのか、とにかくボケッとしていた。
「おーい、姉様。大丈夫か」
アイリーンは揺さぶる。
第三皇子相手にこの態度である。
フリーズするセシルを置いて、クリスは瑠衣に言った。
「ねえねえ、いつ産まれるの?」
「わかりません。我々の方針では妊婦さんは凶悪犯罪者でも逃がすことにしています。それに我々が治療を頼まれる場合は、産まれる直前か直後の場合が多いですし。さらに言いますと出産に関しては医学の文献自体が少ないので……」
いくら医療に詳しいと言っても、専門外で知識も経験もなければわからないのだ。
「そっかぁ、それじゃあお父さんと一緒に祝わないとな」
クリスは何気なく言った。
それを聞いたセシルが意識を取り戻す。
「祝うって?」
セシルにはなじみのない庶民の文化だった。
だからクリスは説明しようと思い出しながら指を畳む。
「まずは安産の祈願の祭りだろ、旦那会の飲み会だろ、お母さん会の飲み会だろ、町内会の飲み会に、産まれる前に飲み会して、産まれたら飲み会、三歳になったら飲み会……」
延々と飲み会が続く。
セシルは急に現実に戻されて混乱していた。
アイリーンも真剣な顔で聞いている。
「ええっと、そんなに飲み会が必要なのか」
「うん、だってお父さんはどうしたって仕事に穴を開けるから、お父さん会に手伝ってもらわないと。お母さんは子どもが熱出したり、ちょっと見てもらったり、子どもが具合悪くなったり、夜泣きしてへばったりで、お母さん会の助けがないと死んじゃうよ。つき合いは重要だよ」
セシルは斜めになった。
子どもを作ったら姿を隠すと言ったが、現実は想像以上にたいへんだった。
アイリーンも驚いている。
クリスは呆れる。
「姉ちゃんたち……頭いいのに知らないことがあるんだな」
「お、温室育ちですので……」
アイリーンが言った。
「私も温室育ちですので……」
セシルも続いた。
すると悪魔たちがプーッと吹き出した。
「うふ、うふふふふ。心配ありませんよ。セシル様はドラゴンに守られているんですから」
「うぷぷぷ、アイリーンちゃんも心配しないで。ほんと、あんたたちはかわいいんだから!」
耐えられなかったのか、二人は珍しく床を叩いて笑い転げていた。
「る、瑠衣殿! それに叔母上、ひどい!」
「そうですよ! 二人ともひどいよ!」
アイリーンとセシルが怒るが、悪魔たちはそれすらほほ笑ましいという表情だった。
「そうね。まずはカルロスちゃんに言ってみなさい。喜ぶわよ~」
クローディアが優しくそう言うと、セシルが固まった。
「セシルちゃん、どうしたの?」
「く、クローディア……どうしよう……」
「なにが?」
「実家……私を皇帝にしようって鼻息を荒くしてる連中が準備運動してる」
「マジッスか?」
セシルの爆弾発言にクローディアすら固まった。
瑠衣も困ったなあという顔をしている。
セシルはさらに続ける。
「それとカルロスのお父様にどうやって報告しよう。変な娘だって思われないかな? 私、嫌われないかな?」
こちらはどうでもよかった。
だってセシルと提督は飲み友達なのだ。
今さら変もへったくれもないだろう。
クリスが笑う。
「大丈夫だよー。セシル姉は村一番の美人だよー」
クリスはバンバンと背中を叩いた。
「そ、そうかなあ」
セシルは照れる。
「まあ村一番の男前はうちの旦那のアイザックですけどね」
クリスは笑顔だった。妙に迫力のある笑顔だった。
「君はアイザックのことになると容赦がないね。セクシーなのはカルロスだ」
セシルが言った。
口調は妙に艶めかしかった。
「婿様ですのでー♪ それでアイリーン姉は?」
クリスが聞くとアイリーンは腕を組む。
そしてやたら男らしく言った。
「一番優しいのはアッシュだ!」
それぞれが微妙に違うのでケンカにはならない。
でもアイリーンは口に出さなかった。
『アッシュの筋肉を見るとときめくよね』と。
そして羽がかゆくなったレベッカと同じように変化を生じたものが一人……
大きな尻尾をふりふり。
大きな体に不釣り合いな羽がピコピコと動く。
大きな体にはレベッカたちがよじ登っている。
今日はオデットと子どもたちの世話のアルバイトである。
そう、しっぽの持ち主はコリンだった。
コリンの羽がピコピコと動く。
「オデットさーん、なんだか羽がかゆいんだ。見てくれない?」
人間の男の子に髪をつかまれた状態のオデットが振り向く。
「コリンくんどうしたの?」
オデットは男の子たちにたかられながら、コリンを見る。
「羽になにかくっついてないかな?」
「いやその前に……」
オデットがコリンを指さす。
その指先はわなわなと震えていた。
「どうしたの?」
「大きくなってる……」
「え、勇者の剣を使っちゃった?」
たしかに目線が少し高くなっている。
巨大怪獣との戦いではないのに使ってしまったのかとコリンは焦った。
するとレベッカは、ぽんぽんとコリンの背中を叩いた。
「ちがうのー♪ あのね、わかったの! コリンお兄ちゃんは守護者になるのー!」
レベッカは元気よく尻尾を振った。