レベッカのはね
レベッカは一生懸命羽を動かしていた。
ピコピコと羽が動く。
もう一度レベッカは羽を動かした。
またもやピコピコと動く。
今度は目をつぶってプルプルと震えながら羽を動かす。
ピコピコピコ。
それを見てアッシュは言った。
「レベッカ、どうしたの?」
「あのね、羽がかゆいの」
レベッカはブルブルと体を揺すった。
「かゆい? どれ見せて」
アッシュは羽を見る。
特にできものや傷は見られない。
すり傷一つなかった。
「なんだろうね?」
アッシュが困った顔をするとレベッカはニコニコとした。
「わからないの♪」
わからないままだと不安である。
アッシュは自分のケガなら笑いごとですませるだろう。
だがレベッカのケガは見すごせない。
レベッカが痛い思いをしてるかと思うと、ヒザから力が抜けそうになる。
レベッカ本人が「かゆい」と言っているのにアッシュは心配でならなかった。
「うーん、とりあえずカルロスのところに行こうか」
「あい♪」
外科なら瑠衣の方が得意であるが、悪魔はドラゴンにさわることができない。
だから人間の医者に診せるのだ。
レベッカを抱っこしてアッシュはカルロスの所に向かう。
カルロスは診療所にいた。
「アッシュさん、どうしたんですか?」
「いやさ、レベッカが羽がかゆがってるんだ」
「アッシュさん、俺は獣医じゃないんですけど。というか衛生兵科であって医者ですらないんですよ!」
アッシュには意味がわからなかった。
そもそも帝国には医師の免許はない。
したがって傷を負ったものの治療はなんとなく知識があるものが担当する。
医者と名乗れば医者なのである。
だからカルロスの言っていることは半分間違っている。
カルロスは本山と騎士学校で専門教育を受けている。
だがその内容は、『脱臼した関節のはめかた』であるとか、『折れた骨の破片を傷口から小枝でかき出す』とか『傷口を針と糸で閉じる』などの方法である。
それでもカルロスは本山で薬草の調合方法や治療を習っているので、腕はいい方である。
その意味ではカルロスは立派な医者である。
また、瑠衣などの悪魔の治療は、その豊富な(生かしたままの)解剖経験から、人体への理解は人間の数百年は先に行っている。
カルロスも瑠衣の弟子になりたいと思っているところである。
このように専門家のカルロスですらよくわかってないので、アッシュがわからないのは当たり前である。
「それでどう思う?」
「そうですねえ。子どもの歯が生えかわるときにかゆくなるじゃないですか。それじゃないかと」
アッシュは『すぽんっ』とレベッカの羽が抜けるところを想像してしまい、かくんっとヒザから力が抜ける。
「アッシュさん、ちょっと大丈夫ですか」
「なんかレベッカが痛いことすると腰くだけになるんだ……」
「あー、ですよねえ。小さいころに妹のチェスが血を口から流しながら笑顔で歯を持ってきたときは、俺もそうなりました……」
『小さい子と保護者あるある』である。
レベッカは『だいじょうぶ?』という顔をしている。
アッシュは笑顔でごまかした。
「とにかく俺ではわかりません。瑠衣さんは……そうか、さわれないんですよね……」
「そうそう。とりあえずあせもとかは……」
アッシュもけっこうしつこかった。
レベッカのことなのでちょっと焦っていたのだ。
「ないですよ。たぶん成長によるものだと思いますよ。そうですね、ドラゴンの大人……青龍くんかコリンくんに聞いてみるってのはどうですか?」
アッシュは目を点にした。
「あ……その発想はなかったんですね」
カルロスは笑った。
無敵のアッシュも、子ども相手だとほほ笑ましいところがあるのだ。
「うん、ごめん。じゃあレベッカ、青龍くんとコリンお兄ちゃんのとこに行こうか」
「あい!」
カルロスと別れ、レベッカを抱っこしたアッシュは今度はコリンのところに行く。
コリンはスラムの酒造所で公式ゆるキャラをしている。
カルロスの診療所の帝都側の入り口を抜ければすぐである。
醸造所の入り口につくと入り口でコリンが掃除をしているのが見えた。
「コリンお兄ちゃん!」
レベッカがアッシュの抱っこから抜け出して、コリンに飛びかかる。
コリンにしがみつくとレベッカはそのままよじ登る。
コリンの毛はモフモフなのでレベッカも楽しいらしい。
スリスリしていた。
コリンはなされるがままでニコニコとほほ笑んでいる。
「どうしたの~」
コリンは間のびした口調で言った。
「あのね、羽がかゆいの!」
「そうなんだ~」
話がループしそうな気配があった。
だからアッシュは聞いた。
「コリンくんも羽がかゆかったことはある?」
「あるかも~」
そう言うとコリンは羽をピクピクさせる。
コリンの羽はレベッカより少し小さい。
「なかったかも~」
コリンは考えていたが、よくわからなかったようだ。
「コリンって飛べたっけ?」
アッシュが聞くとコリンが答える。
「飛べないよ~」
コリンの羽は飾りのようだ。
それがわかったのでアッシュは言った。
「青龍くんのところに行こうっか」
「あい♪」
レベッカは今度はアッシュによじ登る。
アッシュはレベッカを連れて青龍のところに行く。
青龍はクリスタルレイクで学者たちと遊んでいる。……学者たちで遊んでいる。
二人はカルロスの診療所からクリスタルレイクに戻る。
学者たちのところに行くと、青龍もいた。
「せいりゅうくーん」
レベッカはアッシュの体を降りると青龍めがけて走った。
「どうした、女王よ」
青龍が言った。
するとレベッカは羽を動かしながら答える。
「羽がかゆいの~」
青龍はレベッカの羽を見る。
穴があくほど見る。
すると言った。
「成長するのかもな。いやほら、ワシは羽がないからわからんのだ」
そう言うと青龍は背中を見せた。
確かに羽がない。
「大きいときに飛んでなかったっけ?」
アッシュが言うと青龍はあごに手を当てた。
「あれはこう……なんとなく魔力でな」
理知的な青龍でもこうである。
ドラゴンはやはりいいかげんである。
「とにかく、ドラゴンは幸せで成長する。近いうちになにかがあるのかもしれん。いや……もう起こっているかも……」
アッシュは目を点にした。
今度は誰だろうか。
思い当たるふしはない。
アッシュは首をかしげた。
そんなアッシュにレベッカはよじ登る。
「にいたん。だいじょうぶよー」
「そっかー」
腰砕けにはならなくてすみそうだ。
アッシュは夜にでもみんなに話してみようと思った。